今年中に祖父母の生家を解体することが決定?したので
屋敷の布団やら紙やら食器やらを整理しに帰りました。
原稿が相当遅れてるのでここで帰っていいものかと思ったんですが、
夏に帰る時に天候や全員が健康なのかとか仕事のスケジュール合うかわからないし、
全員が元気なうちに今年中に終われるように22日から24日の予定で長兄と車で帰ることに。
午後6時に集まり、あれこれ長兄の仕事をして、マックのドライブスルーでタルタルチキンを注文。うまい。
9時頃高速に乗り
深夜3時ちょいに秋田に着き、4時ちょいに就寝
本家に朝から行き、布団類や燃えるゴミ108kgほどを近くの村の焼却場に持っていく。
レンタカーの時間的に2往復はできず帰宅。
お昼は道の駅ふたついで
馬肉ラーメンなるものを食べました。
以前仕事で出張して熊本で食べた新鮮な馬肉とか、
連れて行ってもらった牧場直営のとこでの新鮮な馬肉と比べるとジャーキーみたいな感じで甘みは低いけど、
そのジャーキーさも僕は好きだし、この刺激が少ない優しい醤油ラーメンも
癒されるものがあって。僕はそうそう、これでいいのよ。ってゴローちゃんみたいに感じ入ってました。
そして…
食後にソフトクリームを買おうかと思ってたら、
アイスこっぺぱんなるものが…!
キャラメルソースをかけて、ソフトクリーム自体は甘さ控えめでホイップクリーム感というか。
食べやすいし暖かいしよきよき(^O^)
(ここで時間を使い過ぎてゴミ捨て二回目が行けなかった説・・・)
ほかにも何やら美味しそうなご当地メニューがあったので
また行ったらあれこれ試してみたいですね。
実家では男衆がスパイファミリーブームで、
全員がアーニャの真似してピーナッツピーナッツ!って騒いでました。
東京へ戻る日だったけど、
父「もう一回本家の方に26日木曜日行きたいんだが、もしわむこがよければ」
ということで、悩んだ。
「(しかし…次の作品のネームや構想でも練れば全体の遅れってほどでもないか…)」
「(それに…あと何回、、、親孝行ができるかわからんし。。。)」と思い
結局秋田に残り、長兄は先に東京へ戻っていった。
24日と25日は家の手伝いとか、
足が悪くなった母とリハビリで散歩に行ったり、
父のお願いでドアの壁紙の張替えとか一緒にやったり
家事の手伝いとかして作業は進まないが、
家のことは進んだと思う。
朝から午後5時くらいまで、本家の庭で倒れた松とかを鉈でボコボコ細かい枝を斬ったり
小動物が侵入しないように対策したり、次回来るときのために燃えるゴミを段ボールに詰めて、
虫とネズミの糞だらけの部屋を掃除してったり。
倉さえ残ってれば税金はあがらないそうだからだけど。
金目のものは金持ちの親戚らが祖母の世話も全部父に押し付けてるくせに先んじて全部とっていったそうだから、倉にも高価な貴重品はないんだが。
世の中金金金よ。金持ちのくせにさらに金を貪るか。
父はそういうのが大嫌いなので絶縁してる祖母の遺産はいらないと最初から断言してる。
が、親戚たちはそれが困る理由がこの不動産の管理だ。
今までもずっと父が無償でやってきてるし、
絶縁していても唯一秋田に残り祖母の世話をずっとやってきて三度もさらに裏切られてる。父のライフポイントはゼロ以上のマイナスよ。精神病むよ実母に何度も何度も裏切られてさ。
金持ちの親戚たちは遺産が欲しい。金が欲しい。でも祖母の世話はいや。そして不動産がいらないし、本家の整備もやりたくない。
遺産相続とはオールオアナッシングらしい。
市も引き取りを拒否するような不動産、固定資産税。
人間たぁ、めんどくさいもんですなあ。
人に迷惑をかけるなっていうけど、
人間は死んでからも迷惑をかけちまう。
生きてる間も死んでも金がかかる。
金、金、金、暴力、セックス!( ゚Д゚)
今日は父と贅沢しちまうか!って道の駅ふたついで一番高い看板メニューの、
ローストビーフ丼を二人とも注文!!
こちらは想像してた歯ごたえのあるいつものスーパーなどのローストビーフとかと違ってて
お肉がふんわりとろけて美味しい。肉の甘みもあって
食べ方が順序があるのがひつまぶしみたいでいいですね。卵が個人的に肉の味を消してしまう気もしたけど
すべて秋田産なので、そうか。ここに秋田が集まっているのだと感じたら、それもまた味わいなのだ。
(*´ω`*)おいしい!
