笑わないレースクイーン②
Added 2021-10-26 03:40:59 +0000 UTC那月 「おはようございます。」 佳代 「おはようございます。お早いですね。」 翌朝事務所に出勤すると、そこには事務作業を担当する佳代しかおらず、その佳代はすでに仕事を始めており、他の3人はまだ出勤していない様子だった。 那月 「いえ、何か緊張してしまって。」 佳代 (とても緊張している様には見えませんが、やはりあまり顔に出ないタイプみたいですね…。) 「そうでしたか。まあ初めての仕事は皆さんそうですよね。さて、那月さんの仕事ですが、今日はとりあえず梨香さんと一緒にモータースポーツのチームのオーディションに行ってみて下さい。」 那月 「オーディション?いきなり私が行って良いものなんですか?」 佳代 「今回はあくまで体験、と言うか見学ですね。どういうオーディションを行い、実際にどういう仕事をしているのか、そう言うのを見て学んでみて下さい。」 那月 「見学か、成る程。わかりました。」 梨香 「はよーっす。」 那月 「おはようございます。」 佳代 「あ、梨香さんおはようございます。あの、早速ですが…。」 梨香が事務所に出勤してすぐに、佳代は今日の那月の仕事を説明した。そしてすぐに那月と梨香は事務所を出発し、一緒にオーディション会場に向かった。 今回のオーディションはまず書類審査から始まっており、これから梨香が行うのは二次審査、つまり面接である。梨香は元々レースクイーンとしての知名度や人気が高く、書類審査はすぐに通過したが、普通はこの書類審査すら難しいと言われるほど競争率が高い。そしてこの二次審査では、面接は勿論、水着姿になって自分のプロポーションをアピールする審査があるのだ。オーディションでは自前の水着を着る事が多いが、今回のチームは自分達の衣装がモデルに似合うかを審査したいと言う事で、そのチームの衣装を着ての面接となった。梨香が今回このチームのオーディションを受けたのもそれが理由で、梨香はこのチームのレースクイーン衣装に一目惚れをしたのだ。 そして面接は始まり、カッコいいイメージのある梨香はレースクイーンモデルとしての満面の笑みを振る舞まっていた。それを見ると、改めて自分には出来そうにないと悲観していると、今度はレースクイーン衣装を着ての審査が始まった。ビキニの様な胸元を隠すだけのトップスに長袖のジャケットを羽織り、ショートパンツ姿になった梨香は、そのプロポーションを面接官にアピールする。赤と黒を基調とした衣装は、カッコいい梨香にとても似合っていて、面接官も思わず「おぉ…!」と声を漏らし見惚れていた。 那月 「半分勢いでこの仕事をする事になったけど、私もいつかあんな衣装を着てそれを大勢の人に見せるって事か。ちょっと恥ずかしいわね…。」 かっこよくポーズを決める梨香に見惚れながらも、改めて自分に務まるのかと不安を抱える那月。とは言え元々周りの視線など気にしてこなかった那月にとっては些細な事かも知れない。そう改めて感じ、那月は今更後悔しても意味がないと、気にするのを止めた。 30分に渡る二次審査は終了し、梨香は無事にこのチームのレースクイーンとして合格した。 男性 「やっぱり梨香ちゃん流石だね~!今度のレース、楽しみだよ!」 面接が終わり即採用となった梨香は、後ろで見学する那月と一緒にチームのメンバーに挨拶回りをしていた。そして、梨香をべた褒めしているこの男性はレースに出場するドライバーで、実際に梨香がサポートする人物だ。 梨香 「ありがとうございまーす!一緒に優勝目指して頑張りましょうね!」 男性 「おう!梨香ちゃんにサポートされたら、負ける訳にはいかないしね!……それより、その後ろの娘は?彼女もかなり美人さんだけど。」 那月 「あ、私はただの見学です。」 梨香 「この娘、昨日ウチの事務所に入ったばかりの新人なんですよ!今日はオーディションがどういうものなのか見学に来てるんです。」 那月 「はい。神楽那月と申します。」 男性 「那月ちゃんって言うんだ!へー、梨香ちゃんの後輩かー。」 梨香 「……?何か気になることでもあります?」 男性の少し意味深な言い方に、梨香は思わず男性に言葉の真意を確かめた。 男性 「あ、いや…、今までも新人さんが見学に来てた事あったんだけどね?その娘達は皆ガッツリ笑顔アピールしてたんだけど、那月ちゃんはそう言うの無くて逆に良いなと思ってね!