海外小説の主人公についての知名度ランキングがあったとすれば、その人は、たぶん1036位くらいの人です。いや、もっと低い順位かもしれません。圏外ってこともありえます。とにかくシャーロック・ホームズやアリスなんかの世界的によく知られた花形主人公たちに比べると、うんと影が薄い。でも物事って多面的なものですよね。知名度ランキングではぱっとしないその人も、「変な人ランキング」では輝かしい結果を残せるかもしれません。
名前をウェイクフィールドと言います。ナサニエル・ホーソーンという米国の古い小説家が書いた『ウェイクフィールド』(そのまんまですけど)という10ページ足らずの短編小説の主人公です。
物語の中で、ウェイクフィールドさんは奥様と一緒にロンドンに暮らしています。穏やかな性格で、これといって欠点のない普通の男性なのですが、ある日のこと、今から旅行に行ってくると奥様に告げます。そしてそれきり戻ってこなくなる。え〜っ…。
奥様は当然困惑します。でも当のウェイクフィールドさんはあまり気にしていないご様子です。ロンドンの街中を目的もなくぶらついたあと、ある場所にひとりで家を借りる。その場所というのがこれまたちょっとおかしな場所で、出て行った自宅のすぐ向かいの家なのでした。え〜っ…。2回目。
彼の奇行ぶりはやみません。いそいそとカツラを注文、それをかぶる、別人になる。その挙げ句、自宅の周辺を連日うろつくようになります。妻や知人の様子をこっそりうかがうためです。
こんなような生活を、彼は最初1週間ほどで終えるつもりでいたのですが、何かに調子を狂わされたのか、その期間は大幅に延びてしまいます。最終的に彼が奥様のいる自宅にひょっこり帰ってきたのは、姿をくらましてから20年(!)も経過したある夜のことで、物語はそこで幕を閉じます。
いかがだったでしょうか? これなら知名度ランキングでは1036位(推定)の彼も、「変な人ランキング」では十分上位に食い込めそうです。何しろ旅行だと言って出て行ったが最後、20年も家に戻らず、その間にやっていたことと言えば、変装姿での妻や知人の動向観察のみです。これを「変な人」と言わないでなんと呼べばよいのか、うーん、私には分かりません。
それに最終的に自宅へ戻った直接の理由というのがまた変なもので、その夜は雨が降っていたせいで体が芯から冷えていたために、暖を取ろうとして玄関の扉を開けた、らしいのです……。「そんな理由で? もっとこう、他にあるでしょう、大事な何かが。大切な理由が!」といろいろツッコみたくなりますけど、もし私が奥様の立場だったら、ふらっと帰ってきた彼にこう言うかもしれません。
「えっとー、ずいぶん長い旅行だったみたいだけど、世界10周旅行でもしてきた?」
もちろんこれは、そのとき私の機嫌が最高に良ければのお話です。そして私の機嫌がさらにさらに最高に良ければ、私はこの「変な人」が20年を費やして行ってきた不可解な行動を、少しは理解しようと努めるかもしれない。
ウェイクフィールドさんほどではないけれど、私も長めの旅行をしたことがあります。あ、もちろんこれは「長めの失踪をした」という比喩ではなく、文字通りの意味です。行った先は沖縄で、3週間くらいかけて離島の島々をひとりでぐるぐる見て周りました。誰かと一緒に行く旅も好きだけど、ひとり旅、私はわりと平気な人です。
ご存知の通り、沖縄というところは手つかずの自然が多く残されている場所です。とりわけイリオモテヤマネコがいると噂の西表島は、日本の他の場所ではあまり見られないような種類のウネウネとした樹木が島全体を覆うように生い茂っていて、ひとことで言ってしまえば、「ジャングル島」です。そのジャングルも決して小さな規模ではない。この島は沖縄県内では本島に次いで大きな面積を持つ島なので、無鉄砲に軽い気持ちで森林に分け入り、そのまま行方不明になる人も少なくないと聞きます。
「なんかすごいところに来ちゃったなー」
これが船で西表島に上陸した際の、私の感想です。港を囲むかたちで、民家や公共施設が肩を寄せ合うように建っている。そこから島の沿岸をそうようにして、この島唯一の細い道路が一本、はるか先の方まで延びています。それ以外に目立ったものはありません。遠くのさざなみと、近くの樹木を揺らす風の音が聞こえるばかりで、人の声は響いてきません。離れたところにぽつぽつ人影は見受けられるけど、それが旅行者なのか地元の方なのかも判然としない。時期も旅行シーズンを外れていたため、人に関しては接触する機会がほとんどありませんでした。
こういう非日常の場所をとぼとぼとひとりで歩いていると、人は奇妙な気持ちになるものなのでしょうか。普段はあまり考えないようなことが、なぜかぽっと頭に浮かんでくる。結局、西表島には3日ほど滞在したのですが、自然探索を楽しむその一方で、1日1回は決まってその考えに、私は不意に遭遇するのでした。
「もし私が今、この島の奥深い森に迷い込んで、数日後に誰にも悟られずにこの地上から消えてしまったとしたら━━あの人たちは、あの知り合いは、あの友達は、そのことをどう思うんだろう?」
誰にとっても「自分」という存在は代えの効かない唯一のものだけど、世界から見ればその存在は、別段誰であっても構わない小さな一点にすぎないものです。言いかえれば、たとえ今日「自分」が消えていなくなったとしても、世界は平然といつも通りに明日を迎えるのではないでしょうか。
それはとても不思議な事のようにも思えるし、ごく当たり前の事のようにも思えます。みんなが知っている事のようにも思えるし、まだ誰も知らない事のようにも思える。
「自分」が消えていなくなる事━━それは、この世界に、そして自分以外の人たちに、どんな影響を与え、あるいは与えないのか。
偽装失踪をしてまでも自宅の周辺をうろつき、妻や知人の様子を連日こっそりうかがうウェイクフィールドさんが、やっぱり「変な人」であることに変わりはありません。でもその変な行動の裏に見え隠れするのは、この世界が自分をいないものと見なしたとき、初めて鮮烈に浮かび上がるだろう自分の存在意義というものを、生きながらにしてちょっとのぞき見してみたいというささやかな欲求だったのではないでしょうか。
でもだからといって20年も自宅を留守にするのは、さすがにどうかなあとは思いますけど、うん。私は沖縄旅行、予定通りの日程で終え、ちゃんとお家に帰りましたよ?
ノン・ラズニッシュ
2021-01-27 12:11:00 +0000 UTCゆ〜
2021-01-27 02:56:02 +0000 UTC