『陰キャぼっち、バリバリの陽キャに変身する』(上)
Added 2021-01-20 09:16:57 +0000 UTC僕がW…大学に入学して、およそ二カ月が経った。同じ出身校の友達はサークルの仲間たちと毎晩飲み歩いていると聞いた。その一方で、僕はサークルに入らず、アパートと大学とを行き来するだけの単調な日々を送っていた。急に「陽キャ」っぽく振る舞うようになった友達を、僕は内心で「大学デビューw」と馬鹿にしていた。 高校の時の僕は、なんだかんだで友達がたくさんいた。同じ教室、同じ席順、同じ顔触れの高校までと違って、大学では選択した授業ごとに顔触れが変わる。昼食だって、友達が出来なければ学食でひとり食べるはめに陥る。入学して時間が経てば経つほど、周囲からは取っつきにくい印象を抱かれてしまう。 分かっていた。分かってはいたが――。気がついた時には、僕はすっかり「陰キャ」と呼ばれるポジションを確立していた。大学生活は四年も続く。同じ出身校の友達からは「暗過ぎる」「新しい友達は作る気ねェーの?」「ちょっと心配だな……」と散々な言われようで、僕は自分が出遅れたことを改めて痛感した。 一人っきりで孤立したまま、長い長い四年という時間を潰すなんて耐えられない。六月に差し掛かった頃、僕はある決心をした。同じ出身校の友達に頼み込んで、そのサークルに参加することにした。今更、と思われるかもしれない。中途半端な時期にサークルに参加することに恥ずかしさを覚えながらも、僕は自分の中に残っていた少ない勇気を絞り出した。 良かった、これでやっと友達ができるんだと思いきや――。そこはヤンキーっぽいチャラチャラした男女の集まった有名な「ヤリサー」だった。僕は面食らってしまった。参加すべきサークルを間違えた、と思った。どちらかと言えば地味な外見で、なおかつ自信なさげな喋り方の僕にとっては、この場違い感はハンパなかった。同じ出身校の友達を「大学デビューw」と馬鹿にしていたツケが回ったのか、「あいつダサくね?w」と陰口を叩かれる始末だ(偶然、聞こえてしまった)。そうやって周囲から負的なレッテルを貼られるほど、自分が駄目な奴に思えてくる……。 「あーあ、バリバリの陽キャになって、あいつらを見返してやりたい……」大学の帰り、僕は閑散とした商店街を歩きながら独りごちる。いつもは大学まで学生用のバスで往復していたが、今日は自分の足で歩くことを選んだ。新しい友達を作って楽しく過ごしたいという目的から離れ、僕はサークルの仲間に対してうっすらと憎悪を抱くようになっていた。もう二度と「陰キャ」呼ばわりさせない、夏休み明けにはあいつらを驚かせてやるんだ――。そんな曖昧な妄想ばかりが膨らんでいく。かと言ってサークルの連中と同じような「陽キャ」になりたいかと言われると、ピンと来ない。僕の中の「陽キャ」のイメージは、あまりに漠然としていた――。 穏やかな風を浴びて歩いているうちに、頭の中に燻っていた怒りがいくらか鎮まる。僕はふうっと溜息を吐いた。「あれ? こんな道が……」商店街に立ち並ぶ店と店の間に薄暗い小道を見つけた。僕は駅までのショートカットになるのではないかと期待して、足を踏み入れる。 しかし残念、進んだ先は行き止まりだった。時間を無駄にしたな。そう思って踵を返そうとした時、この辺りでは珍しい都会風(こんな表現をすれば田舎者だと嗤われそうだが……)の洒落た二階建てのテナントが視界に入った。一瞬、バーかと思った。階段の入口の立て看板には「男のための隠れ家サロン」と小さな文字で記されている。 どうやら美容室のようだ。 立て看板の小さな文字を読み進めると、 「紹介制度(一見様お断り)」 「おひとり様(男性)限定」 「似合わせカット3万円~」 はッ?! たっかッ!! 僕は思わず声を出してしまった。いったい何の料金が含まれているんだ? 一見様お断りの美容室なんかが実在するとは思わなかった。どんな金持ちが通う店なんだよ、カットなんてどこでやってもそんなに変わらないだろ、と心の中でツッコミを入れる。