素の表情が見れて良いって言うか、自分を売りたい一心の娘より好感が持てると言うかね。あ、それとも、もしかして緊張してるのかな?」 那月 「あ、いえ。私はその…。」 梨香 「彼女、仕事を探してた時にたまたまウチの社長に会って、そしたら社長が彼女のプロポーションを気に入って思わずスカウトしちゃったんですよ。でも彼女、あんまり感情表現が得意じゃないみたいで、笑顔が作れないからって一度断られたんですけど、社長が強引に…。まあそれでも本人がやってみるって言ってくれたんで、今日は見学に来たんです。」 那月 「正直向いてないかもとは思いましたが、仕事に困ってたのも事実ですし。世間じゃ今レースクイーンが人気だって言うのも知ってたんで、それなりに憧れもありましたから。だからこの機会に挑戦してみても良いかなと思いまして。」 梨香 「あ、一応レースクイーンに憧れはあったんだ!?」 那月 「まあ無縁だと思ってましたけど。それにやりたい気持ちが無かったら絶対断ってますよ。何より、やる気もないのにやってたら、やりたくて必死にやってる方達にも失礼ですし。」 梨香 「おー。一応そういうのも考えてくれてたんだ!」 那月 「あの、別に感情表現が苦手なだけなので、感情が無い訳じゃありませんし、思いやりや礼儀はありますよ?」 梨香 「あっはは!ごめんごめん!だからいっそ、笑わないレースクイーンもアリかもって話してやる気になってくれたんだもんな!」 那月 「はい、ダメ元なのは始めから一緒ですから。」 男性 「そっかぁ!笑わないレースクイーンねぇ。つまりクールなレースクイーンか、確かにそれも良いと思うよ!男って、実はそういう女性が好きな人多いし。レースクイーンって、皆必ず笑顔見せるでしょ?それが当たり前なんだけどさ、中には作り笑いしてるって露骨に分かる人もいるし、だったら君みたいな娘の方が斬新だし素直で良いよ!」 梨香 「ちょっとー!それじゃあ私の立場が無いじゃないですかー!?こんなに笑顔振り撒いてるのがダメみたいじゃないですか!」 男性 「ごめんごめん!まあ、笑顔を見せるのが苦手ならそれはそれで、ありのままでいるのも良いと思うし、那月ちゃんみたいな娘が好きな男がいるのも事実だから。まあ、レースクイーンとして人気が出るかどうかは別かもだけどね。」 那月 「はい、ありがとうございます。」 男性 「それでさ、那月ちゃん。早速なんだけど…、もし良かったら、今度の大会でレースクイーンやってみない?」 梨香 「えぇっ!?」 その言葉に最初に驚いたのは梨香だった。だがそれは無理もない。オーディションも無しに、しかもドライバーが勧誘することなど普段はあり得ないからだ。 那月 「私が?でも、梨香さんは?」 男性 「あ、実はね、俺の友人が新しくチームを作ったんだけど、まだまだ無名で資金も少なくてね。レースクイーンの募集をかけても中々モデルさんが来ないんだって。皆オーディションを受かるのに必死なのに、そもそも注目されないようなチームでレースクイーンやっても目立たないからって、応募しないみたいなんだ。」 梨香 「成る程ー。まあ確かに人気になるには目立たないといけないですからね。実際レースクイーンとして何度もチームの一員になってもファンの間で名前すら覚えてもらえない娘もいるし、どうしても無名のチームって言うのには皆関わりたがらないみたいですよ?」 男性 「そうなの?」 梨香 「はい。レースクイーンやってる人って、皆結構プライド高いから、弱小チームでやってるのをレースクイーンファンに見られると、あいつは落ちぶれた、みたいにファンは思うみたいで、実際そう思われるのが嫌で応募しないって聞いた事ありますよ。」 男性 「そっか、じゃあ那月ちゃんもあんまり受けたくないか…。」 梨香 「どう?私は折角のチャンスだと思うけど。」 那月 「まだ何にも知らない私に、務まりますかね…?」 男性 「それはチームの皆も支えてくれる筈だよ!俺の友人は良い奴だし、きっと君の事務所の人も、梨香ちゃんも分からないこと教えてくれるよ!でしょ?」 梨香 「勿論!那月、どう?」 那月 「そうですね。わかりました。やってみます。」 男性 「ホント!?良かったー!じゃあ友人には俺から連絡しとくから、那月ちゃんはそいつの所に今から行っておいで!レース当日は敵になるけど、君のデビューを楽しみにしてるよ!」 