百合好きな方ならきっと一度は考えたことがあるのではないでしょうか。
「百合、百合とわれわれは言っているが、一体百合ってなんだろう?」
もちろん私も考えたことがあります。5分間ぐらい。いや、もうちょっと長かったでしょうか。
それはレズと何が違うのか。男子がからんできたらもう百合ではないのか。女子同士の仲良しと百合カップルは別物? エッチは必須? キスで寸止めが至高? プラトニックでなければ百合じゃない? キャラにSMやらせちゃったらアウト?(私のことです)
百合の定義に関するこのような疑問の数々を一個一個ときほぐして一つの結論に集約するのは、とても私の手には負えるものではありません。なので5分間ぐらいだったのだと思います。ギヴ。一応念のため定義の専門家である国語辞書で「百合」の項目も確認してみましたが、「ユリ科の多年草で…」と書いてあるばかりで、花の生態に少し詳しくなっただけでした。ポップ・カルチャーとしての「百合」が正式に辞書に載るにはまだしばらく時間を要するみたいです。
ふだん私は自分では百合SMという枠内で描いているけれど、鑑賞者の立場になればいろいろな百合作品を読んだり観たりして、いつも両の目をハート型にしています。うっかりするとよだれも垂れてしまうので気を付けていますが、先日読んだ『ハロー・メランコリック!』という百合漫画なんかはブラスバンドをめぐる女子高生の部活もので、音楽好きでもある私には続刊が楽しみな作品です。少し毛色が違うところだと『行進子犬に恋文を』は女子軍隊を舞台にした年の差もので相思相愛の一進一退がおもしろいし、『とどのつまりの有頂天』や『悪いが私は百合じゃない』などはコメディ満載で楽しいし、言うまでもなく『レズ風俗アンソロジー』などのちょっと「あ~ん♡」な作品も本棚の奥の方にあります。百合っていいですね。
こういった作品に触れるにつけ、世の中には実に様々な百合作品があるものだなあと感心することになるわけですが、ここで改めて考え直してみると答えは意外とあっさりと導き出せるのかもしれません。つまり、作風も違えば方向性も違うこれらの作品を、私が一括して「百合」と認識しているからには、そこには何かしらの共通点があるのではないか。何もないということはないはずですよね。何かある。そしてもしその共通点を一匹の金魚のようにすくいあげることができたなら、それをもって一応の「百合」の定義としても差しつかえないのではないか。
そこで私が導き出した答えはこうです。ものすごーくシンプルな定義なんですが、「百合」とは━━女子と女子との関係性のことである。
「はぁ? そんなことは最初から分かり切ったことやんけ!」と私は今どなたかの機嫌を損ねてしまったかもしれない。ごめんなさい。
でもちょっと最後に聞いてください。いま得られたばかりの何の変哲もないこの百合の定義が、百合イラストを描く人間にとっては非常に重要になってくるんです。
どういうことかというと、「百合」という言葉が関係性を指している以上、キャンバスに描かれるキャラクターは最低でも必ず2体必要になってくる、ということです。もちろんいくらかトリッキーな手法を使えば、1体のみでそれなりの百合イラストを描くことは出来ます(女子名が宛名に入ったラブレターを手にしている女子の絵とか)。でもやっぱり基本的には「あの子がいて、この子もいる」という絵であったほうが説得力がありますよね。1体だけだと、くつが片方ないような、おはし一本でご飯どうやって食べればいいの風な、なんだか落ち着かない絵になってしまう。
この「2体必要説」、今考えてみればものすごく当たり前のことなんだけど、実は自分で百合イラストを実際に描き始めるまで全然気づかなかったことでした(にぶい)。
そういうわけで、どこかで誰かが描いた百合イラストを見かけたら、「キャラを2体描くのお疲れ様です」と心の中でそっとねぎらってあげてくださいね。あ、私は大丈夫です、自分でそういう道を選んでいるんですから。
ノン・ラズニッシュ
2020-08-18 12:59:29 +0000 UTCぶっちー
2020-08-18 05:11:30 +0000 UTCゆ〜
2020-08-11 11:34:09 +0000 UTCノン・ラズニッシュ
2020-08-11 11:15:19 +0000 UTCゆ〜
2020-08-11 10:22:37 +0000 UTC