高層マンションくらい巨大な少女たちが、街のど真ん中でぶつかり合った。
その衝撃により、周辺のビルのガラスは一つたりとも残さず壊れ、道路は粘土のようにぽこんと沈んだ。
「どいて!!」
少女たちの脚の間からスポーツカーが走り出した。オレンジ色のスポーツカーは、轟音を発しながら崩壊していくビルの残骸の間を猛烈に走った。
スポーツカーが崩れていく街を抜け出した所で、また他の巨大な少女が脇道から飛び出てきた。
「捕まえた~♪」
走る車に向けて嬉しそうに大きい足を差し伸べる少女。隕石のように落ちてくる足は2階建バスよりも大きかった。
「させるか…!」
しかし、同時にその反対側から現れた他の少女が、車を踏みつぶそうとした少女に体当たりをくわせた。その勢いにより入り乱れた2人の少女が転んで、その一帯の地上のすべてのものが何十センチも跳ね返った。
少女の蹴り一回で百貨店のビルが崩れて、押し出された少女とぶつかったビルが倒れて行き、またその隣のビルにぶつかってドミノのように周辺のビルが倒れた。スポーツカーはその修羅場から足の速い虫のようにくぐりぬけていく。
疾走の末、都心の外郭の川岸までついたスポーツカーは、アスファルトに黒い線を引きながら急に止まった。
扉が開いて、助手席に乗っていた少女がスポーツカーから降りた。
「先に進んでください。ここは私が引き止めます」
運転席の男は無口で頷いた。少女が扉を閉めたら、一抹のためらいもなくスポーツカーを動き出して、そのまま橋を渡って平野地帯に走って行った。
「チッ、まずいな。このままだと負けるかも…」
少女は遠ざかるオレンジ色の車を見ながら舌を打った。その直後、自分が走ってきた都心の方から地鳴りの音がだんだん大きくなっていくことに気付いた。
案の定、一棟のビルが崩れていき、その向こうから見上げることすら難しいほど、巨大な少女の姿が見えてきた。
スポーツカーを踏みつぶそうとした、あの少女だった。
「今度こそ通さない!」
車から降りた少女はそう声を上げながら、巨大な少女の方に走り出した。
一歩、一歩。
踏み出す度、少女の体は膨れ上がっていく。
踏み出す度、その足音は重くなり、地面を響かせていく。
たった10歩で―
自分を追いかけた少女と同じく巨大になった少女は、襲撃者に対して肩をぶっつけていく。
一方、スポーツカーは橋を渡って平野地帯に着いた。
ボロボロになった扉を開いて降りた男は、遠くの都心の状況を見つめた。高層ビルのサイズの少女たちがぶつかり合って、街を壊していく姿は壮観をなしていた。確かに、そう簡単に見かけない光景であった。
男は少女たちの人数を数えた。
4、5、6、7…
7人…
「……?」
「ふふっ」
やっと違和感を感じた男の表情が暗くなった。同時に―
「ようやく気付きましたか?」
背後から少女の声が聞こえてきた。男は慌てて振り返ったが、話をかけた少女は既に遠くの少女たちと同じく巨大になっていた。
「このマッチは、私たちがいただきます」
ドスンと地面を響かせる轟音が男を包んだ。
◇
「『ジャズ・ジャック』ダウン!3対2の接戦の末、『宇都宮エース』がジャズ・ジャックを倒して秋シーズンの初勝利を収めます!」
「ジャズ・ジャックもうまく対応しましたね。大逆転になるか、とも思いました。ジャズ・ジャックの<ランナー>を務めた『Driver』先週がいい感じで時間を稼いてくれましたからね!」
「ですが宇都宮エースも余裕はありません!もうすぐワールドシーズンです!レーティングを稼がないと!」
「宇都宮エースの『Bella』選手、今回のマッチの<ストンパー>としてセレモニーライブを…」
「……!」
競技を観ていた携帯が、車の動きにより激しくガタついた。男は顔を上げ、周りを見回した。彼が乗ったバスはいつの間にか目的地に近づいていた。
