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くだらないぐち(´・ω・`)

改めて見るとそんなでもなかった。

かなりイメージに近いりんこが描けたと思ったんだけどなぁ。


みんなの反応もないしね。

どこで絵を描いてても、もうまともに反応貰えないので、絵を描く意欲が沸かない。














そういえば、昔、お絵描きBBSなんてのが流行ってた頃。

プロとして仕事絵を描いて、雑誌やラノベやゲームキャラデザやら色々やってたけど、今ほどダイレクトに読者の声は届かない時代で、小説家や漫画家みたいにはイラストレーターはファンレターなどもほとんど来なくて、多くの人が見てくれてるはずなのに何も聞こえないなぁ……ってなってて、

そんなとき、某ゲームのお絵描きBBSが絵描き界隈でもちょっとした流行りになってて、息抜きにそこで落書きしたら「掲示板」なので反応いっぱい貰えて。雑誌やラノベとかと比べたら見ている人口なんて桁違いに違うのに、仕事そっちのけでお絵描きBBSで落書きする方が楽しくなってた。


よく「お前は、好きで絵を描いてるんじゃないのか?」「承認欲求で絵を描いてるだけなのか?」みたいに問われるけれど、表の絵を発表しているからには人々の反応が次の作品への糧になるので、絶対必須なものなんだよね。


でも、結局反応が貰えないのは良い絵が描けてないからなので、誰のせいでもなく自分のせいだし、「反応くれよ」って言ってその場限りで反応貰っても長続きはしないし。自分の絵が満たないだけなので仕方がないのだけれど。

でも、創作物なんて「何かしらのエネルギー」を消費して生み出してるので、エネルギーの供給がないとそのうち何も出なくなる。

生まれたての頃は体内にある程度のエネルギーが蓄積されてる。人の反応などがなくても自分の内部エネルギーだけで続けられる。作家の卵が何にも得るものが無くても出し続けられるのはそのおかげ。で、自分の内部エネルギーが尽きる前に世界に見つけられて、人々の反応というエネルギーを貰えるようになって更に加速するわけだけど、才能ある人でも内部エネルギーが枯渇する前に世界に見つけられなかった人は世に出る前に消えてしまう。そういう人もいっぱい見てきた。

一度世に出た人も、人気がなくなって反応がなくなってしまうと、それまで溜め込んだエネルギーでしばらくは活動出来るが、需要と供給が伴わないとそのうち枯渇してしまう。「生む喜び」なんて言うけれど、それは「見てもらう喜び」であり「見てもらってる実感がある喜び」であり、その実感は「反応」からしか得られない。


正直、もうダメだと思いながらも、体内にある残りカスのようなエネルギーを絞って日々絵を描いているけれど、すぐ限界になる。ここ数年、数枚連続して絵を出しても途絶え、また連続して描いても途絶えをしているのがわかると思うけど、エネルギーがすぐ枯渇しちゃうから止まっちゃう。止まってまたエネルギーを貯めて、放出してまた止まる。そして、どんどん頻度が下がっていく。内側から出てくるエネルギーはどんどん先細りしてるから。


最低でも……ちゃんとした絵を描けなくても、絵日記という落書きでもと描いても、、、絵日記も、色々ツッコミ入れて欲しい気持ちでネタを入れてても、全然ツッコミもない。以前だったら誰かしらすぐツッコミしてくれてたのになぁ……などと、昔を懐かしむ。ツッコミ不在で延々ボケを披露してても、やっぱりエネルギーは枯渇する。絵日記も毎日続かなくなった。