梨香 「頑張れよ那月!私も応援してるから!」 那月 「はい、ありがとうございます。」 梨香達とそこで別れた那月は、貰った住所を元にそのチームの事務所へと向かった。 那月 「ここね。…どうしたら。インターホンも無いし…。」 ??? 「おっ、もしかして君が那月ちゃん?」 事務所の前まで来ていたものの、どうして良いか分からずオドオドしていると、突然事務所のドアが開き、中からスーツ姿の男性が出てくるや否や、那月に声を掛けてくれたのだ。 那月 「あっ、はい。神楽那月です。」 ??? 「おぉっ!聞いていた通りの美人さんだね!さ、入って入って!」 那月 「はい、よろしくお願いします。」 事務所へ通され、早速那月の面接が始まった。と言っても、那月は即採用され、面接は具体的に仕事の内用やレース当日の説明を受ける程度だった。そして那月は中でチームのメンバーと挨拶を交わした。そこで那月は、1つのチームにも様々な人が関わっている事を改めて知った。最初に会った神尾大介(かみお だいすけ)というスーツ姿の男性は、チームのオーナー兼チーム監督として働き、ドライバーでありこれから那月がサポートする平田進一(ひらた しんいち)。その他にもエンジニアやメカニック、マネージャーに加え、自動車メーカーや自動車を運ぶトラックドライバーなどがチームのメンバーだと聞くが、やはりこのチームはかなり規模が小さいらしく、那月を合わせても10人に満たない人数しかいなかった。本来のチームならば30人近い人数が関わるのだと聞き、その半分以下となるとそのチームの勢力が嫌でも露になる。 平田 「僕がドライバーの平田です。よろしくね、那月ちゃん。」 那月 「はい、お役に立てるか分かりませんが、よろしくお願い致します。」 平田 「そんな事無いよ。寧ろこっちこそごめんね、こんな小さいチームで。」 那月 「とんでもないです。私だって、笑顔も出来ない新人ですから。」 平田 「いや、まあ、レースクイーンに求められるのは笑顔って言うのが大前提で、接客中は勿論、ファンとの交流の場でも笑顔が大事なんだけど、だからと言って作り笑顔をされても逆に評判が良くないからね。」 那月 「やっぱりそうなんですね。皆それ言ってました。」 平田 「そうでしょ?いつまでも人気が出ない娘とか、オーディションに中々受からない娘って、作り笑顔だってやっぱり分かっちゃうんだよね。」 那月 「まあだからって私みたいな笑顔がそもそも出来ないのもどうかと思いますけどね。」 平田 「いや、少なくとも無理矢理笑顔を作ろうとしてる娘より、堂々としてるだけマシかも知れないよ?それに、僕らが何でこんな小規模でやってるかって言うと、誰もやった事の無い偉業を達成してみたい、無名からの爆発的な大ヒットっていう一発大逆転を夢見てるメンバーなんだ!」 那月 「つまり、破天荒なチームと言う訳ですね。」 平田 「そうそれ!破天荒とか、前代未聞とか、そういうのに憧れるメンバーが揃ってるんだ。だから、オーナーの神尾さんの友人から那月ちゃんの話を聞いた時、寧ろ僕らのチームにピッタリだと思って皆喜んだよ。」 那月 「確かに私も無名ですけど、とても前代未聞な人間では…。」 平田 「いや、君のその性格は前代未聞だと思うよ!」 那月 「つまり、笑わないレースクイーン、ですね。」 平田 「うん!少なくとも那月ちゃんはスタイルも良いし美人な顔立ちだから、注目は浴びれる筈だよ。しかも、それが前代未聞の笑わないレースクイーンだったら、その新鮮さとクールな姿がヒットすると思うんだよね!」 那月 「まあ先輩達にもそういう路線も良いかもって言ってましたし、私にはそれしか無いとは思ってますけど。」 平田 「でしょ!?やっぱり那月ちゃんにはその路線で頑張ってみて欲しいな!勿論、こんな弱小チームじゃ上手くいく保証はない、そもそも人気が出るかも分からないけどさ!僕らだって人気ゼロからの挑戦だからね!」 那月 「…そうですね。何だか私も更にやる気が出てきました。皆で観客を湧かせて、優勝を目指しましょう。」 平田 「そうだよ、優勝!まあ流石に高望みな夢だけど、やっぱり観客は湧かせたいよね!じゃあ那月ちゃん、これからレース本番まで、一緒に頑張ろう!」 那月 「はい!」 那月は事務所に入った次の日、早速参加チームに所属し、笑わないレースクイーンとしてデビューが決まったのだ。