■あいつとグランピング 帰路
「あーあ、マジであっという間だったな」
後部座席で大智がデカい声で言う。今朝方グランピング会場を後にした俺たちは、睦樹の運転する車の中であれやこれやと取り留めのない会話に勤しんでいた。
「だよなー。色々あったはずなのに、ガチ一瞬だった」
「濃厚も濃厚じゃったわ。なんなら何しよったか忘れとるんじゃが」
「それな。正直めっちゃ疲れてる」
「体力なさすぎやろ猫助、ほんまヤワやな」
「どの口が言ってんだよお前……つーか猫助はやめろ」
「でもホント、楽しかったッス。急に参加しちゃったのに、先輩方も皆親切で」
「いやー、それほどでもあるわ」
「調子乗んなやっすん。親切な先輩ランキング、トップはどう考えてもおいじゃろ」
「うわ、遊星、来たばっかのときは『後輩とか無理じゃ、緊張すんわ』とか言ってたのに」
「な、おま、黙っとれボケ熊」
「ふ……」
「つーかさ、フツーに玲太に訊けばよくね」
「確かに。どうなん玲太、やっぱ俺っしょ」
「おいじゃろ、バーベキューんとき肉譲ったし」
「え、ちょ、先輩方にランク付けなんてできないッスよー」
あんま後輩困らせんな、と善人がツッコミを入れて、車内には笑いが起きた。車窓から差し込む陽光、青々と茂る森林、はしゃいだ空気、立ち昇る夏の気配。熱気を携えた車は、朝の山道を穏やかに下っていく。
「にしても、マジで色々やったよな。バーベキュー、アスレチック、キャンプファイヤー」
「な、スタッフさんも丁寧で優しかったし。大浴場も広かった」
「てか静かだな、羽柴先輩」
「あ……部長は寝てるっぽいんで」
玲太が申し訳なさげに言う。ルームミラー越しに見てみると、確かに先輩は寝ているらしかった。腕を組んで帽子を目深に被り、呼吸だけして後はぴくりとも動かない。あまりうるさくするのも良くないか、と思っていると、睦樹が「そういえば」と口にする。
「トレジャーハントの景品ってなんだったの」
「ああ、石じゃ、石」
「へえ、石」
「青くて綺麗なやつッスよ。この辺で取れる鉱石らしいッスけど」
「そっか、僕も受け取っておけばよかったな」
「でもあっちこっち歩き回って、その結果が石ってのはなぁ」
「そう言うな善人。これも思い出だ」
「まぁ、それに、山ん中あちこち散策したんも新鮮やったわ」
車内は和気藹々としていた。あっという間に終わっちまったけど、こうして皆が満足そうに語らっているのを見ると、企画をしてよかったと心底思える。内心ニヤニヤとしていると、ふとミラー越しに悟と目が合って、俺たちは揃って口角を上げた。そのうち玲太が言う。
「でもあれ、ヤバかったッスよね、昨日の夜のやつ」
「え、何かあったのか」
「そういやいなかったな、お前ら。トイレでも行ってたのか」
「あ、あー、なるほど、ちょうどそのタイミングだと思うわ」
善人の訝しむ視線を躱し、俺も悟も愛想笑いを浮かべる。昨晩の俺たちは、雨が止んだ隙を見計らって、小屋からテントへと戻っていた。そのときも皆寝静まっていたから、別に何事もないもんだと思っていたんだが、大智や善人の表情を見る限りそうじゃないらしい。
「このアホが夜中に叫びやがったんだよ。おかげで全員起きちまって」
「いや、ごめんってホント……だって俺も、あんなデカい声が出るとは思わなくて……」
「なんで叫んだ、大智」
「え、あー……」
悟の問いに、露骨に言い澱む大智。能天気の極みみたいな奴が叫ぶなんて、よっぽどのことでは。怪訝そうな俺と悟とは裏腹に、水地が思い出したように笑う。
「夜中に目ぇ覚ましたら、鼻の頭にダンゴムシが乗っとったんやと。ほんま、傑作やろ」
「はぁ、ダンゴムシ」
「そういや大智、虫が苦手だったか」
「にしたって、ダンゴムシってお前」
「いやいやいやいや、フツーにビビるから。だって起きたらいるんだぜ、虫が、鼻に」