ただ、何もかも、誰かのせいではなく、自分がダメなせい。


仕方がないことなんだ。

栄枯盛衰。どんな理由があろうとも、表に絵を出せない時期が長くあったし、もう取り戻せないほど低迷している。それはすべて自分のせいだから仕方がない。

仕方がないけど悲しい。


今はもう、絵なんて描きたくない。

だって、描いても誰も見てくれない。反応がないのは、見てもらえてないのと一緒なんだ。キャッチボールと一緒なんだ。ボールを投げても投げても、返ってこない。少しはミットで受け止める音は聞こえるので、人が居ることは辛うじてわかるけど、返球が来ないから実感がない。自分が投げたボールは良いものなのか、暴投なのか、全然わからない。それでも体力がある限り、なんとかボールを投げている。昔は、投げたボールを我先にと取り合って返球してくれてたなぁ……なんて過去の栄光に思いがはせる。

まぁ……そんな自分にとって栄光に思える過去も、熱狂的なファンが居たわけでもない。いつだって1番じゃない。誰かの次に好きです。良くて2~3番。それでも光栄な事ではあったけど、1番ではないんだよね。だから何もかも、みんな離れていく。

絵なんて描きたくない。

それでも絵を描く。何も湧いてこないから、描けるわけもない。それでも無理して描こうとする。そして無理やり描く。で、やっぱり何も得られるものがなくて深く傷つく。絵を描くことは自傷行為に近い。描けば描くほど、現実に殺されかける。

でも、絵を描かない自分には、何も価値がない。

だから、病気などで描けない時間が長かった今、描かない自分に価値を感じない人達が、みんな消えていなくなった。


今、自分には何の価値もない。

生きてても仕方がないと思って生きてる。

お前には価値は無いぞって、かつての仲間たちやファン達が、無言という反応で伝えてきてる。

毎日、ゲームしたりして、現実を直視しないようにしてなんとか生きてる。それが逃げであり、愚かであることはわかっているけど。酒に溺れて逃げるのと一緒。でも、絵を描かないといけない事があり、絵を描くときに現実をつきつけられて死にそうになってる。死にそうになってるだけで死ねない。絵を描いても誰も喜んでくれないのに、なんで絵を描くんだろう。それしかないから仕方なく描く。いや、今やもう「それしかない」ではなく「それすらない」のだろうな。多分、今の自分はまだ現実を見れてないのかも。未だ「でも少しくらい絵を見てくれてる人いるかも」って期待してるのかも。だから、未だ絵を描く。未練がましい。


今は、誰にも本音を話せない。

友達も居ない。家族も居ないに等しい。SNSなどでは真面目な話しはネガティブと捉えられる。支援してくれてる人達のいるFANBOXでも話したくはなかった。でも、こんな状況の自分を今も応援してくれてる人達って、多分もうFANBOXに居る人達くらいだよね。だから甘えてこんなクソみたいな何にもならない、マイナスにしかならない事を吐き出させて貰ってる。勿論FANBOXの人達も以前に比べてすごく減った。あたりまえだ、絵描きの自分を支援してくれてたわけで、ろくに絵が描けてない自分に愛想を尽かす人が大勢いて当然。それでも残ってくれてる人には感謝しかないし、こんなつまらない事は見せたくはない。ポジポジで、前向きな話ししたい。でももう無理なんだ。


コロナ禍がなかった世界線。

強い体を持つ世界線。

強い精神を持つ世界線。

それ以前に、絵の世界でもっと上手く立ち回れた世界線。

そんな世界線があったなら、もっと色々返せたと思う。その世界線の俺はきっと、返してると思う。少なくとも5年前はまだこんなではなかった。立て直しは出来ると信じてやれることはやってはいた。今はもう立て直せるとは思っていない。超奇跡が起きて、突然色んな人に支持されて、いっぱいの反応に溢れ、エネルギーが充填しまくり、描きたい欲に溢れる……そんな奇跡、あるわけがない。というかそんなのがあるならもっと昔になんとかなっただろう。

