『悪魔のフィギュア』(上)
Added 2021-06-16 10:21:23 +0000 UTC宮本琢磨(26) 喜多川良哉(26) * 俺は高校を卒業してから居酒屋の正社員として3年近く働いた後、中学からの親友の喜多川と起業した。俺と喜多川は、自分たちの慣れ親しんだ地元で居酒屋を開いた。駅からやや離れた立地だったが、店は予想していたよりも繁盛した。 5年後、俺と喜多川は隣町に店名の同じ第2号店を構えた。これまでの得たノウハウを生かして、店内の設備や装飾にこだわった自慢の店だった。しかし、開店して数か月後、社会情勢は急激に変化した。 原因は、新型コロナウィルス――。 誰が感染症の流行など予測できただろうか? 客足は遠退き、売り上げは激減した。規模の大きい新店を構えたばかりだったこともあり、自粛要請の協力金だけでは営業が立ち行かなくなった。俺と喜多川はどうしようもなくなって店を畳んだ。 26歳で、夏だった。 俺は個人事業主だったため、失業保険がもらえなかった。店の潰れてしまった悲しみに浸っている間もなく、生活のため、借金返済のため、とにかく働き始めなければなからなかった。事情があって、両親は頼りにならない。俺は朝から夕方までは可燃ごみ収集の助手のバイト、夕方から深夜まではパチンコ屋のホールのバイトで糊口を凌いだ。 不幸は重なるものだ。今度は車のエンジンがイカれてしまった。車を購入するだけのまとまった金はなく、リース契約も考えたが、節約のためにしばらく車無しで生活することに決めた。俺は貯金をサボッていた過去の自分を恨めしく思った。 「おっ、どうしちまったの? こんなところで働いて」パチンコで働いてると、時々かつての居酒屋の常連客から声を掛けられる。それがたまらなく嫌だった。「いや、コロナのせいで潰れちまったんすよ~」と雰囲気が悪くならないようにヘラヘラと笑いながら答えるたび、とんだ辱めを受けているような最悪な気分になった。 深夜の0時過ぎ、俺は一人暮らしの2LDKのアパートに帰宅する。コンビニ弁当を胃袋に流し込んだ後、俺は大きな溜め息をつく。以前はゲイ向けの出会い系アプリでちょくちょく遊んでいたが、そんな気力もない。 それまでは、自分たちで居酒屋を切り盛りしている充実感があった。喜多川に密かな恋心を抱いていた俺は、一緒に喜多川と店をやっているというだけでも嬉しくて仕方がなかった。それが今は借金のストレスを感じながらやりたくもない労働に耐えるだけ。クソみたいな毎日だった。 今の俺にとっては、喜多川と会うことだけが唯一の楽しみだった。居酒屋を畳んだ後も、定期的に喜多川と連絡を取って地元で吞んでいる。俺はゲイだが、喜多川はノンケだ。もちろん、ノンケ相手にカミングアウトするつもりはない。たまに一緒に酒を呑めるだけで十分だと考えるようにしていた。 ……あの時までは。 * 久しぶりの休日、俺は近所のビデオレンタルショップに入った。昔好きだった映画を観たくなったのだ。何か刺激が欲しかった。このまま仕事に行って帰るだけの生活では心が死んでしまいそうだった。クソッタレな社会で生き延びるには娯楽というガス抜きが必要となる。 俺はビデオレンタルショップの出入り口で立ち止まった。そこにはひと昔前のCDやDVDや漫画やフィギアなどがワゴンセールで売り出されていた。俺はそのうちの悪魔のフィギュアに目を奪われた。どうしてだろう、自分がその悪魔のフィギュアから呼ばれたような気がしたのだ。 何のキャラクターなのかも分からない。箱がなく、剥き出しの透明なビニールに包まれた悪魔のフィギュア。毒々しい紫色の皮膚。筋骨隆々とした逞しい肉体。目は赤く輝いている。頭には象徴的な二本の山羊の角。立派な真っ黒い翼。爬虫類を思わせる鋭い尻尾。肩や腕や脚は刺々しい鱗のような硬い質感で覆われている。 「う、わッ、」フィギュアを手に取った瞬間、俺の脳裏には悪魔が人間の血肉を貪っているイメージが閃いた。パキッと音がした。俺は気が動転してフィギュアを床に落としてしまった。何なんだ、今のは……? 俺は店員の怪訝そうな視線を背中に受け、フィギュアをワゴンに戻すのを気まずく思った。 俺は悪魔のフィギュアを拾ってレジに向かった。980円。紺色のポリ袋を片手に店を出てから、俺は新しい趣味を見つけた時のような高揚感に包まれていた。何にそんな魅力を感じているのかは分からなかった。新しい玩具を見つけた、そんな気分だった。 近所の牛丼のチェーン店で夕飯を済ませた。俺はコンビニでビールとつまみを買ってアパートに帰宅した。いつものようにソファに横になってYouTubeの動画を見ながら、今日買ったフィギュアを思い出した。 