「次は石上山頂、石上山頂です。 危険ですからバスが停止してから席をお立ち下さい」
バスのアナウンスを聴きながら男は携帯をポケットに入れた。扉が開くと、彼はアスファルトの道路に降り立った。ジャケットを腕にかけて、黄色いネクタイの先っぽをシャツのポケットに差し込んだままの姿でコツコツ足音を鳴らす。
「……」
男が降り立ったバス停、石上山頂の周りには建物は全く見かけない山の手だった。その代わりに、周りには何個かベンチが置かれていた。その向こうからは、遠くに石上市の景色が見えてきた。
ベンチには何人か座って、平和で穏やかな都心の景色を見つめていた。その人たちは全員眼鏡をかけていて、どれも同じ見た目の物であった。
「わぁ、やっぱり百聞は一見に如かずだね」
「本当に負けるかと思ったよ。あんなに暴れたから」
「なんだ、お前はジャズ・ジャックのファンだと思ったのに…」
ベンチに座っている人たちの周りには妙に熱気が漂っていた。男はもちろん、その理由を知っていた。自分自身もその人たちと同じ景色を見るために、わざわざここまで来たからだ。
「……」
男は腕にかけていたジャケットの奥のポケットからケースを取り出した。その中に入っていたのは一見普通の眼鏡だったが、周りの人たちと変わらない形だった。
男は眼鏡をかけ、顔を上げた。
平和だった都心は、眼鏡越しでは廃墟になっていた。その廃墟の上で勝利のセレモニーをしている宇都宮エースの巨大少女たちの姿が見えてきた。
あそここそ、携帯で見ていた競技の修羅場の背景であった。
《GTSワールドチャンピオンシップ》
『01:失敗者同志の出会い』
『それで、そのまま辞めてそこまで行った奴が、GTSの競技を観ていたと?まったく、お前という奴は。そもそもなんで辞めて―』
「だから辞めてないんだって。俺は俺でやらなければならないことがあったんです」
『根性もなく辞める奴らはいつもそんなこと言うんだ。まったく、最近の若者たちはすぐそう辞めようとするんだから』
「はい、はい、すみませんね。根性なしで」
『…口だけ達者だな』
携帯の向こうから果てしなく続く小言を聴きながら、男は家の中に入った。20平米くらいの生活感のない家の中はほこりの匂いがした。
『…正和(まさかず)』
「はい」
『何度も言うが、それはお前のせいではない。知ってるだろ?』
「……」
自分より20年以上の年を取った男性の声を聴きながら、南条(なんじょう)正和は一瞬言葉を失った。
「……俺のせいです。結局あの子たちをダメにしたのは俺ですから」
『だから、それはダメになったとかじゃ―』
「電話代でるからもう切りますよ。俺も疲れてるんで」
『正和……』
南条は先に電話を切った。自分で考えても行儀の悪い行動だったが、また電話がかかってくることはなかった。あの人はそれを叱るためにわざわざかけ直す人ではないことは、南条はよく知っていた。
「子供でもあるまいし、自分の仕事するって言ったのに、何そんなに大袈裟な…」
そんな独り言を言っていた南条の目に、テレビの上に置いてあるトロフィーが見えた。
そこに置いてあったな。最初に置いたあとずっと忘れていた。
『2027 GTS Japan Champions 最優秀ランナー MVP』
『2029 GTS World Player of the Year: Runner』
『2030 GTS World Player of the Year: Runner』
『2030 GTS World Champions Winner』
「……」
南条はそれらを全部段ボール箱の中に移した。箱はそのまま閉じて、倉庫の隅っこに置いておいた。それだけではなく、家中にある『GTS』に関係のあるすべての物も倉庫に運んだ。
「掃除は業者を呼ぼうとして…」
南条は窓の外を見つめた。まだ真昼間で、天気もいい感じだった。
