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笑わないレースクイーン①

 今世間ではモータースポーツが大流行していた。ただ、その人気の要因はレースその物よりも、影でそれを支える“レースクイーン”の存在が大きかった。男性は皆その美貌に引かれ、その姿を一目見たくてイベントに通い、女性もまたその職業に憧れていた。  中でもモーターショーと言う展示会で写真撮影のあるコンパニオンの仕事では、人気のレースクイーンを撮影するための長い行列が出来る程である。  だがそれだけの人気を得るのは簡単ではない。レースクイーンは、チームのドライバーに傘をかけ雨や日差しから守ったり、夏の暑い日でも冬の寒い日でも、露出度の高い服を着ながら、ドライバーをサポートしたり、オリジナルのグッズを販売する接客業、上記の様なファンとの撮影会など様々な仕事があるが、それら全てに求められるのは抜群のプロポーションと常に絶やさない笑顔である。しかも、まずレースクイーンになるには、まず芸能事務者など、どこかのモデル事務所等に所属しなければならないが、今や女性なら誰もが憧れる職業だ。事務所に入る事すら大変で、入れても今度はオーディションに合格出来なければ仕事も出来ない。そして更に、合格したとしてもそこで多くのファンを獲得できなければ、次の仕事にも繋がらず、人気を得る事も難しくなり、とても甘い世界では無いのである。 那月 「はあ、今回もダメだったわね…。」  彼女の名は神楽那月(かぐら なつき)。大学卒業後、雑貨屋に就職しそこの店員として働いていたのだが、彼女が抱えるとある理由が原因で客とトラブルになってしまい、会社をクビ(自主退職という形)になってしまったのだ。その為、職を失い現在就職活動中である。 那月 「にしても、初対面の相手に随分失礼な面接官だったわね。無愛想で好感が持てないとか、普通言う?」  彼女は昔から感情を表に出すのが苦手で、特に笑顔が作れない女性だった。クールで冷たい印象が強く、学生時代は友人もまともに作れず、その表情が原因で揉めた事も多かった。当然友人も出来なかった彼女は人とのコミュニケーションすらまともに出来ず、性格が悪い訳では無いが、真面目で思ったことを口に出す性格が災いし、ろくに愛想笑いも出来ないほど笑顔とは無縁の女性となってしまった。  職を失った原因となる、とある理由と言うのがその性格だ。そして今回もそれが原因で面接に落ちてしまい、また別の会社を探さなくては…、と落ち込んでいた。ちなみに、改めて就活を始めてからもう何十社と落ちている。 那月 「そもそも、この先就職なんて出来るのかしら…。こんな性格じゃあ、確かに仕事が決まらないのも無理ないわよね…。」  今のままでは就職すら出来ないのでは?と、途方にくれていたその時だった。 ??? 「ちょっとちょっとー!そこの就活女性さん!」 那月 「……?私ですか?」  突如後から声を掛けてきた厚かましい女性に圧倒されながら返事をする那月。 ??? 「おぉ…!やっぱり超絶美人でしかもスタイル抜群!その身体のラインもスーツで隠そうが、私の目は誤魔化せないよ!!」 那月 「……何ですかあなた。警察呼びますよ?」  急にいやらしい目付きでジロシロ見てくる変質者に、強い嫌悪感を抱く那月はポケットからスマホを取り出し、通報しようとする。 ??? 「待って待って!怪しいもんじゃないです!私、こう言う者でして!」  慌てて通報を阻止し、その女性は名刺を取り出すと、それを那月へ手渡した。 那月 「タレント事務所の…、社長?」  そこには天堂明奈(てんどう あきな)と言う彼女の名前と、「スターライトプロダクション」という事務所名、そして彼女の役職である代表取締役の文字が書かれていた。 明奈 「実は私、昨年個人事務所を立ち上げたばっかりで、人手不足だから同時にスカウト業もやってるんだよね~!」  それを聞き、那月はようやくこの女性、明奈の目的を理解した。 那月 「という事は…、私を、スカウト…?」 明奈 「そう!