俺はソファから起き上がって悪魔のフィギュアをテーブルに置き、改めてじっくりと観察した。俺の手の平ほどの大きさだ。ワゴンセールで投げ売りされていたとは思えないクオリティだ。が、俺はフィギュアを買ったことを後悔していた。こんなものを部屋に飾っても、どうせゴミになるだけだ……。 それにしても、エロいガタイしてるな――。俺の関心は、悪魔のフィギュアの筋骨隆々とした肉体に向かった。分厚く盛り上がった筋肉の質感が感じられるほど、それはディティールが精巧に作り込まれていた。いかにも現実に存在しそうな生々しさを感じ、俺の部屋着のスウェットの股間がぐっと盛り上がる。 悪魔のフィギュアを見つめながら、俺は喜多川の逞しい肉体を思い出した。喜多川は高校生の頃から筋トレに打ち込んでいた。喜多川は居酒屋で働きながらも筋トレは継続し、フィジークの大会に出場する実力を誇っていた。俺は喜多川ほど筋トレに熱心ではなかったが、仕事終わりに一緒にジムに通っていた時期がある。そのおかげで、今も細マッチョ程度の肉体を維持できていた。 俺はスマホで喜多川のフィジーク出場時の写真を開いた。スウェットとボクサーパンツを下ろして、硬くなったイチモツに片手を添える。もう先走りが滲んでいる。俺は喜多川の写真を見つめながら自慰に耽った。俺はうっすらと罪悪感を覚えながら、同時にその罪悪感にぞくぞくしていた。 「あッ、」俺はティッシュで股間を押さえる間もなく、イッてしまった。テーブルに置いていた悪魔のフィギュアにまで精液が飛び散り、「あーあ、やっちまった……」とうんざりしながら呟く。ティッシュで精液を拭おうとテーブルに手を伸ばした時、耳元で、 「ああ、これでようやく蘇ることができる――」 というざらざらした男の声が聞こえた。 俺は「えッ!?」と声を上げ、周囲を見回した。裸のまま部屋を歩き回って確かめるが、もちろん俺の他には誰もいない。ふとテーブルに視線を戻すと、例の悪魔のフィギュアが忽然と姿を消していた。部屋のあちこちを探しても、悪魔のフィギュアが見つかることはなかった。 その晩、俺は久しぶりに夢を見た。 夢の中で俺は人気のないトンネルを歩いていた。一台のオデッセイがトンネルの中間辺りに停車している。オデッセイの背後のトンネルの壁に真っ黒い人影が揺らいでいる。クチャッ、クチャッと何かを咀嚼するような音が聞こえ、俺は車体の向こう側を覗き込む。 思わず悲鳴を上げそうになった。車のすぐ横で、全裸の男が人間の死体らしきものに覆い被さっていた。今まで見たこともないような凄まじい筋肉量を誇る巨漢だった。トンネルの蛍光灯の明かりに、その男の逆三角形の分厚い背中が浮かび上がっている。筋肉と筋肉とがぶつかりあって鬼の形相が蠢いている。 「フゥーッ、フゥーッ、」男は死体の腹に腰を押し付けながらピストンを繰り返し、死体の胸の肉を喰い千切った。クチャッ、クチャッ、クチャッ、クチャッ。男は死肉を貪るのをやめ、こちらをゆっくりと振り返った。俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。真っ赤な血に濡れた男の顔は、紛れもない俺自身で――。 「う、わあッ、」俺はかっと目を見開いてベッドから跳ね起きた。ガチガチに勃起したイチモツをスウェットの上から押さえながら、ビクッ、ビクッ、と腰を震わせる。どろっとした生温かい精液の感触がスウェットとボクサーパンツの内側に広がった。 驚くほど鮮明な夢だった。夢の中の別人のような体格の俺自身と目が合った瞬間、全身が総毛立つ興奮を覚えた。そのせいだろう、俺はいまだかつてなくムラムラしていた。寝汗まみれで、スウェットの布地には汗の黒い斑点が浮かび上がり、ボクサーパンツは皮膚にぴったりと張り付いていた。 「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ、」俺は自分が何に欲情しているのかも分からないまま服を脱ぎ捨て、シーツに精液が飛び散るのも構わずチンポを扱いた。「ああ、これでようやく蘇ることができる――」いつの間にか、俺はそんなことを口走っていた。……あれ? 何言ってんだろ、これって寝る前に聞いた言葉だよな、と不思議に思いながらも、脳を焼かれるような快感にすぐどうでもよくなってしまう。 ヤッベ! キモチイイ! キモチイイ! キモチイイ! キモチイイ! 睾丸を締め付けられる感覚とともに、赤く充血したチンポの先から夥しい精液が噴き上がる。ビュクッ、ビュクビュクビュクビュクビュクビュクッ!!! これまでは1日1回イクだけで満足だったのに、いくらイッても満足できなかった。「ハハッ、止まんねェ、」もっとイキたい、もっと……。 (続く)