4 欲望の晩鐘 次の日、俺は大学へ行かなかった。 床中に散らばった精液を片付けなくてはならないから? 違う。 そんなものはどうだっていい。 スマホのASMRフォルダに入っていた新たなファイルが開放されていたからだ。 第3のファイルの音もきっと気持ちいい筈。 こいつを聞いて脳に刻み込まないでどうする? 早く聞いてみようぜ! ――そんな声が聞こえた。 もう一人の俺か、誰なのかははっきりしないけれど。 遅刻回避デッドライン時刻になってもタツミから『遅刻してまうで!』との遅刻回避電話は入ってこなかった。 時間を過ぎてもマナブから『蕨岡君、寝坊? それとも具合が悪いのかな?』なんてメッセージも入らなかった。 放置された精液の水たまりから濃厚な雄のニオイが立ち昇る。 俺はそのニオイを不快どころか芳しいモノとして鼻を鳴らす。思い切り吸い込んで性的な異臭を味わう。 だんだんと、また、耳の奥を舐める音が聞こえてくる。 再生させていなくてもイヤホンを挿入していなくても。 ヌチャヌチャした音と湿った吐息が。 うなじや背中、腋を舐る。感じてしまう。 女ではなく男の舌で、倉知さんか、或いは大学のトイレで盛ってた奴らのか。またはその両方か。 男だけれど嫌じゃなかった。 逆に女はもう、微塵もイメージできなくなっていた 俺は男が、男しか―― イヤホンを耳に挿し込みスマホを起動させる。小さいリンク音が鳴る。 俺はASMRフォルダをタップし開放された3番目のファイルを開く。 次はどこを舐めてくれる? 俺のカラダのどこが反応するんだ? 「んぁ゛っ! はぅんっ! っあああ~!」 耳、うなじ、背、腋、そして今は乳首。 今までいじってみても気持ち良く感じなかった二つの突起がビィンと勃つ。 ニュブニュブ、ベロベロ、イヤらしい音で舐られ新しい快感を俺に流し込む。 舌だけじゃない、指の腹で、爪先で、乳首をノックし、引っ掻き、摘まみ、こね回し、俺の口からヒトじゃないような甲高い声を放たせる。 閉じた瞼の内側でガタイの良いオトコが俺を愛撫している。 刺激だけじゃない、オトコのカラダを目にいれるだけで興奮を覚える俺がいる。 「んひぃ! 乳首が! 乳首ぃ! キモヂィィッ! 気持ち! いぃぃぃ~!」 あまりの気持ち良さにチンポを弄ろうとしたら、またしても手の動きを止められてしまう。 昨日は、最後の最後に扱くのを許され音に舐められながらシコって精液をぶっ放せた。 今日もきっと最後にはチンポを扱かせてくれるはず。 最高のフィニッシュを味わわせてもらえるだろう。 だから俺はその時を待った。 「解放」される瞬間を待った。 イけそうでイけない沸騰寸前のじれったさに震えながら、「も、もう! もうっ! イキたい! 早く! もうイカせてくれよぉっ! チンポ! チンポを! 扱かせてくれぇぇぇ!」と、情けない鳴き声を放ちながら待っていた。 「うぁあ、あ゛ぁ! まだか! まだ、なのかよぉ! んぐ、うううっ」 俺は待った。至福の絶頂が訪れる瞬間を。 ――しかし、だ。 一向にその時が訪れない。 まだか? まだダメなのか? まだイかせてくれないのか! 快感にしては大きいが最後のトリガーを引くにはあとわずか、あと数ミリが足りない! もう無理だ。我慢できない。 耐え切れず、遂に身を起こして「許しが無い」ままチンポを握りしめようとした。 だが、出来なかった。 いきなり目隠しをされ上からカラダを押さえつけられた。 「うわっ!?」 これもASMRによる「感覚」なのか? 卑猥な音は変わらず俺の耳や腋や乳首をヌチュヌチュ音を立てて舐め回している。 身動きが取れない俺の太ももが誰かにぬるん撫でられた。 「んあ、ぁあ、あっ!」 撫でる手が徐々に降りて膝、脛、そして足の甲へと至る。 ただゆっくり撫でられているだけなのに、とても気持ちいい。