ずばり、あなたをレースクイーンにスカウトしたいと思って!」 那月 「レースクイーン?……何で私が?」 明奈 「スーツ姿でもあなたが抜群のプロポーションなのは分かるし、何より美人!その美貌からこぼれる笑顔で全国のレースクイーンファンを魅了しちゃおう!って訳ですよ!!」 那月 「…………仕事を探してる身なのでありがたいお言葉ですけど、実は私、感情があまり表に出なくて。特に笑顔が苦手なので、とてもレースクイーンなんて出来ません。申し訳ありませんがお断りさせて頂きます。」  正直那月だってレースクイーンと言う、今や女性なら誰でも憧れる職業、全く興味が無い訳でも無かった。折角のチャンスとも言える良い話ではあったのだが、自分にはあまりにも向かない仕事である為、丁重に断ったのだが、明奈は諦めなかった。 明奈 「うーん…、その美貌を活かさないのは勿体無いと思うんだよねー。まあうちの会社はあくまでレースクイーンをメインにしたタレント事務所だから、レースクイーンじゃなくてもきっと売れるよ!」  そう言って明奈は強引に那月の手をとる。 那月 「ちょ、ちょっと…。」 明奈 「どうせ仕事も見つかって無いんでしょ?だったらとりあえずやってみよーよ!」 那月 「な、何でそうなるのよ…。」  明奈の手を振り払う事も出来ず、強引に那月は明奈のタレント事務所、「スターライトプロダクション」に入社させられてしまうのだった。  そこはとあるビルの2階に設けられた事務所で、個人事務所と言うわりにはスペースも広く、決して小さいと言うイメージは湧かなかった。 明奈 「皆ー、今日から新人さんが入りまーす!」  事務所に入るや否や、突然部屋中にいる女性達に聞こえるように大きな声を出した明奈は、そこにいるメンバーに自分と那月の存在を注目させる。 明奈 「彼女は、えーっと、まだ名前聞いてなかったね!」 那月 「……神楽那月です。それに、まだこの事務所に入ると決めた訳じゃ。」 梨香 「はあ…、また明奈さんの悪い癖が出たか。始めまして、私はここでレースクイーンやってる和泉梨香(いずみ りか)、よろしく。」  最初に那月に挨拶を交わしたのは、キリッとした目付きが目立ち、格好良いというイメージが強いながらも、美人と呼べる顔立ちをした梨香と名乗る女性で、レースクイーンの仕事をしている様だ。男勝りな口調とは裏腹に、ピシッとした姿勢と形の良い胸、細く色っぽい括れと程良い張りのあるお尻が魅力的な女性で、正にレースクイーンと呼ぶに相応しいスタイルだった。 那月 「は、はあ…。」 美玲 「私はモデル業をメインにしてる河原美玲(かわはら みれい)だよ~。」  次に声を掛けてきたのはファッション雑誌などで活躍するモデル業を専門としている美玲だった。モデル業を専門としているだけあって、その豊満なバストがどうしても最初に視界に入ってしまう程、セクシーなスタイルだが、ぽわっとして幼さが感じられるその顔立ちが身体とのギャップを生んで、それがまた彼女の魅力を引き立てていた。 佳代 「私は事務作業やモデルさん達をサポートをしてる豊島佳代(とよしま かよ)です。」  デスクでノートパソコンを開き作業をしながら挨拶を交わしたのは、眼鏡が似合う知的な印象の佳代。モデル業を行っている訳ではなく、経理やマネージャーとして働いている女性だ。 明奈 「そして私、天堂明奈の4人で成り立ってる事務所でーす!就職先に困ってた那月ちゃんを見つけて、思わずスカウトしちゃった!」  たった4人。確かに人数を考えたら、この会社は小さな事務所と呼ばざるを得ない程小規模だった。 梨香 「まあ、ここの社長はこんなだけど、しっかりした会社だから、ラッキーだと思って入ってなよ。私と美玲もこの人に無理矢理モデルやらないかって拉致られた人間だけどさ、実際仕事に困ってた時だったから助かったよ。」 美玲 「そ~そ~。それに、最初はモデルとか興味無かったんだけど~、やっていく内に結構楽しくなれたんだ~。」 佳代 「はい、今では皆さん楽しく仕事されてます。ですが、会社としてここがしっかりしてるのは全部私のお陰です。