笑わないレースクイーン③
Added 2021-10-31 07:57:40 +0000 UTC③デビュー オーディションを終えた那月は、その日から梨香にレース当日の仕事の内容や流れ、レースクイーンとしての心得やポーズ等を学んだ。 当日はチームのオリジナルグッズの販売や、ドライバーのサポートが主な仕事であり、ドライバーへのドリンクの手渡しや傘を差して直射日光や雨から守ったり、ヘルメットなどを受け取ったりと、一言でサポートと言っても様々な仕事がある。その時、レースクイーンはドライバーを第一に考えサポートしなければならず、自分はその傘に入れないことの方が多い。そうなれば当然日差しをまともに浴びたり、雨に打たれる事もあるだろう。それでも、笑顔を絶さず、決してその姿勢を崩してはならない。 だが那月は肝心の笑顔が出来ない。クールで強気な姿勢は冷徹な印象を与えてしまうかも知れない。梨香も今までレースクイーンとして笑顔で振る舞うという大前提を守ってきた女性だ。笑顔を見せず笑わないレースクイーンとして仕事をしていく那月に、表情のアドバイスまでは出来なかったが、周りに合わせ変な作り笑いを見せる方が良い印象にはならないだろうと考え、いっそ開き直りクールな表情で強気に振る舞っていた方が印象には残るだろうと伝えた。それを受けた上で、那月はそれに似合うようなポーズを繰り返し練習したり、ドライバーのサポートの流れ、物販の販売方法を必死に頭と身体に叩き込むのだった。 そしてレース当日を向かえた。レースは予選と決勝の二日間に分かれ、今日は初日、つまり予選である。梅雨時だった為雨が予想されてたが、この日は雲一つ無い快晴で、気温もかなり上がった。つまり那月はレースクイーンの必須アイテムである傘で、ドライバーの平田を直射日光から守る必要がある。暑くなればドリンクの準備に加えタオルも必要になるかも知れない。そして何より、自身はその直射日光を防ぐ手段は無いため、日焼け対策も万全にしておく必要があるだろう。 那月はチームの誰よりも早く会場に向かい準備を始めた。ドライバーに渡すドリンクを数種類用意し、汗を拭くタオルも準備する。そして開場して最初のイベントになる物販の販売。それに向けチームのグッズを販売するブースで物販の準備をしていた。 そして何より、那月はレースクイーンの衣装に着替える必要があった。チームのスポンサーの名前が入った露出の多い衣装。青と黒を基調とした服で、長袖のジャケットがセットになっており、腕回りの露出は抑えられたが、腹部はやはり大胆に露出しており、下半身もロングブーツを穿くとは言え、ショートパンツを着用するため、太ももが大胆に晒されている。初めて着る露出度の高い服に、那月は恥ずかしさを抑えられず思わず赤面してしまう。しかし、これを恥ずかしいと思っていたらレースクイーンなど到底出来はしない。那月は必死にその感情を抑え込み、いつもの冷静な自分を見せつけようと務めた。 平田 「おはよう!おっ、やっぱ凄いスタイル良いね!服も似合ってるよ。」 平田 「平田さん、おはようございます。ありがとうございます。」 平田 「うーん、確かにレースクイーンは笑顔で常にいるって言うのが常識になってるけど、改めて那月ちゃんを見ると、そのクールでミステリアスな雰囲気もやっぱり良いと思うなぁ。」 那月 「ありがとうございます。これが世間でどう評価されるかですけどね。でも、梨香さんにもどうせやるなら中途半端にするなと言われたので、周りの視線とかはあまり気にしない事にします。」 平田 「うん、案外それの方が良いかもね。じゃあ改めて、今日はよろしく!」 「はい、平田さんもレース頑張って下さい。」 その後チームのメンバーも続々と集まり、いよいよ会場に観客が入りイベントが始まった。最初は物販の販売だ。やはり人気のチームを応援するファンがそのブースに殺到する中、那月のいる無名の弱小チームには誰一人来なかった。ブースに立っていた那月とオーナーの神尾は暇を持て余していた。 神尾 「元々知名度が無いだけに、やっぱり人が来ないなぁ…。」 那月 「仕方ないですよ。それに、これも承知の上だった筈です。」 神尾 「そうだね。…ちょっと飲み物でも買って来ようかな。那月ちゃん、何か飲む?」 那月 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」 ブースの前に凛々しく立つ那月の姿は、自信に満ち溢れたプロのレースクイーンそのものだった。