「昨日も言うたがや。同情はしちゃるが、そんでバケモンみてーな声出すながじゃ」
「いやもう、びっくりしたよね本当。何が起きたかと思った」
「だからその、ホント、ごめんって。昨日も謝ったじゃんかー」
「反省の色が見られねえんだが」
「反省したし、一晩、目一杯」
「それにしては態度も図体もでけえんだけど」
「ちょ、図体は関係なくね」
大慌てで弁解を続ける大智と、それに対しつぶさに反論する善人。要するにいつもの痴話喧嘩が始まった。周囲も「まーた始まった」という呆れ顔になる。俺も例に漏れず苦笑していたが、また悟と鏡越しに目が合い、無意識に笑みが零れてしまう。
陽気な夏の朝の空気を切って、車は進んでいく。山間のうねる車道をするすると下って、俺たちは帰路に就く。やがて誰ともなく――昨日の騒ぎのせいで皆寝不足気味だったんだろうが――寝息が立ち始め、車内は水を打ったように静かになった。
「泰利も寝ていいんだよ」
隣で軽快にハンドルを動かす睦樹が言う。ミラーをちらと窺えば、もう俺と睦樹以外は夢の世界に旅立ってしまったらしく、後部座席は本当に静寂そのものだった。俺はなんだか笑ってしまう。
「前に海に行ったときもさ、帰り道こんな感じだったな」
「んー、ああ、そうだね。あのときも泰利が助手席だったっけ」
「そうそう。んで、睦樹が寝ていいよっつって」
「そうだそうだ、言ったねー。いやでもさ、僕に気遣わなくて大丈夫だよ。慣れてるし」
「あー……そうだなー」
景色のほうへ視線を移しながら、俺はぼんやりと返事をする。車窓を止め処なく流れていく、緑と青。空に燦然と輝く太陽が、木立のざわめきをすり抜けて、車内にいくつか光の破片を落としていた。目まぐるしく過ぎる木漏れ日に目を細め、俺はひとつ深呼吸をする。
このたった数日間が、まるで夢のようだった。悟に誘われて、あれこれ企画して。きっと俺たちが揃って迎えられる、最後の青春の一頁。車は山を下っていく。空が遠ざかるごとに、しばらく疎遠だった現実が近づいて、俺たちは夢から醒めていく。
卒業。進路。未来。希望に満ちているはずの言葉が、今の俺にはなんだか残酷な響きに思えていた。善人と大智はどうするだろう。遊星は、睦樹は。水地は、羽柴先輩は、玲太は。そして、悟は。悟と、俺は。
車はやがて、山間の細い道を抜け、大きな幹線道路へと合流していく。いくつも枝分かれした道が、視界の外にまで広がる。前後を走る車のいくつかが、脇道へと逸れていく。各々の目的地を目指すように、ただ淡々と。
「難しい顔してるけど、大丈夫、泰利。もしかして酔ったとか」
「あ、いや、へーきへーき……」
なるだけ元気そうに返事をした。「そっか」と相槌を打った睦樹の口が、そのまま動く。
「ありがとうね。今回のグランピング、企画してくれて」
「へ、あ……あー、俺のほうこそ良かったわ、皆楽しんでくれてさ」
「いやー、お礼、言ってなかったなって思って。皆で思い出作れて本当、良かったよ」
そう言われ、俺は少しハッとする。ああ、そうだよな。そのために企画したんだもんな、俺たち。夢を見続けるためじゃなく、醒めた後も続いていくために。ボンネットに反射する光を、少しばかり億劫に感じながら俺は、「うし」と声を上げて姿勢を整えた。
「やっぱ俺、寝ねーわ。なんか勿体ねーしさ」
「え、それはいいけど、勿体ないって、どういう」
「いやなんか、話してー気分だから、今」
「……そっか、奇遇だね。実は僕も、色々話したい気分だった」
マジか、と互いに笑って、俺たちは他愛もない話を始めた。不安もある。迷いもある。恐れも焦りもある。でも多分、それ以上に大きなものがここにある気がする。いつか旅立つ夢だとしても、刻んだ一頁が胸にあるならきっと。俺たちは……大丈夫。
しゃけ
2024-04-17 15:05:19 +0000 UTC