絵やイラストを本格的に始めるにあたって専門の教育機関で学んだ方がよいのかどうか、ときどき議論になることがあります。
この議論について「ノンお前はどう思うか?」と問われれば、正直なところ「あぅぅ、うーん…」とお茶を濁すしかありません。ご、ごめんなさい。
もっとも、私という人間がもし2人いたなら事態は少し変わってきます。その2人は現在どちらも絵を描くことを習慣にしているのですが、一方は専門の教育機関で絵を学んだ経験のある私Aで、もう一方はそういう場所で絵を学んだ経験がない私Bです。その2人が好物のポッキーでも食べながらそれぞれ歩んできた「お絵描き遍歴」について情報交換でもすれば、冒頭の議論にも一応の答えは出せるのかもしれません。
でも実際は私という人間は当たり前のようにひとりしかいないし、AとBのお絵描き遍歴を両方経験済みというわけではないので、あまりいい加減なことは言えないなあと思う。その結果が、「あぅぅ、うーん…」という声にならない声の正体です。あぅ。
それはさておき、私は学校で絵を学んだことはありません。学生時代は、よせばいいのに西洋文学のまねごとをやっていたので、どちらかというと活字に囲まれた生活をしていました。でもそんな私も過去のある短い期間にたった一度だけ、人から絵を教わっていたことがあります。
小学3年生の頃だったと思います。それ以前から絵を描くのは好きで家で暇さえあれば(その年頃はたいてい暇ですけど)白い紙にごちゃごちゃといろいろ描いていたのですが、ある日そんな私のことを思ってか、親がこんな話を持ち掛けてきました。なんでも家の近くに画家の先生がやっている絵の教室があるので一度教わりに行ってみるかという。何を聞かれても答えるのに一呼吸置くようなタイプ(ぼんやりとも言う)だった私も、その時ばかりは獲物を追うチーターのように前のめりです。「行く!(カプッ!)」と噛みつくような勢いでそう答えました。
それから先生と会うまでの1週間、私の期待は際限なくふくらみ続けました。一体どんな先生なんだろう、どんなことを教えてくれるんだろう、どんな道具を使うのかな、宿題はあったりするのかな━━。今でもそう思いますけど、何かを待ち望む気持ちってなかなかいいものですよね⸜( ´ ꒳ ` )⸝
その教室は、ごく普通の民家の中にありました。外にそれらしき看板も何も出ておらず、門もポストもよくある住宅街の日常風景に完全に溶け込んでいる。隠れ家風のレストランにだってもう少し手がかりになるものがありそうだけど、そこは本当に何の変哲もない単なる民家でした。そんな場所で希望者がいれば個人的に絵をひっそりと教えているらしい。今考えてみると、親は一体どういう経緯でこの「常人には見えざる教室」の存在を知り、私にすすめたのか、ちょっと不思議ではありますけど、うん。
でも当時の私にとってそんなことは大したことではありません。場所が民家であろうとなんだろうと、絵を教えてもらうことが出来る。嬉しさのあまりもしかするとスキップくらい披露していたかもしれませんが、親に連れられその民家の玄関を訪ねると、「いらっしゃい」と落ち着いた声で廊下を出てきたのは、70才くらいの紳士然とした白髪のおじいさんでした。そして私にはその人物が画家の先生だとすぐに分かりました。
ベレー帽をかぶっていたか? いいえ、かぶっていません。胸に「画家」と書かれた名札でもつけていた? もちろんそんなこともありません。ベレー帽よりも名札よりももっと分かりやすく、玄関先に出てきたその人物は、驚いたことに手に筆を握りしめていたのです。これでは間違えようがありませんよね。どこからどう見ても画家の先生です。筆!
こうして私はこの先生から絵を教わることになったのですが、実は3回ほど通ってすぐに行かなくなってしまいます。先生の人格や絵描きとしての技量に何か問題があったわけでは全然ありません。実際先生は口調もおだやかでとげとげしい所は微塵もなく、アトリエの壁に立てかけられた水彩画や油絵の出来ばえから、その技術の高さは子供ながらに十分に見て取れました。
「馬を描いてみましょうか?」
それが先生から私に与えられた最初の課題でした。参考資料はなし、1本の水彩筆を手渡され、机の上の画用紙に描く。下書きもなしに筆1本でいきなり馬を描くのは当時の私にはとても難しく感じられ、画用紙の真ん中にちょこんと小さいお馬さんを描くのが精一杯です。すると先生は、筆を持った私の手を背後からそっと取り、小さいお馬さんの上から、二人羽織のようにして一緒に筆を動かし始めました。
「そうそう、こんな感じでね、描いてみよう」
すらすらすらすら━━。
ほとんど先生が筆を動かしていたも同然だったけど、ものの3分も経たないうちに、そこには画用紙からはみ出さんばかりの大きな馬が描き上がっていました。ところが、私はその馬をどうしても好きになれなかった。
今はもうそんな考えは持っていないのですが、当時の私は絵を描くという行為に、幼いながらもある一定の価値基準のようなものを持っていました。それは、いかに本物そっくりに描くかが重要であり、出来上がった作品が写真のように見えれば見えるほど絵として優れているという、そんな価値基準です。もちろん当時の私に写真のように絵を描くことなど出来るはずもないのですが、でもだからこそ、そういうふうに描いてみたいという気持ちがとても強かった。
先生の手助けで描き上がった馬は、まったく写実的なものではありませんでした。確かに風を切って疾走するような躍動感はあるものの、プロポーションはくずれ、輪郭線はあいまいであり、ほとんど抽象画にも近い印象です。
「とてもいいですね」
先生はそう言ってにっこりとほほえむのですが、私の心はモヤモヤどころかモキャモキャです。なんか違う、こんなのじゃない。そう思うと同時に、アトリエの壁に飾られた、あれほど写実的で美しい絵を描く先生が、どうしてこんな子供の落書きめいた(まあ子供なんですけど)絵を私に描かせようとするのかさっぱり理解できず、それこそ写真のような絵の描き方を一から教えてくれるものだとばかり思っていた私の落胆は、決して小さなものではありませんでした。
それからのちも、花や魚を描いた記憶はあるのですが、先生の教え方に変化はなく、いつも出来上がる作品は具象画と抽象画の間を漂うような奇抜なものばかりでした。ほどなくして足が遠のいてしまったのも、私には自然なことだったのかもしれません。
今になって思い返してみると、先生にしてみれば相手は小さな子供だったのだから、それ相応の教え方をしていたにすぎなかったのではないかとも思います。あるいは私が辛抱強くもう4、5回教室に通っていれば、写実的な絵の描き方をいよいよ一から本格的に教えてくれたかもしれない。
いや、もう少し意地悪にこう考えてみることも出来ます。先生はそもそも私に、「絵の描き方」を教える気なんて実はこれっぽっちもなかったのではないか。
私と一緒に絵を描いている時の先生は、いつも同じことを繰り返し口にしていました。
「もっと自由に」
「もっと大胆に」
「そうそう、まだ何か新しい描き方、あるかもしれないね」
もし先生が絵の描き方を教えていたのではなく、絵との向き合い方を一生忘れない魔法をその時の私にこっそり掛けていたのだとしたら、それはあながち失敗ではなかったのではないかと、大きくなった今ではなんとなくそう思える気がするのです。
そっか~、先生に初めて会った時、手に握られていたあの筆は魔法のスティックだったのかもしれないなあ。
というのはさすがに言いすぎですかね?
ノン・ラズニッシュ
2020-11-14 13:19:37 +0000 UTCak
2020-11-14 09:29:06 +0000 UTC