これがデビューとは思えない佇まいに、神尾は思わず見惚れてしまっていた。 まだこの仕事は勿論、大学を卒業して間もない那月は仕事の経験が少ないが、仕事を覚えるのは早く、常に物事を考え最善の行動ができる女性だった。学生時代のバイトでも愛想以外は周りの社員から褒められるほど仕事ができ、今この始めたばかりのレースクイーンの仕事に対しても誇りを持ち、絶対にしっかりとやり遂げると言う意識を持って挑んでいた事が、その姿を表したのだろう。 そんな姿を見た神尾は、将来那月は絶対に人気のレースクイーンになると確信し、その将来を楽しみにしながら、近くの自販機へと向かった。 那月 (何となく予想はしてたけど、本当に誰も来ない。多分チームが無名だからって言うより、そこに立つレースクイーンである私に、誰も興味が無いからだ。だからと言って笑顔なんて出来ないし、せめてポーズを取って注目させてみようかしら。) この状況に責任を感じた那月は、ブースの前で様々なポーズを取りアピールを始めた。他のブースに並んでいる男性達は、「がら空きのブースに立つ一人のレースクイーンがやる気を無くし笑顔すら見せなくなっている」という感情を抱いているだろうと思ったからだ。ならばせめて、自分のスタイルで遠くの男性達を魅了するしか無い。 そんな思いで必死にポーズを取りアピールしていると、一人の男性がカメラを向けながら那月に近付いてきた。 カメラの男 「あのー、写真撮っても大丈夫ですか?」 那月 「はい、勿論です。」 初めて来た客に喜びを感じながらも、那月は冷たくクールに対応する。そんな態度に、カメラを持つ男性は思わずこう尋ねた。 カメラの男 「笑顔は見せてくれないんですか…?」 その言葉を聞いた那月は、罪悪感を抱いた。やはりレースクイーンが好きな男性は笑顔を求めてる。そして実際に努力してレースクイーンとして人気が出た女性も、笑顔を絶やさぬよう頑張っている。そんな世界に、笑顔を一切見せない自分が足を踏み入れてはいけない。そう感じてしまった那月は、それでも今日のこの日だけは全力でやりきろうと、いつも通りに振る舞った。 那月 「はい、私は笑わないレースクイーンです。強気な性格とクールな印象を、売りにしています…。」 正直自分の売りなど考えてはいなかったが、ここで弱気になってしまったらチームのメンバーにも迷惑が掛かる。そう思い自ら自分の性格と、周りが思った印象をストレートに言葉にした。 カメラの男 「笑わない、クールなレースクイーン…?」 那月 「…はい。」 カメラの男 「……カッコイイです!もっと写真撮って良いですか!?」 那月 「えっ…?あ、勿論、構いませんよ。」 (カッコイイ…?…もしかして、受け入れられた…って事?) 那月は自分でもよく理解出来ずにいた。自分はもうこの世界には居られないと諦めていたのに、この前代未聞のスタイルが受け入れられるなど思いもしなかったのだ。 カメラの男 「少し下から撮っても良いですか?」 那月 「はい。」 男性はしゃがみながら那月の顔にカメラを向ける。そして、那月もそのカメラのレンズに目線を合わせる。その結果、強気な目線で見下すようなアングルとなり、男性はより興奮する様に何度もシャッターを切っていた。 すると、グッズを買い終えた他の男性客達が、徐々にこの異質な空間に興味を持ち始め集まってきたのだ。 カメラの男 「この方、笑わないクールなレースクイーンさんみたいで、そのミステリアスな雰囲気でカッコイイ彼女に私、完全に惚れ込んじゃいましたよ!」 一番最初に自分に興味を持ってくれたその男性が、集まってきた他の男性達に、那月のこのスタイルを興奮しながら語り始めた。中には笑わないという言葉に顔をしかめたり、文句を言う男性もいたが、殆どの男性は皆それに興味を持ち、グッズが欲しい、写真を撮りたいと騒ぎ始めたのだ。それにより、男性客達が我先にと先頭を取ろうと揉みくちゃになり、一気にパニック状態となってしまう。那月はこの場をどうにかしなくてはと少し焦るが、ここで慌てたらクールなレースクイーンではない。そう思い1度冷静になろうと深呼吸をする。 那月 「でしたら皆さん、まずは順番に並んで下さい。先にグッズ販売を行いますので。」 冷静に放ったその一言で、男性達は「クールな美女の気丈なお言葉だ!」と更に興奮し、那月に従い一列に並び始めた。この人気は、単に那月の顔が良くて、スタイルも抜群で、新鮮なレースクイーンだったから、と言う訳でもない。