■あいつとグランピング 終演
「へえ、ちゃんと楽しんできたワケね、梓馬くん抜きで」
電話越しに聞く声は、数日程度しか空いていないっていうのに、随分久しぶりな響きで鼓膜を揺らしていた。変わらない軽口に、俺は呆れ笑いで返す。
「ああ、ちゃんと楽しかったわ、お前抜きでも」
「あ、ひっでー言い草。恩人にそういう態度でいいのかなー」
「なーにが恩人だよ……一応感謝はしてっけど、色々」
俺がそう言うと、向こうからは満足そうな笑い声が聞こえてきた。ホントこいつは。ちょっと素直にしてやったらすぐこれだ。奴に見えないのをいいことに、最大限の不満顔を電話口に披露してやる。
「そんで。結局話せたのかよ、例の件」
「ん、例の件って」
「そりゃーもう、アホ面ダンナくんとの未来の話に決まってんだろ」
「は、お前――」
「――誰がアホ面だっつの、クソ狼」
仏頂面で隣に座っていた大智が、とうとう口を出してきた。露骨に不貞腐れている大智の様子が手に取るように分かるのか、梓馬はへらへらと笑う。
「あちゃー、聞こえちまったか」
「聞こえるも何も、横にいるって最初に言ったろ」
「どーせわざとだろ。相変わらずだな、マジで」
「いやいや。いくら梓馬くんと言えど、ウッカリはあるからさ。これもギャップっつーか」
「そういうのもういいっての……」
うんざりしたように呟く大智。だから梓馬との電話なんか聞かなくていいっつったのに。電話に出ようと玄関のほうに向かった俺を呼び止めて、わざわざ隣に座り込んできておいて、どうしたんだこいつ。
「で、未来の話はどうなったの」
「あー、そんなら……」
「別にお前に話す必要ねーだろ」
話そうとする俺の声を遮って、大智が電話口のほうへ身を乗り出してきた。いつもぼーっとしてるくせにこいつ、梓馬が絡むと急に色々とムキになるよな。犬猿の仲ならぬ、犬狼の仲というか何と言うか。ヒートアップしたのか、大智は俺から電話をひったくる。
「つーかこれまでもさ、何度も電話かけてきてるらしいじゃん。自分探しの旅とか言って海外に行ったくせに、何の未練だよ」
「へえ、知らん間に口が達者になったな犬っころ。ようやくわんわん泣き喚くだけじゃなくなったってか」
「何お前、俺に皮肉言うためだけに電話しにきたん。随分暇な旅なんだな」
「残念ながらアホ面わんちゃんと話すためじゃないんだわ。他の奴に掛かってきた電話を横取りしてまで俺と話したいの、そっちじゃん?」
「だからさ、託してったくせに善ちゃんに色々吹っ掛けんのやめろっつってんの」
「いや、初めて聞いたんすけど、それ」
大智の顔が変な歪み方をする。それを見て、喧嘩すんなよ、という言葉を俺はなんとなく飲み込んでしまった。大智とここまで真面目に喧嘩できる相手、あいつぐらいじゃねーのか。俺とじゃこんな風にならんし。
「まー、託したっつってもさ。やっぱり色々心配になるワケよ、梓馬くんとしては」
「余計なお世話だろ、それ」
「だって善人ちゃん、なんか不安がってたぜー。どっかの犬っころが不甲斐ないから」
「は、不甲斐ない、って……」
「言ったまんまよ、言ったまーんま。不安なんだってよ、お前との将来」
「お前、それは流石に」
「おいおい、善人ちゃん、ここはちゃんとしとかないとダメっしょ。そこのボンクラわんこがどう考えてんのか、ハッキリさせたほうがさ」
「いやだから、それはさぁ」
グランピングでその辺の確かめは終わってるということを伝えようとした瞬間、横でやたら不機嫌そうにしていた大智がいきなり電話をビデオ通話状態に切り替えた。何する気だこいつ、と思う間もなく、不意に俺の身体は抱き寄せられた。ぼすん、と音を立てて、俺の顔面は大智の胸元に押し付けられる。
「……ッ」
久々の不意打ちに、声にならない声が喉から飛び出る。最近落ち着いていたと思ったら、突然こんな、このアホ。しかもがっしりホールドを食らってるせいで、全然抜け出せる兆しがない。数秒ほど藻掻いていると、大智が真面目な声色で言う。
「お前に心配してもらうことなんかねーよ、俺らは大丈夫だから」
「…………」
寸刻訪れた静寂。やがて電話口の狼は満足そうに「ひひ」とニヤついた声を零したかと思えば、「分かった分かった、野次馬ならぬ、野次狼は潔く去ってやるよ」と言い残し通話を切った。そこでようやく、大智の腕の力が緩む。抜け出した俺はゆっくり顔を上げた。
「…………」
「…………」
何してんだテメーはよ、という表情で睨みつけていると、徐々に大智の頬が気まずそうに緩んでいった。まるで「だってそうでもしないとさぁ」とでも言いたげに泳ぐ視線。俺は無言のまま、落ち着きなく尻尾を揺らすアホ犬へ静かに抱き着いた。心臓が早鐘を打つ。
「あ、善……」
ビビったらしい大智の頬を、尻尾で叩いてやった。仕返しだ、バーカ。
dragonlord
2024-05-14 15:41:20 +0000 UTC