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『今際の国のオオカミ』高橋文吾(1)

登場人物: ・高橋 文吾(たかはし ぶんご) 22歳。暇を持て余す大学生四年生。家庭教師のバイト。 ・浜辺 幹也(はまべ みきや) 18歳。受験間近の高校三年生。文吾の生徒。元水泳部。 =============  大学四年生の秋だった。  高梨 文吾【たかはし ぶんご】は、すでに卒業に必要な授業の単位をほとんど修めていた。最近は、大学に週二回程度通うだけで済んでいる。自分が希望していた中堅会社の内定も得ており、すべてが順調に進んでいるように思われた。  文吾は、空いた時間を、家庭教師のバイトと、筋トレに費やしていた。  今日は、高校三年生の浜辺 幹也【はまべ みきや】に勉強を教えた後、ジムに寄って汗を流してから帰宅する予定だ。受験生だから当たり前かもしれないが、幹也は勉強熱心で、素直な性格で、教え甲斐のある生徒だった。  文吾も、幹也も、高校では水泳部に所属していたという共通点があった。文吾は大学生にしてはガッチリとした逞しい身体つきをしていたし、幹也もまた高校生にしてはガッチリとした逞しい身体つきをしていた。身長は、文吾がおよそ頭ひとつぶん高かった。  池袋駅の近くのカフェ。  文吾はホットコーヒー、幹也はメロンソーダを注文した。  いつもは幹也の自室で教えていたが、今日は幹也の両親の都合でカフェで勉強を教えることになった。まだ一七時を過ぎたばかりだったが、外は暗くなっていた。ガラス張りの壁に、カウンター席に座った文吾と幹也の姿が映り込んでいた。 「じゃあ、この前の復習からやってくかー」文吾は言った。 「よろしくお願いします」幹也は、礼儀正しく頭を下げた。 +++++ 「今日はありがとうございました」帰り際も、幹也は礼儀正しく頭を下げた。 「こっちこそありがとう。じゃあ、引き続き勉強がんばってくれよな」文吾はにこやかな表情で答える。  カフェの玄関扉の前で、別れを告げた時だった。  どこからか、パンパンパンパンッと爆竹の爆ぜるような音が続いた。路上を歩いていた人々が、きょろきょろと周囲を見回した。直後、ビル群に囲まれた夜空に、目を開けていられないほどの凄まじい光が迸った。  誰かが、きゃあっと悲鳴を上げた。雷なんてものではない、真っ白い光は上空すべてを覆い尽くすようだった。文吾は、ひどい耳鳴りに襲われた。平衡感覚があやふやになり、立っていることさえできず、アスファルトの地面に膝を突いた。  気がつけば、文吾と幹也は、意識を失っていた。 +++++ 「ん……? ここは……?」  文吾が目を覚ますと、そこはマンションの一室だった。  隣では幹也が寝息を立てて眠っていた。  カーテンさえない、がらんどうな2LDKの部屋だった。文吾ははっとして尻ポケットを探った。スマホは消えていた。それだけでない、背負っていたはずのリュックさえ消えている。文吾は立ち上がり、靴を履いたまま部屋を歩いた。  文吾は掃き出し窓を開けて、ベランダに出た。  風はなかったが、ひやりとした空気が頬を刺した。  何階だろうか? 随分と階層が高いところにいた。  どうやら、ここは池袋らしい。見覚えのある建物やシンボルが視界に入った。やけに静かで、別のまちのようだった。人の声、車や電車の走る音、鳥の声も聞こえない。幹也と別れた時は外が真っ暗だったが、今は昼過ぎくらいに思われた。 「先生……? ここ、どこ……?」  幹也の不安げな声がして、文吾は振り返った。  文吾は、幹也の困惑した表情を見て、俺が年上なんだからこいつを守ってやらなきゃ、という使命感を抱いた。今、何が起こっているかは分からない。ただ、家庭教師として、自分がここでしっかりすれば、幹也の両親から高い評価を得られるかもしれないという打算があった。 「分からねえ……。さっきまで俺たちカフェの前にいたよな? まちの様子がおかしいんだ。静か過ぎる。気を失って、どれくらい経ったんだろう。とにかく、いったん外に出てみようか」  文吾の提案に、幹也はこくりと頷いた。  二人は、ダイニングキッチンに出た。 「あ、」  相変わらず何もないがらんどうな空間だったが、フローリングの床に二台のスマホが置かれていた。文吾や幹也の持っていたアイフォンではなく、どこの会社の製品かも分からない黒い筐体のアンドロイドだった。  文吾と幹也は目を見合わせてから、スマホの電源をオンにした。  液晶画面が青色に染まり、バッハのG線上のアリアが流れた。 「何だこれ――」文吾は舌打ちした。  スマホのサイドのボタンで音量をオフにしても、音楽は流れ続けた。癒しのイメージのある曲だが、今回はただただ不気味な雰囲気が感じられた。曲がまるまる流れた後、青色に染まった液晶画面に白い文字が浮かび上がった。 《サバイバルゲーム》 《クリアには、いずれかの条件を達成する必要があります。》 《・一年間、人間として生き抜く。  ・人間として狼男を皆殺しにする。  ・狼男として人間を皆殺しにする。  ――いずれか成功すればクリアです。》 《狼男に殺された時点でゲームオーバーとなります。  生存を懸けて、頑張ってください。》 《注意。  池袋の外に出たら、ゲームオーバーとして死を与えます。》  そこでスマホの液晶画面は切り換わり、 《残り 365日》  という文字がでかでかと浮かび上がった。 「はは、狼男? 何ですか、これ……」幹也がぽつりと呟いた。 「夢、じゃねェよな」文吾は、過去にネットフリックスで見たドラマみたいだと思った。あのドラマでは次々と人が殺されていたが、ここは現実だ。あんなことが実際に起きる訳ない。きっと誰かの大掛かりなドッキリだろう。 「俺、家に帰ります。先生も帰りますよね?」 「あ、ああ……」  文吾と幹也は玄関を開け、ひたすら階段を下りた。エントランスを抜けて外に出たが、人の気配はどこにもない。地図アプリが使えないため、現在地さえ把握できなかった。とりあえず、二人はベランダから見えた池袋駅があるだろう方向へと歩き始めた。  どれだけ歩いても、人の姿は見当たらなかった。  静か過ぎて気味が悪かった。 「おーい、誰か、誰かいませんかー!」  何度も何度も声を上げたが、返事はなかった。  これは、本当に、現実なのか? 文吾は軽い目眩を覚えた。まるで自分たちだけが世界に取り残されてしまったかのようだった。つい最近まで人間が存在していただろう痕跡が残っているのに、誰も見当たらないのだから。  頬を抓ると、ちゃんと痛かった。  文吾は、これが現実であることに落胆を覚えた。 (続く) あとがき: いつも応援ありがとうございます。今月は更新が遅くなり、大変申し訳ありません。ショックな出来事があり、しばらく落ち込んでいたのですが、ようやく気持ちを切り換えることができました。来月からは平常運転に戻りますので、よろしくお願い致します!


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