その声や立ち振舞いが、クールなレースクイーンというテーマに相応しく、嘘偽りを感じない、全てが似合っている女性だったからだ。つまり、「笑わないレースクイーン」とは、普通の女性がやっても無理矢理演じている感じが出てしまい、普段通りに振る舞う那月にしか出来ない存在だったのだ。 那月 「ありがとうございます。では順番に販売しますね。」 嬉しい気持ちで一杯だったが、元々感情が表にでない那月。それが功を奏し、集まった客は皆、那月の虜になっていた。 那月が慌ただしく接客を行う中、飲み物を買いに行っていた神尾がようやくそのブースに戻ってくると、突然の大盛況に理解が追い付いつかず、思わずその場に立ち尽くしていた。 神尾 「な、何がどうなってんだ…?ここ、本当にウチのブースだよな?」 那月 「あ、神尾さん、早くこっち戻ってきて手伝って下さいよ。」 神尾 「あ、あぁ!そうだね!ゴメンゴメン!!」 しかし、誰も神尾の接客など求めてはいなかった。那月が一人で接客し、神尾はひたすら段ボールからグッズを補充し那月に手渡していく。そうこうしている内に、用意していたグッズが全て売り切れてしまったのだ。元々こんなに売れることは想定していなかった為に、買えなかった人がかなりの人数になってしまったのだ。そんな落ち込む男性達に、那月は咄嗟に声を掛けた。 那月 「では、今買えなかった方達を優先して、販売終了時間まで撮影会を行います。買えなかった方達は前の方へいらして下さい。」 那月のその言葉に、再び集まった客達が熱狂する。皆がカメラを向け、那月も何の動揺も見せずポーズを取り続ける。この状況を改めて冷静に見た神尾は、ようやく自分達の人気の要因を理解した。 神尾 「那月ちゃん凄いな…!本当に新人さんなの…?まさかホントに笑わないレースクイーンで人気を勝ち取っちゃうなんて…!」 那月 「えぇ、私もびっくりしましたよ。こんな私がいきなりお客さんに囲まれて写真撮られるなんて思いませんでしたから。」 神尾 「お陰でレースでも平田君が注目される事間違いなしだよ!」 那月 「少しでもお役に立てたなら、良かったです。」 レース前のイベントは大成功を納め、那月も一気に人気を得てしまった。そんな那月の姿を、遠くのブースから見ていた一人のレースクイーンがいた。 ??? 「何なのあの女!?確かにスタイルは良さそうだけど、一切笑顔を見せずに観客を虜にするなんて…、一体どういう事…?」 ??? 「せんぱーい!恵せんぱーい!!」 後から来た女性に先輩と呼ばれた、那月をじっと睨むように見ていたレースクイーンである彼女は城岡恵(しろおか めぐみ)。このレースクイーンブームを作ったとまで言われる程の人気で、このブームから始まった毎年開かれる人気ランキングで常に1位を獲得する有名な女性だ。 恵 「あら?若葉じゃない。どうしたの?」 恵を先輩と慕っていたこの女性は朝日若葉(あさひ わかば)。人気No.1の恵に憧れ同じ事務所に入ったレースクイーンの一人である。まだ大人気とまではいかないが、それなりに知名度も得た女性である。今回はオーディションの日に体調を壊してしまい、参加していなかったが、恵に会いに会場までやって来ていたのだ。 若葉 「先輩のレースクイーン姿が見たくて来たんですよー!でももう販売イベント終わっちゃったんですね…。」 恵 「えぇ。……そんな事より、あの女知ってる?」 若葉 「えっ?誰ですか?」 恵 「あの無名チームのブースで片付けしてるレースクイーンの女よ。」 そう言って恵は那月の方を指差し、若葉にその存在を教えた。 若葉 「うーん、見た事ないですねー?まあ先輩には敵いませんけど!あの女がどうしたんですか?」 恵 「あんな無名なチームに所属する、あんな無名な女が、さっき大勢の男を虜にしてたのよ。」 若葉 「そうなんですか?まあでも顔もスタイルも悪くは無さそうですけどね。逆に言えばよくいそうなレースクイーンよりちょっと人気出そうって程度な感じじゃないですか?まあそれなりに人は集まりそうってレベルなら、あり得るんじゃないですか?」 恵 「それがね、あの女は一切笑顔も見せずに淡々と接客したり写真撮影を行ってたのよ。」 若葉 「えー、何ですかそれ?そんな事あります?」 恵 「でも、確かに笑顔は一切無かったわ。まあ、どんな女だろうが、私の敵では無いでしょうけど!」 若葉 「それはそうですよ!あっ、私観客席に行くんでこれで!」 恵 「えぇ。じゃあまた。」 若葉と別れた恵は、那月の人気に苛立ちを感じながら、自分達のブースの片付けを始めるのだった。