■あいつとグランピング 恒星
将来。ベッドに寝そべりながら、ふと口にしてみる。その言葉は、静けさに包まれたテント内にふっと浮かんで、どこか朧気なまま少し冷えた空気の中に霧散していった。それを何回も反芻する……けど、何度繰り返しても曖昧さは拭えなかった。
睦樹も悟も別のテントに行ってしまったため、夕方のテントに俺は一人でいた。午前中の周遊で皆そこそこ疲れてしまい、昼食後はそれぞれ夜の予定まで好き勝手過ごすことになった。俺は割と元気だったけど、なんだか思うところあって考える時間が欲しかった。
「将来……かぁ」
すぐそこに迫っている話のはずなのに、まるで現実感がない。大学を卒業して、就職して、自活して……って、正直「俺が? ホントに?」って気分だ。自分がスーツかなんか着て、真面目に社会人してるイメージが全然湧かない。
ずっとこうやって、ぼんやりと、のらりくらりと、ふらふらと、ぼやっと過ごしていくんだと思っていた。善ちゃんがいて、泰利がいて、悟がいて、皆がいて。昼下がりの穏やかな風みたいな時間が、ただずっと続くんだと。
仕事、結婚、育児。大学を卒業したら、みんながみんなそれぞれの道を進んでいく。あのクソ狼みたいに、何かを求めて海外に行くような奴も中にはいるんだろう。これまで出会ってきた人たちの顔を適当に浮かべながら、じっと手を見る。
善ちゃんは……どう思ってるかな。そういえば、将来に関してまともに話したことはない。俺はまぁ、何となく二人でずっと過ごしていくんじゃないかって思ってはいるんだけど。多分まぁ、善ちゃんもそう思ってくれてるような気はしているんだけど。
でも今みたく、ぼんやり、のらりくらり、ふらふら、ぼやっと過ごしていけるわけじゃないんだろうなって気もしてる。その辺り、泰利と悟はきちんとしてるっぽいんだけど。こういう話って、根掘り葉掘り聞いたりあれこれ相談したりしづらいもんな。
「大智」
考えるのに疲れてうとうとしていると、突然善ちゃんの声がテント内に響いた。驚いて上体を跳ね起こせば、怪訝そうな顔の善ちゃんが視界に映る。
「なんだお前、寝てたのか」
「あ、いや、全然」
「嘘つけ、涎ついてんぞ」
「え……あっ」
慌てて口元を拭う。呆れた様子の善ちゃんは、それでも少し笑みを浮かべると、すっと俺の近くへ寄ってきた。気付けば外は暗くなっていて、テントの入口の隙間から温い夜風がするすると忍び込んでいた。
「もうすぐあれだろ、キャンプファイヤー」
「もうそんな時間か」
「何呑気なこと言ってんだ。悟に聞いたぞ、お前がめっちゃ乗り気だったって」
「ああ、そうだった、そうだった」
「お前なぁ……さっき泰利と悟がスタッフに説明聞きに行ったから、俺らもそのうち指定の場所に移動しねえと」
「お、おう……」
考え事に意識を持っていかれていたせいか、思うよりも素っ気ない返事が口から出て行ってしまった。そういうところを目ざとく見抜いてきた善ちゃんは、いつもの目つきで俺のほうを見据える。
「まーた考え事してんな、お前」
「…………」
「こんなとこまで来て何悩んでんだよ……ったく」
しょうがねえな、と言わんばかりの口ぶりで、善ちゃんは俺の隣に腰掛けた。テントにはちょうど二人きり。こういうときに、とも思ったけれど、こういうときだから、とも思った。あのさ、と口を開いたタイミングで、睦樹がテントに入ってくる。
「あ、二人ともいたんだ。そろそろキャンプだね」
「そうだな。他の奴らは」
「どうだろ、僕今トイレから戻ってきたばっかりだからさ。二人は何してたの」
「ああ、今大智が――」
「――お、俺らもさ、トイレ行こうと思ってて」
「は」