自分の前世の頃から知ってる人はずっとこの業界で苦悩し奮闘し続けてた事は知ってると思う。逆境の中、そんな状況の中でもなんだかんだでここまでやってきた。ある意味それもまた奇跡だ。でも、突破したい障壁は結局最後まで突破出来なかった。言葉通り障壁。いつか乗り越えられると信じて活動してきたけれど、結局最後までそれは障壁のまま。イラストレーターの賃金問題、印税問題、今は少しは改善してるようだけど、その足がかかりを作ったのは自分だと思っている。その代わり、そういう活動をした自分は疎まれて、もう二度と戻れなかった。アニメーターの低賃金問題はよく取り扱われるが、イラストレーターはある意味でもっと酷かった。どうにかしないとイラストレーターはほんとに使い捨ての便利屋にしかならなかった。で、頑張って勝ち取ったとしても、それで恩恵を受けるのは何もしなかったイラストレーター達であり、活動した人には何も残らない。残らないどころか結局はブラックリスト入り。だから出版業ではもう仕事できなくなった。また、ゲームやV関係もまわりまわれば出版と繋がるので、結局排斥される。事情を詳しく知らない人達も、「問題ある人」とレッテルを貼り、接触もなくなる。悲しい話だ。

自分は今も、イラストレーターの地位向上を出版社に訴えかけてやり遂げたこと自体は悪かったとは思わない。ただ、もっと頭の良いやり方はあったとは思う。当時の自分は性善説を信じてたし「話せばわかる」と思ってた。でも人はわかりあえない。腹を割っても割ったほうが負け。結局は権力。

頑張って活動続けてたらさ、いつかはなんとかなると思ってたけど、一番厄介なのは事情を知らないで噂だけで判断される世の中だってこと。特にネット時代で、直接会わないから人となりもわからず、噂だけで判断され遮断されてしまうこと。業界の人達から見たら、理由は知らないけど危険な人らしいって事になってる。

そんな中、よくやってこれたねって思う。

自分の絵は、それほどレベルは高くない。

つまり、それほど運が良かったんだろうね。

まぁ……本当に運がいいなら、それ以前にその問題自体が改善されてたとは思うけど、「悪運」が強かったんだとは思う。そしてその悪運も尽きたんだと思う。


今は何をやっても上手くいかない。

上手くいきかけても、普通じゃ考えられないような事が起こってダメになる。

だから、どんどん自分は「運」という物に嫌気を感じるようになってる。

普通の人が些細な気にもしないような不運すら、大げさに反応してしまうくらい、運という物に敏感になってしまう。

よく「運を勝ち取る努力をしてきたか」なんて、わかった顔で言うやつがいるけれど、そんな事いう奴は運の事なんて何もわかっていない。多分、人一倍、努力はしてきた。でも、仮に勝ち取れたとしても、それは運じゃなく努力の賜物。本当の運なんてのは、どんな努力も意味をなさない、本当に気まぐれでサイコロを振ってゾロ目が出るような何にも左右されないもの。

そして、努力は絶対に大切で必要だが、どんな努力も最後は運。

だから成功者こそみんな言う「運が良かった」と。「努力で勝ち取った」なんて言う成功者はまずいない。だって「努力するのは当たり前」という大前提の上でそういう人達は生きてるんだもん。


あー、何を書いてるんだろう。


缶バッヂの絵を描かないとなぁ……と思っても思うように描けず、1つ前に描いたりんこの絵も、結局理想には届いてなかったと気付き、そして全然反応も貰えない現実を見て、悲しくなり、そして、あんな「やっとできた!」と喜んでた自分が恥ずかしくなってこんな文章を書き始めてしまった。

自分の想いなんて、言うものじゃないね。

誰にも伝わらないし、あとで違ったときに自分も恥ずかしくなるし。

寡黙な人がいいんだろうな……

もう今さら寡黙になったって、不審がられるだけで意味もないけど。


コメントとか、期待しちゃうから、FANBOXでも今後はコメントは出来ないようにしようかと思うよ。最初から出来なくしておけば期待もしないからね。Twitterの方のレスは出来るので、何かあればTwitterでお願いします。


終わろう。


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