私のした恐怖体験というと・・・
漫喫に務めた時の社長がヤのつく自由業の人だったり、
交通誘導の仕事をしてた時に車にバリケードを突破されて何度も死にかけたり、派遣の仕事をしていた時にカイジばりの鉄骨渡りをしたりと・・
まあ色々ありますが、あえて一番を決めると、のちの人生に影響を与えまくることになった事故物件らしき家に住んだことがあることですかね。
私が小学校の卒業まで間もないころ
住んでいた借家の大家の事業が失敗して転居を迫られました。そこで父が家賃が格安の物件(むかし屠畜場だか処刑場だったらしい?)を見つけてきまして、そこは中途半端な高台の上にあって出入りに不便、周辺の住民も話しかけても返事をろくに返してくれずいい感じがしない。
また古い建物の割りに風呂場まわりが異常に塗装が濃く真新しく「何か」を覆い隠してるかのようでした。
不穏なものを感じ、別なところにしようと家族は反対したのですが「格安だからここでいい!黙れ!」と父は暴力で家族を黙らせて強行採決。やむなく住むことに。
住んでから間もなく、前の住人が謎の失踪をしたらしく警察が事情聴取に来たり、天井の板が風もないのにちょくちょく外れたりと・・案の定ヤバイ空気しか流れてません。
そして住んで2年目。ついに事が起きました
母がパートへの通勤中にセンターラインをはみ出してきた車に撥ねられ左膝を粉砕骨折。そして2年近く入院したあげく身体に重い障害が残ることに。その後は示談金を巡って両親同士で揉めに揉めて(父はギャンブルにお金を使いたいと主張)ついには母が円形脱毛症になり、さらにノイローゼにもかかってしまいました。
高校生になって私と母は暴力三昧の父に我慢の限界を越え、親族会議を開いての話し合いの末にお互い距離を置いて冷静になろうと別居を選択。2人で古いボロアパートへ引っ越しし、父は家に残ることに。
別居の際に夫婦共通の友人に別居先は明かさないで欲しいと釘を刺していたものの、おしゃべりな人が父に話したため別居に内心怒りを覚えていたらしい父に別居先や学校前を徘徊されたり、ドアの前で大声を出されたりと散々な目に合わされました。
友人当人は「雨降って地固まるだよ♪」とのん気に考えていたようですが、そんな状況だったら今までの生活を捨てて別居しないって・・。
これはもう冷静になるのは不可能と判断して離婚しかないという決断に至りました。後から聞いた話だと前の住民夫婦も離婚していたみたいですね。
あと離婚調停が決まるまでも大騒ぎありまして、弁護士さんからDVがある場合は慰謝料が貰えますよ等アドバイスされましたが父の殺意が半端ない感じでしたので金銭面には触れず、子供(私)の親権は母側に、今後はお互い関わらない事のみを条件に何とかまとめることに成功しました。まあ・・その後もしばらくアパートの外で大声出され続けましたが。
そして私らが出て行って2年目
突然として父は癌にかかり急死しました。傍若無人な人だったので体調管理を疎かにして亡くなった・・と親族や友人たちは言っていましたが、私には事故物件の呪いが一身に降りかかったように思えてなりません。
私ら一家が離れた後も、その家は住民が次々と入れ替わってましたが、今年の初頭にとうとう解体してアパートになりました。これで全てが終わったのでしょうか?それとも・・・・。
以上、私の恐怖体験でした。建物というより人間のエゴの方が怖い体験だったかも知れませんね。
まあ引っ越し先のボロアパートも隣のアパートで焼身自殺した人が出て、そのもらい火で解体することになって転居を迫られたりしましたが。その話はいずれどこかで。
屈原神無
2022-08-19 14:12:52 +0000 UTCシオン
2022-08-19 11:53:16 +0000 UTC