「あ、そうだったの。結構混んでたから、キャンプの時間までに戻ってきなね」
おう、とビビるほど粗雑に返事をして、善ちゃんを連れ立って半ば強引に外へと繰り出した。トイレとは真反対の、人気のない丘のほうへそそくさと早足で向かえば、流石に善ちゃんが俺の手を振り解く。
「なんだお前、どうしたんだよ、マジで変だぞ」
「あ、ごめん、ちょっとさ」
「……もしかして、人に聞かれたくないような悩みか」
「そういうわけじゃないんだけど……」
歯切れが悪い俺と、溜め息交じりに息を整える善ちゃん。考えてみれば、改まって話さなきゃならないほどの話でもない気がしてくる。それにもし、万が一、「離ればなれになってもしょうがねえよな」みたいな答えが返ってきたらと思うと。
目を泳がせているうち、辺りがやけに明るいことに気付いた。ふと見上げれば、赤と青の入り混じった黄昏の空に、ぽつぽつと光る星が浮かんでいる。そういえば夜はさっさと寝てしまっていたから、こうやって星を見ることもあまりなかったなと思った。
「……綺麗だよな、星」
善ちゃんがぼそりと言う。燦然と、とまでは言わないが、薄ぼんやりと光るそれらに、俺は唾を飲み込んだ。やがて点々と散らばった輝きの中に、ぽかんと二つ浮かんだ星を見た途端、驚くほど自然に言葉が出てくる。
「卒業したらどうする、善ちゃん」
「え……」
善ちゃんは一瞬耳を揺らして、その後黙り込んでしまった。やっぱり変なことを訊いたかな。普段から割と自覚はあるから、こうやって無闇に困らせるようなことはしたくないんだけど。でも、いつかは話すことになることだとも思うから。
「俺は……善ちゃんと一緒にいたいよ」
「…………」
「仕事とか色々あると思うけど、出来る限り今みたいに……っつーか、さ」
言いたいことはたくさんあったはずなのに、“将来”が具体的に形になっていないせいか上手く言葉にならなかった。だけど俺の中で、一つだけ確固たるものがある。
それは、これからもこの不機嫌な猫の隣に、我が物顔で居続けること。
「……のか」
「え……」
「いいのか、って」
伏せたままだった善ちゃんのあの眼が、ゆっくりこっちを見る。覚悟の決まったような、それでいて迷いもあるような。俺もなるだけ頬を引き締めて、その眼差しに対峙する。
「お前と……その、こうなった後もさ、正直ちょっと不安だったんだ。俺の勝手に、お前を付き合わせてるんじゃないかって」
「そんなこと……」
「いいって、分かってる、お前が本心でそうやってくれてるの。でもやっぱ、過程がどうあれ、普通じゃない道にお前を引き込んだわけだから」
「…………」
「いや、だけど、なんつーか……だからこそ、お前からそう言ってくれるのが、その」
そこで善ちゃんは一旦言葉を切って、顔を逸らして口籠ってしまった。どうしたのかと近寄ろうとしたが、善ちゃんは腕で顔を覆ったまま、もう片手で俺を押し退けた。だけどそれで分かった。思わず俺の顔も綻んでしまう。
「……俺も嬉しいよ、善ちゃん」
「…………」
答える代わりに、善ちゃんの拳が脇腹に入る。正直痛かったが、これも多分幸せの痛みってやつ。俺はその拳を持って、自分の拳と合わせた。善ちゃんの顔が上がる。
「頑張るから、俺」
「……そこはいつものやつじゃねえのかよ」
「へへ」
俺が笑うと、善ちゃんも笑った。同じ気持ち、同じ世界、同じ星の下。拳を伝う体温に誓って、二人でどこまでも行ってやろうと思えた瞬間だった。
gargantuan
2024-01-13 06:22:07 +0000 UTCしゃけ
2024-01-12 11:30:37 +0000 UTCウート
2024-01-12 03:53:39 +0000 UTC