もっと皆さん感謝して下さい。」 明奈 「皆結構ボロクソ言ってんねぇ…。」 梨香 「まあそれでも楽しくて良い所だよ。事務所のメンバーで一緒に仕事する事は殆ど無いけどさ。ここなら仕事先の愚痴とか言いたい放題だし!」  僅かな会話でこの事務所で働く人達の関係性が見え、居心地は決して悪くないと思う那月だったが、やはりこの事務所に入るには抵抗があった。 那月 「は…はぁ。あの、でも私、やっぱり笑顔とか出来ないんで、とてもレースクイーンなんて務まりそうにないので。」  入社する前提でどんどん話が進んでしまい、戸惑いながら自分の事情を話す那月。やはり感情表現が出来ない彼女は、レースクイーンなんて出来ないと思っており、渋っているのだ。 明奈 「でもこんなプロポーションの美女、うちに入れないの勿体無くない!?」 梨香 「まあ、確かに美人だな。」 美玲 「うん、スタイルも良い~。」 佳代 「はい、勿体無いと言う気持ちは分かりますね。」 明奈 「そうなんだよ!だからスカウトしたの!」 梨香 「まあ、とりあえず体験だと思ってやってみたら?働いた分のお給料はちゃんと出るんだし。」 佳代 「はい、私達が全力でサポートしますよ。」 美玲 「頑張って、一緒にやってみよ~?」  確かにこのまま就活を続けても生活費は減る一方だ。お金に余裕がある訳じゃ無い。寧ろ生活はかなり厳しくなっている。 那月 「まあ確かに、就活中で仕事にも困ってはいますけど…。」 明奈 「なら悩むことないじゃん!」 那月 「ですが、やっぱり笑顔が出来ないって言うのは、どう考えても向いてないかと。」 佳代 「うーん、本人の意欲が最も大事ですからね。あまり無理強いも出来ませんし、確かに笑顔が出来ないのは致命的なのかもですが…、それを解決する方法をここで見つける、と言うのも悪くはないかと思いますよ。」 明奈 「そうそう!今後の那月ちゃんの為にもなると思うしね!」 美玲 「あ、いっその事、笑わないレースクイーンって新しいジャンルを作るのも面白いんじゃない~?」 那月 「笑わない、レースクイーン?」 梨香 「うーん、人気が出るかはわかんないけど、いっそ開き直ってそういう道を進むのも良いかもな。」  レースクイーンに最も大事なのは笑顔だ。だからそんな常識を覆すような逆転の発想など那月には全く無かった。だが、それで人気が出たとすれば、ある意味那月にとって天職であるかも知れない。勿論それが上手くいく保証もないが、今のままでも状況は変わらない。 「…わかりました。お金に困ってるのは事実なので、どこまでできるか分かりませんが、やってみようと思います。」  仕方なく、と言う理由の方が強かったが、興味の無い仕事と言う訳でもない。寧ろ出来るのならやってみたい意欲もある。それに何より、今後の生活のためにも、那月はこの事務所に入り、レースクイーンとなる事を決意したのだ。 明奈 「ホントっ!?」 梨香 「よく言った!よぉし、なら私らがしっかりサポートしてやんなきゃな!」 美玲 「でも良かった~。那月ちゃんならきっと良いレースクイーンになれるよ~!」 佳代 「はい、応援しています。一緒に頑張りましょう。」 明奈 「うんうん、良いねぇ!じゃあ改めて、これからよろしくね!那月ちゃん!」 「はい。よろしくお願い致します。」  その日は契約書などの記入や主な仕事内容の確認などを改めて行い、那月は帰宅した。成り行きで仕事を決めてしまった事の不安はあったが、それ以上に先の見えない就活や今後の生活に抱いていた不安の方が軽くなった事で生れた安心感の方が強かった。 そして翌日、スターライトプロダクションという小さな事務所で、那月のレースクイーンと言う新たな生活が始まった。

Comments

ありがとうございますm(_ _)m 実は2章まではメモ帳の機能で書き終えてますので、近い内に公開出来ると思います。

こーじ

これからどのような展開になるのか楽しみです!

オッカ


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