「とりあえずそこから行ってみようか」
◇
「先輩、お願いです!先輩がいないと本当に無理なんです!先輩も知ってるじゃないですか!」
ある学校の校舎に少女の叫び声が響いた。
「それはそうだけどさ…私一人で何とかなるわけでもないじゃん…」
切に願う後輩の言葉にもかかわらず、先輩はすまなさそうな表情で部室から出て行った。
それを手始めに、部室の中の他の部員たちも、部室から去っていった。
「でも!それでもまだ可能性は…」
「ないでしょ… 真里香(まりか)ちゃん、もう諦めよう」
「もう13連敗だよ、13連敗。これだと全国大会どころか、県大会にも出られないよ」
「真里香もわかるでしょう?県大会出場の資格を得るためには、これから7試合すべて勝たなければならない。」
「それができるんだったらここまで来ることもなかったでしょ」
「でも…!」
一部の部員たちは、そうして逆に真里香を説得しようとした。一緒に辞めよう、と。真里香は彼女たちに一言も返せなかった。今までも感情に訴えてきただけで、結局―
「そもそも、ランナーをやってくれる人ももういないでしょ?」
「……」
事実と正論の前では勝てなかった。真里香は口をつぐむしかできなかった。
「みんな知ってるよ。今まで、真里香がずっとフリーのランナーを仮のメンバーとして連れてきたこととか、そうやって無理やり競技を進めたこと。でも、それももうダメでしょう?理由もわかってると思うわ」
「ランナーもキャリアが大事だからね。仮のメンバーとして参加した記録でも、連敗ばっかりのチームと組みたい人はいないよ。もっと勝てるチームはそこら中にあるから」
真里香はそのまま何も言えずに立ってることしかできなかった。それからは、残っていた部員たちも謝ったり慰めたりしてから部室は立ち去った。
「真里香、ごめん」
「これ以上、あなたが苦労するのを見たくないの」
「やりたいって気持ちだけじゃできないこともあるよ」
「大学で挑戦する方法もあるから」
「他に良さそうなことがあったら真里香にも連絡するね」
最後の部員まで、「ごめんね」と言って、出て行った。
部室には真里香しかいなくなった。
「……」
静まった部室の中で、真里香は壁際にある棚を見つめた。
トロフィーをいっぱい並べようと部員たちと話してたのに、トロフィーどころか、入賞の賞状一枚すら見えなかった。
一つだけあるトロフィーは、なんと7年前のもの。県大会の準優勝のトロフィーだった。
真里香はトロフィーを眺めながら近づいた。長い間、拭いてくれなかったトロフィーにはほこりで包まれていた。
「去年に県大会準優勝だったら、今年も出られるはずだったのに…」
独り言を言っていた真里香の声が少し震えた。
「先輩…」
彼女の言った『先輩』は、先ほど立ち去った人ではなかった。
「すみません、先輩。私は…」
その時、ガラガラっと扉を開ける音がした。
憂愁に浸っていた真里香は入口を振り向いた。もしかしたら誰か戻ってきたかもしれない、という期待が顔いっぱいこもっていた。
しかしその顔はすぐ怪しむ表情に変わった。扉を開けたのは部員でも、顧問の先生でも、それ以外の知り合いでもなかった。
その人は、ここにいるべきの人ではなかった。
「だ、誰ですか?ここは女子校なんですけど?」
「あ、知ってます。怪しいものではないですよ。ちゃんと許可は取ってますから」
黄色いネクタイの先っぽをシャツのポケットに差し込んだ男性は、そう適当に答えてから、真里香に聞き返した。
「ここ、GTSのチームですよね?君、真里香ちゃん?」
「…ランナーを探してるって聞いたんですが…」
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* これはテストページです。 気楽に読んでください。 ありがとうございました!