ゾクゾクしてしまう。 「ぃ、いいっ! 脚も、気持ち、いいっ!」 俺の股間でチンポが思い切りビクンビクンと上下している。目に見えずとも感覚で分かる。 乳首を舐めていた舌が腹へ、臍の周りへと下りてきた。 ああ、そのままもっと下へ、臍じゃなくてより下方の股間へ、だったら俺のチンポを、チンポを咥えてくれよ。 扱かせてくれないのなら口でしゃぶって、咽喉奥で扱いて、俺に精液を、絶頂の汁を発射させてくれよぉ! 「……どうしようか?」 「まだ少し早い。あと一歩やな」 何が? 何がだよ? あと一歩なんてどうでもいいだろ! チンポを! 扱いて! くれ! 扱かせて、くれ! ああ、イキてぇ! 俺は射精してぇ! イキてぇ! もう、もうっ! イキてぇっつってんだろうがああああああーーーーーっ! ドビュゥゥッ! グビュ! ドシュゥゥーーーーーーーッ! ビュル! グピュ! ブグリュ! ビュルルル! ドビュゥゥゥッ! ◇ 「……やっぱ誰かが部屋に入ってるんだ」 夕方、目が覚めたらもう西の空が赤くなっていた。 そして、放置した床の精液溜まりを見れば干乾びてカピカピになっているのだろうと思いきや、干乾びた跡どころかキレイさっぱり跡形もなく消えていたのだ。 「……眠ったまま掃除なんかする訳ない。つうか俺がぶっ放した精液も無いし」 少なくとも俺が腹や胸に飛ばしていた精液くらいは残っていてもおかしくはない。なのに、どこも拭き取ったかのように綺麗になっていた。 「だけど、玄関のカギは掛かったままだし窓もしっかり施錠されている……。てことは、合い鍵?」 俺の部屋の合い鍵を誰かが持っていて部屋に入って来たとしか思えない。 ただ、俺は合い鍵を作っていない。 引き出しに入れてあるスペアキーも普段使いの鍵も本数に異常はない。 となると、誰かがこの部屋の合い鍵を勝手に作って持っていると言う訳だ。 しかし、俺がASMRでオナっている時にだけ侵入するってのも変だ。 財布の中身は手つかずのまま。貴重品を持ち去った形跡は見られない。 つまり、床と俺の精液を片付けていっただけ? ちんぽを晒す俺を見ながら淡々とキレイにしてくれただけ? 「まったく、意味分かんねぇ……」 気味の悪い結論になったものの相変わらず耳の奥、頭の奥では卑猥な舌技音が波のように押し寄せている。 倉知さんに限らず逞しい男に舐め回されている感覚が絶え間なく俺を責めている。 のどの渇きを感じてペットボトルのドリンクを飲もうとすれば、野郎のイチモツを咥えるような錯覚を覚える。 だけど、それを「異常」だとも「嫌だ」とも感じない。 俺は女じゃなくて男とセックスしたい、男が性の対象だったんだ、とようやく理解したからだ。 「だから倉知さんの事を意識しちゃったんだろうな」 などと考えているとタツミとマナブがコンビニで買った弁当を持ってやってきた。 「タ~マキ~! 今日、ずっと部屋にこもってたんやろ? だからきっと買い物もしてないんやろな~、と思ってな!」 「蕨岡君、お腹は空いてるよね? ドリンクも買ってきたから」 言われてみれば俺は昨日の夜も、そして朝も昼も飲まず食わずでASMRオナニーをしてたんだよな。 「あ~、助かる。そういやメシの用意なんにもしてなかった」 「そりゃぁ一日中オナニーしてたんやもんなぁ」 「うん?」 タツミ、何で俺がずっとオナっていたと断言できる? 「あとこれも差し入れ。コンドーム着けとくとザーメンの後始末がラクになるからね」 「え?」 マナブ、なぜ俺が精液の後始末に苦労していたと分かるんだ? 「どう、して? お前ら……、何で俺の行動を把握しているんだ?」 夕暮れ。 薄暗くなっていく部屋。 沈みかけの夕陽が反射したのか、タツミとマナブの眼が紅く光った……。それって……、見間違いだったのか?