面白いから写真を撮っておこうとジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した時、がちゃりと扉の開く音が聞こえた。ひッ、と僕は反射的に震え上がった。我ながらビビりで格好悪い……。 階段から足音がし、軒下の陰から二メートルはあるだろう巨躯の男が現れた。サイドに剃り込みの入ったオレンジがかった金髪、黒色のシャツに灰色のネクタイ、黒色のスラックスに焦茶色の尖った革靴。がっちりと分厚い筋肉の鎧に覆われた肉体であることが、シルエットだけではっきりと分かる。シャツの胸や腕、スラックスの太腿の辺りは筋肉でパツパツに張っていた。顔つきからして、年齢は20代だろうか? スラックスのベルトにカット用のシザーケースが提げられているのを見て、この男が「男のための隠れ家サロン」の店長だろうと直感した。独特な威圧感を受け、僕はしばらく立ち尽くしてしまった。 「……あ、すんません」僕の悪い癖だ。悪いことをしていた訳でもないのに、なぜか謝罪してしまう。慌てて店の前から踵を返すと、「もしかして、××大学の子?」と背後から声が掛かった。「そう、ですけど」僕は怪訝に思いながら男を振り返った。見上げなければ目線が合わないほどの圧倒的な身長差……。「うち、紹介制度だけど、特別にカットしてあげようか」――え? 男の言葉に、僕は耳を疑った。「いや、そんなつもりは。そもそも、3万なんて大金も持ってないんで」そう答えてから、少し嫌味な言い方をしてしまったのではないかと不安になる。 「千円でいいよ」男は言った。学生料金にしても破格過ぎる割引だった。「ここまでふらっとやってきた学生は君が初めてだから、特別サービスな。実は俺も××大学の出身なんだ。中退してるけどな」そう言って男はにやりと笑った。僕は何の偶然だろうと思い、気がつけばこくこくと頭を上下に振っていた。あれ? 何で僕、こんなあっさり決めているんだ……? 普段だったら、こんなゴツいヤンキーみたいな男についていくことはなかっただろう。ジェスチャーで階段を上がるように促され、男の後ろについて階段を上がった。 REMODEL 店名らしき英字の刻まれた扉を開けると、ワックスらしき甘い匂いが鼻孔を掠めた。黒を基調としたシックな空間で、部屋の中央には鏡とカットチェアが一対だけ据えられている。実は美容室に来るのは1年ぶりだ。僕は別の美容室に行った時に嫌な思いをした経験から、最近は2千円以内でカットできる格安カットばかりを利用していた。そういうところも、サークルの連中から「陰キャ」と馬鹿にされる一端になっているのだろうが……。 「そんなに緊張しなくていい」男は僕を振り返って笑いながら言い、足でカットチェアを半回転させた。僕は男に促されるがままカットチェアに腰を下ろし、眼鏡を外した。視界がぼやけたこともあって、どこか夢の世界に迷い込んだような錯覚がした。 「ちょっと、最初にこれ飲んでリラックスしてよ」そう言って、男は真っ黒い毒々しい液体の入ったグラスを差し出した。「……ありがとうございます」グラスに鼻を近づけると、ふわと甘い香りが強くなった。美容室に漂っている甘い匂いはワックスではなく、この真っ黒い毒々しい液体から放たれているらしい。何なんだ、これ? グラスを揺らすとジェルのようにふるふるとかすかに震え、余計に気味悪かった。戸惑っていると、「特殊なハーブが入ってんだよ。良い香りがすンだろ?」と男は言った。 本当かよ、と思ったが、親切心から出されたものを拒否するのは悪い気がした。せっかく破格の割引をしてもらっているのだし――。「じゃあ、いただきます」少しだけ口をつけると、ねっとりとした不快な甘味に喉を焼かれる。美味いとか不味いとかじゃなくて、ただただ嫌な気分に見舞われた。これを飲み切るのはキツいな……。アメリカの甘過ぎるお菓子に更に砂糖をまぶしたみたいだと思いながらも、僕は男の視線を感じて一気に飲み干した。 