夏を迎えたナイトレイブンカレッジ。
オンボロ寮の監督生は、自室にこもって魔法薬学の課題に四苦八苦していた。
窓から燦燦と降り注がれる夏の日差しがカラッと晴れた青空で誘惑してくるけれど、すぐに指示棒をぱしぱしと手で叩きながら微笑むクルーウェル先生の顔が頭に浮かんできて、ため息をついた。
「暑い……」
額の汗を拭いながら、視線を窓から手元の課題に戻した。
こういう時、必ずと言っていいほどベッドでゴロゴロするばかりの相棒が今はいないことにこっそりと感謝している。
グリムがいないうちに課題を終わらせてしまおう。
そう思って気合を入れ直した時だった。
「監督生ーーっ!」
「うわっ!?」
驚いて飛び跳ねた拍子にガタン、と椅子ごとひっくり返ってしまった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「あ、エース」
天井を見上げる監督生を覗き込んでいたのは、ハーツラビュル寮生でありクラスメイトでもあるエース・トラッポラだった。
「なにか用事だった?」
「お前なぁ。なんもなかったみたいに話すのやめろよな」
「ああ、ごめん」
言いながら起き上がると、エースが一緒に椅子を起こしてくれる。
「頭は打ってねーよな?」
「うん、平気」
「よし! じゃあさ、プール行こうぜ!」
「プール?」
「そう! うちの寮、また空調がおかしくなって蒸し風呂状態なんだよ。もう我慢できねー。……っていうか、ここも暑くねーか?」
「こっちも空調の効きが悪いみたい」
どうにも今朝から空調が効かなくて窓を開け放っていたのだけど、外の湿気を含んだ生暖かい風しか入ってこなくて、監督生もうっすらと汗をかいていた。
「じゃあなおさらプールに行かねーとな!」
「この学校、プールなんてあったんだ」
「いや、学校のっていうか、正しくはハーツラビュル寮のな。期間限定で開けてるらしい」
「え、それって俺も行って大丈夫なの?」
「平気平気! モストロラウンジみたいに金を取ったりもしねーし、安心しろって。グリムも連れて行こーぜ。あいつ、毛皮だしこの暑さでやられてんじゃねーの?」
「グリムなら、さっきジェイド先輩とフロイド先輩に連れて行かれちゃったよ」
「は!? あいつ、今度はなにをやらかしたんだ?」
「さぁ……ツナ缶の前借がどうとか言ってたけど」
「うへぇ、やべぇ奴からエサをもらっちまったみたいだな。グリムに言っておけよ、食欲でいつか身を滅ぼすぞって」
「そうだね」
もはや手遅れな気もするけれど、それには同意するので頷いておいた。
ついでに拾い食いもやめてくれるといいのだけど。
「じゃ、準備してとっとと行こうぜ!」
「あ、ごめん、エース。俺、課題がまだ終わってないから行けないや」
「なに言ってんだよ。そんなのあとでこのエース様が見てやるって」
「……エースって魔法薬学得意だったっけ?」
「大丈夫だって! どうせそれ、この間、グリムが騒いだペナルティに出されたレポートだろ? 俺のノート見てやればすぐ終わるぜ」
「えーっと、それはそれで大丈夫かな……」
見せてもらえるのはありがたいけれど、相手はあのクルーウェル先生だ。
内容的にすぐバレてしまうんじゃないだろうか。
そんな監督生の心配事はまったく耳に入っていない様子のエースにほらほらと急かされながら、ふと気がついた。
「ねえ、エース。俺、水着持ってない」
「マジかよ? ったくしょーがねーなぁ……って、あれ」
「どうかした?」
「俺も持ってない……!」
ーーー
「なんでだよ……!」
向かった先の「Mr.Sのミステリーショップ」で、エースは崩れるように膝をついた。
目的の水着は売り切れてしまっていた。
この暑さだ。考えることはみんな同じらしい。
「エース、仕方ないよ。今日は諦めよう?」
「……なんだよ。お前はプール行きたくなかったのかよ」
ふてくされたように唇を尖らせるエースがこちらを見上げてくる。
「俺だってハーツラビュルのプールには行ってみたかったけど……。水着がなければ行けないでしょ?」
「そうだけどさー」
肩を落とすエースと一緒に店を出ようとすると、トントンと肩を叩かれた。
「Hey,小鬼ちゃんたち。どこへ行くんだい?」
振り返った先には、店主のサムが笑みを浮かべて立っていた。
隣のエースは怪訝そうに眉をしかめる。
「どこって、寮に帰るとこだけど……」
「どうして? 君たちの欲しいものはここにあるのに」
「え?」
「まだ水着あるのか!?」
「IN STOCK! もちろん、このサムにお任せを。ここはなんでも揃う『Mr.Sのミステリーショップ』。すぐお手元にご用意します」
そう言ってウインクして見せたサムは、カウンターから何かを取り出した。
「小鬼ちゃんたちのお望みのものは、コレだろ?」
出てきたのはまさに水着だった。ただ――。
「おいおいおいおい、なんだよこれ!」
「おや? 水着がお望みではない?」
「いや、他にあるだろ! もっと丈の長いやつとか!」
「あいにく、スパッツ型のものは売り切れてしまってね」
サムは肩を小さく竦めて見せる。
エースが手にしているのは一般的な水着ではなくて、黒地に赤のラインが入った競泳パンツだった。
いわゆる、ブーメランパンツ。だけど、水着は水着だ。
「やったね、エース。これでプールに行けるよ」
「こんなの穿けるかっ!」
「え、なんで?」
「なんでって、お前……! この布の面積の小ささ見えてんのか!?」
「充分穿けると思うけど……」
「イヤだね! 俺は絶対に穿かねえ!!」
「エース……」
こんなに嫌がるとは思わなかった。
さっきは諦められたのに、水着があると分かった今となっては、どうしたって行きたい気持ちに天秤が傾く。
「そ、そんな顔したってダメなもんはダメだからなっ」
「……分かってるよ。でも、エースと一緒にプールへ行きたかったな」
「なっ……!」
そっぽを向いていたエースが、勢いよくこちらを振り返る。
そして、口をぱくぱくさせたかと思うと、「はぁーーーー」っと大きなため息を吐いた。
「監督生がそう言うなら、我慢する……」
「え?」
「だーかーらー、お前がどうしてもプールに行きたいって言うなら付き合ってやるって言ってんの!」
「本当!?」
「その代わり、お前もちゃんとこれ穿けよな!」
「うん! エースと一緒ならいいよ」
「お前なぁ……っ」
「え、なに?」
「……なんでもねーよっ!」
怒ったようにそっぽを向いたエースの横顔は、なぜか紅潮して見えた。
≪To Be Continued≫