■ある日の二人 ~善人と大智~
朝七時。ゴミ捨てのために一度起きる。いつも日付が変わった辺りで「寝ないとなー」とか思ってるのに、なんで毎回午前三時とかになってしまうのか。マジで明石善人七不思議のひとつだと思う。
扉の開閉は、気持ち静かに。まぁ、ドタバタしたところであの寝坊助が起きてくるわけもないが。家の前で道路工事が行われてたって熟睡できるような奴だ、俺が気を遣う必要なんかぶっちゃけない。でもなんとなく朝の静けさが好きで、動作の音は最小限にしてしまう。
所定の場所にゴミを捨てに行って、戻ってきたら朝食作り。あいつはどうせ昼まで寝てるけど、単純に俺のお腹が空いたからな。テキトーにトーストにベーコンと目玉焼きとチーズを乗せて、気分だけでも健康的でいようとそこにトマトジュースを添える。
カーテンと窓を開けて、涼しい朝の空気を感じながらの朝飯。一人のダイニングも最初は寂しかったが、今では慣れたもんだ。大智との関係性がしっかり固まった今、心の余裕が全然違う。焦らなくたって、俺たちは二人なんだって。
朝九時。コーヒーも飲んだものの、流石に少し眠くなってくる。とはいえベッドに出戻りする気は、あまりない。微睡みながらソファでダラダラするこの時間も、俺の人生には必要なことだから。
今日は講義もゼミも課題もない。バイトの日でもない。正真正銘のオフの日。卒論は残ってるが……まぁ、一日ぐらい何もしなくたっていいだろ。寝惚け眼でぼーっとやるアプリゲーも自然と捗る。なんかブロックを動かすだけのパズルみたいなやつ。
朝十一時。気付けばもうこんな時間、か。マジで午前中何もしてねえな。どうせ暇だし、そろそろ昼食の準備でもしようか。ソファの上でひっくり返りながらそんなことを思っていると、ふと廊下のほうから物音がする。どうやらあいつが起きてきたらしい。ドアが開くより前に、念のためそっぽを向いて言う。
「おせえよ、いつまで寝てんだ」
「ん……おはよ、善ちゃん……」
大智ののそのそとした足音が止まり、水道の音が聞こえてくる。どうやら水を飲んでいるようだった。もう付き合ってるってのに、相変わらず寝起きのあいつは直視できない。いや、だって、ねえ。寝起きにいちいちそんな気分になってりゃ世話ないっつーか、なんつーか。
姿勢を正してるうちに、大智はトイレに向かったようだった。その隙にキッチンに入り込み、昼食の準備を始める。パンは朝に食ったから、昼はパスタか炒飯か。あーでも、米今から炊くのは怠いな。となればパスタでいいか。確か具もあったと思うし。
正午。作り終えたミートスパゲッティを、腹ペコそうに腹を擦る魔犬の前に差し出す。それを見るなり大智は、作業していたノートパソコンを脇に抛り、すぐに皿にがっつき始めた。一応山盛りにしたはずなんだが、スパゲッティ山はあっという間に掘削されていく。
「おかわりは自分で盛れよ」
「ふ……わあった」
分かった、と言いたいらしい。こんだけ食いつきよく食べてもらえると、やっぱ作ってる甲斐みたいなのを感じるよな。最初は母さんの代わりに始めた家事だったけど、こうやって誰かのためにすることになるとは正直思わなかった。人生って奇妙だ、ホントに。
昼十三時。鍋一杯に作ったはずのスパゲッティを空にした大智は、いつも通り皿洗いを始めた。課題残ってるっぽいから、別に暇な俺がやるってのに。こういうところはちゃんと律儀なんだよな、こいつ。だからこそ好きなんだけどさ。
「……ふぁ」
念のため大智の洗い物を見守っていると、段々と眠気が襲ってくる。まぁ、数時間しか寝てないんだからそりゃそうか。欠伸をしたり噛み潰したりしていると、洗い物を終えた大智が横にやってくる。
「あれ、善ちゃん眠いの」
「ちょっとな」
「寝ててもいいよ。俺ゼミの課題やらなきゃだから、遊んだりできないと思うし」
「だろうな。つーか、早めにやっとけよ」
「仕方ねーじゃん。丹山教授、俺にすっげー文献送ってくるんだもん」
「良かったじゃねえか、目を掛けてもらって」
「うーん、ありがたいけど複雑な気分……」
苦笑しつつ、ノートパソコンで作業を再開する大智。買いたてのときは両手の人差し指でちまちまタイピングしてたってのに、今じゃそこそこ打鍵できるもんな。ちゃんと成長してるってことか、こいつも。
「…………」
ソファに身体を預けて、壁に射す日光を見つめる。日に焼けた壁紙、揺れるカーテン、良く晴れた日の風。大智がキーボードを叩く音と、遠くから舞い込んでくる車の音だけが、部屋の中に響いている。
優しく穏やかな空気に唆されて、瞼が徐々に降りてくる。あー、駄目だ、今寝るとまた夜寝れなくなるってのに。分かってんのに。いつもそれでやらかしてるってのに。
でも無意識にくっついた太もも越しに、大智の熱が伝わってきて。ただなんかいいなって、幸せってこんな感じだろうなって、脳みそがふわふわしてきて。俺の意識は段々と、途切れ途切れになってきて。
「善ちゃん?」
上から大智の声がする。どうやら知らぬ間に、大智の懐辺りに俺の上半身が入りこんでいたらしい。昔の明石善人だったら、慌てて飛び起きるところだけど。生憎今の明石善人は、ちゃんと赤木大智の恋人だから。
大智の身体を枕に、俺は眠りに就いた。その寸前、頭を撫でられたような気がしたが、多分起きる頃には忘れてるぐらいの感覚だった。
「……おやすみ、善ちゃん」
しゃけ
2025-05-17 21:51:01 +0000 UTC