「俺、そういう勢いのある飲みっぷりの奴、好きだぜ」空になったグラスを返却すると、男はそう言って満足げにほくそ笑んだ。何だか分からない真っ黒い毒々しい液体は喉の奥にへばりつき、飲み込んだ後も甘い香りが付き纏った。リラックス効果については分からなかった。「さて、どんな感じに仕上げようか?」男は一脚のスツールを僕の座っているカットチェアの横に置いて座り、鏡越しに目線を合わせて言った。 「どんな感じ……っていうのが、ないんですよ」僕は目線を外し、ぽつりと答えた。ほんとうは、陰キャと呼ばれないような髪型にして欲しいと思っていた。が、そんなことを言えば馬鹿にされかもしれないと気後れして話せなかった。自分みたいな根暗な人間がこんな洒落た美容室に居座っていること自体が、何だかギャグのように感じられる。 「じゃあ、俺にいい感じに‟改造”してやるよ」男は言った。――改造だって? 随分と変わった表現を使うものだ。「はは……思う存分‟改造”しちゃってください。僕、どうすればいいのか分からないんで」僕は苦笑いを浮かべながら自虐的に答えた。男は立ち上がって、僕の首元にタオルと真っ黒いケープを掛けた。 ガガーッ、ガガーッという音とともに、頭のサイドと後ろがバリカンで刈り上げられていく。大量の髪の毛の束がはらはらとケープに落ちるのを見て、僕は男に任せたことを不安に思った。どんな髪型にされるのだろうか しかし、男に任せると言った手前、今更になって撤回する訳にもいかない。 僕は黙って男がカットする姿を窺った。手際よく作業を進める男の立ち振る舞いからは、確かな自信が感じられる。僕もこんな風に堂々と振る舞えたらいいのにな――。隠そうとしても隠し切れない劣等感が、心の奥底でじくじくと疼き出す。 「名前は?」男は言った。僕ははっと我に返り、「あ、三浦想矢です」と答えた。「へえ! 俺も三浦って名字なんだよ。三浦智貴っていう――。じゃあ、創矢くんは俺の弟ってことだな」智貴さんの軽い冗談に、僕は苦虫を噛み潰したような気分になった。「はは……だとすれば、随分と似てない兄弟ですね」僕は言った。実際に智貴のような格好良い兄がいたら、自分と比べて落ち込んでしまいそうだ。 僕とは違う。この男もどうせ、サークルの連中のようなモテることしか眼中にないような「陽キャ」だろう。きっと、僕のことを内心では見下しているに違いない。そんなネガティブな思考を反芻していると、智貴さんは僕の耳元に顔を寄せ、「俺は、想矢のこと格好良いと思うぜ?」と言った。ドキッとした。呼び捨てにされたが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。 「は? いや、いや……」恥ずかしい。僕は顔が真っ赤になるのを感じた。智貴さんはバリカンを閉まって鋏を取り出し、「想矢は、原石みたいな存在だな。今は自分で自分のことをぱっとしないと思ってるんだろうが、磨けばメチャクチャ良い男になると思うぜ? そうじゃなかったら、想矢を誘わなかった」。「はは……」と僕は苦笑いを浮かべた。どう答えればいいのか分からなかった。お世辞か、揶揄われているのか、頭の中に憶測が飛び交う。 「想矢は、人間だった頃の俺と似てるな――」智貴さんのキテレツな発言に、僕は思わず噴き出してしまった。「人間だった頃? 何ですか、それ?」と僕は答えた。「冗談、冗談、」と智貴さんは何やら意味ありげにフフンと鼻を鳴らした。 面白い人だな――。そう思うと、肩と背中と強張りが解けるのを感じた。なぜだろう? 首元からケープを掛けられているせいだろうか? だんだんと身体が熱を帯び始め、額や腋の下にうっすらと汗が滲んだ。額に滲んた汗を拭っていると、「ああ、暑かったか?」と智貴さんがエアコンの冷房のスイッチを入れてくれた。 「ありがとうございます……」僕は軽く頭を下げた。しかし、エアコンの冷房が入って時間が経っても、ちっとも涼しくならかった。それどころかますます身体は熱くなって全身の毛穴から汗が滲み、自分が汗臭くなっていないか不安になるほどだった。