じゃっぷぅ とか ザザーメン とか、ご当地料理はまだあったので、
次来た時は他のご当地ものを食べたいなーっと思いました。
(普段はレンタカーの返却時間があるので10時発11時半に現地到着、午後2時半現地出発、、
4時半にレンタカー返却や荷物降ろしなどなので、作業時間が短いので
いつもはお昼ご飯は帰宅後でした。)
父が作業用の荷物を降ろしたあたりで「首が痛い」と言って、
家に帰宅するなり玄関に倒れこみ、相当な激痛であるようでぞっとして、
まさか最悪なことが起こったりはしないよなと、恐怖を感じながら
クッションとか痛み止めとか用意したり、一旦様子を見る。
原因としては作業時の草刈り機だと思われた。
肩掛けのとこが首に負担をかけたのかもしれない。
同じ体制でずっとだから腰も負担だろうし。
一応ふざけたりもしてるから大丈夫だろうけど、
次の日悪化するようなら新幹線キャンセルして秋田に残って父を病院に連れて行こうと思った。
夕飯の買出しで父が食べたがってたすき焼きにしようと母に言い、父も首が痛いと言いながらもおいしく食べた。
父の首の痛みは弱まったようでよかったけど、
父も母も年齢的にも体を壊しやすいというか、無理ができない年齢なんだなと再認識。
勿論自分も。兄弟も。
健康は20代を過ぎてから劣化していくのみだから、
かといって運動していかないと、足掻かないとすぐに健康は崩れてしまう。
若いうちから運動癖はつけといたほうがいいんでしょうね。それでも病気とか事故とか突発的な死はいつでも残酷にやってくるんだが…
父の友達も母の友達も、もうほとんど生きてない。というか50代60代になったところで
結構な割合で周りの人たちが死んでいったそうだ。
「 死 」はいつも隣にある。
定年までとか、孫の顔を見るまで、とか、結婚して子供を作るまでとか、
貯金を貯めるまでとか、借金を完済するまで、とか
希望の未来を描いていても、
誰もが達成できるわけでもなく、天寿をまっとうできるわけでもない。
それは確率が低いだけで10代にも20代でも死は隣にいる。
それすらガチャ。それすらギャンブル。
どんな金持ちだろうと最強の肉体だろうと、あっという間に瞬間的に終わる可能性が誰しもにある。
だから僕は残りの時間を精一杯足掻いて楽しんでやらねばといつも思ってる。
ダイの大冒険のポップの名シーンのように。
カイジのハンチョウの名台詞のように。
今日を楽しく、今日を幸福に、今日だけを懸命に、
それを向上心を持って継続…
幸福とは何かと凄く考えた。
大きな意味での人生の幸福とかは理想的なのは雲を掴むようなふわふわとして感じられないもの
でも、
小さな意味での幸福とは、飴がおいしいとか、水が美味しい、オナニーが気持ちいい、
人と挨拶して気持ちいい、絵が上手に描けた、太陽が暖かい、性欲がある。ご飯が美味しい。
そういう具体的な刺激が
「実感としての身近な幸福」であり
それをちゃんと能動的に感じていくこと。が、
自分の幸福感を高めるのかもと。
未来は怖い。将来(恋愛・結婚・出世・老後・健康)は絶望的だ。
仕事には希望もあるけど、僕は若くないという事実に絶望。
残りの時間があとどれくらいなのかわからない。
心配してもきりがない。
今日を最高に、今日を幸福に、今日を気持ちよく。
「 健康と原稿 」 これが私の愛言葉。
成年向け作品は性欲が失ったら描けなくなるかもしれない。
全年齢向けの作品もたくさんある発想のうち、最大のものを1個連載できたら、そこで数年か10年か。そこで寿命が終わるか、続けられるかはわからない。
つまり、出せる作品も限られている
慎重に、最短で技術を得つつ、スタッフ?を得つつ、仲間を?得つつ、、、、めざしたいけどーー、けどー
それすら叶わないかもしれない。お金と健康的にも。
人の心を感動させたり、共感させる表現、発想、愛嬌、そのための技術の蓄積の今という下積みと試行錯誤。
人生は転がる石のように
今日を笑顔で。
そう、僕の年齢以下で死んでしまった人もいるし、プロになっても周りの9割が絵を諦めた。
厳しい世界なんだ。彼らよりも実力のない自分が、なお諦めないで挑戦してってる。
やりたいことで生きていきたい。
もっと喜びを与えられるような。もっとしこれるような、もっと愛されるような
そんな絵に成長させていきたいし、作品を出せるように足掻いて工夫していきたいですね。
そう!悩みは尽きないし、増える。
絶望は年齢ごとに環境ごとに増え続ける
体は劣化し続ける。
思考できる人生のリソースは限られている。わかってんだ。
前を向いて、一心不乱に作品に向き合うしかない。
行動するしか人生を進められない。
でも弱いからうまく進めない人生だ。
弱い奴は弱い奴なりの抗い方を、私が出せればいいなぁとかとか。
私なんかを参考にはしちゃあならんけどw
散歩は5年で大分習慣がついてきた。
運動もちょっとずつ。
野菜も卵もとって、
作品を買ってくれる人たちのおかげで、ファンクラブで支援してくれてる人のおかげで
今、生き延びさせてもらってるんだから、もっと良いものを出して
応援して良かったって思われたいですな。。
そこも幸福なんだ。そして幸福を僕からも作品でお返しするんだ。
無限に話せるけど
ここで今回はおしまい。
来月も作品完成に向けてコツコツ進めるぜ!!!!!!