智貴さんはずっと涼しい顔でカットを続けているから、こんなに暑く感じるのは僕の問題に違いない。ドクッ、ドクッ、と心臓が速いペースで脈を打ち、全身の血流が促進されているのを感じた。心当たりは、ない。もしかしたら、真っ黒い液体を飲んだことが原因なのだろうか――? 「大丈夫か?」深刻そうな表情で俯いていたからか、智貴さんが声を掛けてくれた。「あ、はい、汗っ掻きで。すみません……」僕はそう答えながら鏡に映った智貴さんの顔を見上げた。その瞬間、がっと心を奪われてしまった――智貴さんの双眸に、僕は顔をがっちりと固定されたように見惚れてしまう。あれ? 何だ? 何で僕は男になんかトキめいているんだろう――頭の中はおびただしい疑問符で一杯になった。智貴さんの目はややオレンジがかった綺麗な色をしていた。よく見ると、髪だけでなく、眉や髭もオレンジがかった美しい金色に映えている。ハーフなのか? それとも自分で染めているのか? その間も、僕の身体はどんどん熱くなり、顔の汗が顎を伝ってケープに滴る。フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ……。胸が、苦しい。高熱を出した時のように関節のあちこちが痛み出し、首回りや肩や背中や尻は細かな針でなぞられたようにチクチクする。ドクッドクッドクッドクッと心臓が更に速いペースで脈を打ち、イチモツに血が集まるのを感じる。チョキ、チョキとおおよそ一定のリズムで流れる鋏の音を耳にする度、劣等感に苛まれた自分の醜さを智貴さんに見透かされているような不安がよぎる。 ああ、もう、何もかも智貴さんにぶち撒けたい! 腹の奥底からふつふつとアツい感情が込み上げ、「実は僕、大学で友達ひとりも作れなくて、サークルでハブられてて……」と、僕は堰を切ったように自分のどす黒い心情を吐露していた。「智貴さんに誘われて、カットしてもらっていても、頭の中ではずっと他人の嫌な声が渦巻いていて……。自分でも止めたい、こんなことを考えるなんて馬鹿げてるって思うんですけど、コンプレックスの塊だから、同じことでぐるぐる考え続けちゃうんですよ……。クソッ、マジで最悪だ……」 「ああ、そうか、大変だったな」智貴さんは神妙な表情で相槌を打ちながら、淡々とカットを続けた。智貴さんに対する憧憬、嫉妬、羞恥、性欲、好奇心、罪悪感――僕はそれらがない混ぜになった複雑な感情に支配され、頭がくらくらした。智貴さんは鋏をシザーケースに仕舞い、今度はグルーミング用の電動シェーバーを取り出した。そして僕の頭のサイドに電動シェーバーを当てて、一筋の剃り込みを刻んでいく……。 「はい、完成」智貴さんはそう言って三面鏡を取り出し、僕の頭の後ろで開いた。男らしいベリーショート。サイドとバックはすっきりと刈り上げられ、トップには対照的にボリュームが残されている。サイドには一筋の剃り込みが入っており、それが引き締まった印象をぐっと引き上げていた。 「すッげェ……良い感じです」と僕は震える声で答えた。「すげェッス、すげェッス、マジで、最高ッス……」僕は馬鹿のひとつ覚えのように同じ言葉を繰り返す。鏡に映っている自分の目は、興奮のあまりに真っ赤に血走っていた。足元からぞくぞくと性的な快感が這い上がり、ギンギンに勃起したイチモツに先走りが滲むのが分かった。…… 続く (あとがき) いつも応援ありがとうございます^^ 今回は『被験体X』連載の続きを掲載する予定だったのですが、ぱっと面白いアイディアが閃いたので、先にそちらを書きました(「鉄は熱いうちに打て」と言います)。タイトルは最近のラノベに寄せて少し長めにしてみました(笑)。美容室のような閉鎖的な空間で、髪型だけでなく肉体までも変わってしまう、というシチュエーションが書きたくて……。『被験体X』の続きも書きますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。