■あいつとグランピング 日向
「今日の午前中はなんとなんと、トレジャーハントォー」
「なんとも何も、行きの車で自分言うたやろが……」
朝食後のテント前、朝からハイテンションに説明書を掲げよう泰利と、逆に低血圧じゃろかローテンションの水地。他の奴らも見るに、よう寝れた奴と寝とらん奴とではっきり顔つきが分かれておった。明らかによう寝れた側の犬が、明朗な声で喋りおる。
「ここ、山の散策ルートと隣り合わせだったん」
「ああ。そこでグランピング客向けに、宝探しもやってると聞いてな」
「おい待て、全長結構長いじゃねえかこれ」
悟から配られた説明用紙を見るなり、猫助が文句を垂れた。言うまでもねぇが、明らか眠そうな顔と声。水地も鷹の先輩も横のほうで渋い表情をしよる。まぁ、寝不足連中には辛いじゃろな、山道をやいやい進むんは。
「とりあえずチェックポイント回っていけばいいんスよね、これ。楽しみッス、マジで」
「朝から元気じゃなー、お前は」
「あ、スンマセン。実は俺、あんま山道とか歩いたことなくて、へへ」
玲太は半ば照れ臭そうに笑う。こいつに関してはようけ分からん。目に隈っぽいんはあるんじゃが、どうにも眠そうに見えん。そういう特殊能力かもしれんじゃが。おいも悟から紙を受け取ったところで、右下の文字に気付く。
「それよかここ、景品付きとか書いとるが」
「ああ。三つのチェックポイントで宝を見つけて、ゴールまで持っていくと貰えるらしい」
「でもなんかさー、スタッフさんに尋ねても景品が何かは教えてくれなくて」
「手に入れてのお楽しみってことだね。いいんじゃないかな、散策がてら景品なんて」
「にしたって、宝探しとかこない、ガキみたいなこと」
「じゃあ水地は不参加か」
「は、誰がんなこと言うたか、誰が」
始める前からバチバチしよる猫助と水地。なしてこいつらはこんないがみ合っとるんか。
「じゃあとりあえず、全員参加っつーことでいいよな」
「ええじゃろ。旅行来て留守番なんざつまらんし」
「先輩もオッケーすか」
「む……あ、ああ……」
鷹の先輩は泰利のほうを一瞥したあと、嘴の先をもごもごさせながら眉間に皺を寄せて黙り込みよった。こん人もこん人で謎じゃな。皆で集まったときから終始何か考え込んどって。何があったんか知らんが、今日は一段と辛気臭くて敵わん。
そうこうしおる間に泰利が歩き出したもんで、その後ろをえっちらおっちらついていく。案内板に応じて数分ほど林道を行けば、豪勢な丸太小屋のある広場に辿り着いた。参加者らしき家族連れやサークル仲間っぽい連中が、目の前をはしゃぎながら行き交っとる。
「賑わってんなぁ」
「順路はこの右側のほうだけど、ルートはたくさんあっから」
「え、皆で回るんっしょ」
「んなわけ。何のために人数分説明書渡したと思ってんだよ」
大智の質問に、泰利は不敵な顔でそう言うた。マジか、という空気が一瞬でその場に蔓延する。てっきりまた競争でもしよるんかと思うたが、悟が欠伸混じりに補足してくる。
「何も競うわけじゃない。これだけ大人数なら、歩くペースも様々だろ」
「なるほど、各々好きなペースで進もうってことだね」
「そうそう。ま、一人で回るも誰かと回るも自由っつー感じで」
「ほーん。んなら、競うのも自由っちゅーことけ」
挑発気味にそう言うと、その場の何人かの顔つきが変わった。表立って競うわけじゃねーが、面子内に暗黙の了解が敷かれた瞬間じゃった。
「今は九時だから、大体二時間ぐらいでどうだ。じいばあでもそのぐらいで歩けるそうだ」
「それより遅かったら足腰が老人以下って意味だろ、それ……」
「け、自信あらへんかったら、タクシーでも頼めばええんちゃう」
「散歩道にタクシーなんかねえだろうが」
「あるやろ、自分専用タクシー」
「は、お前、なに意味不明な……」
ニヤけた水地の視線が大智のほうへ向いたんを見て、猫助の頬が露骨に引き攣った。マジでなんじゃこいつら。何をこんなバチバチしよるんけ。
「とりあえず一旦解散だな。どんだけ時間かかっても、十一時までに戻ってくるってことで」
「うっし、じゃあ……俺は先に行っちゃいますね」
玲太はあくまで笑顔でそう言って、鷹の先輩のほうを遠慮がちに一瞥したあと、そそくさと順路の看板のほうに駆けていきおった。無言の先輩が眉を顰めその後ろ姿を目で追うもんで、少し胆が冷える。こっちはこっちで何があったんじゃ、ホンマ。
「俺たちも行こうぜ、善ちゃん」
「あ、お前、こら、引っ張んなっつーの」
「どこでもイチャついとんなこいつら……」
「えー、別に俺ら、いつもと変わらんけど」
「……はぁ」
わざと聞こえるように溜め息をついた水地は、猫助と大智の横をするりと通り過ぎて行ってしまう。泰利と悟は微妙に苦笑しとったが、横にいた睦樹は「盛り上がってるねえ」だとかわざとらしく呑気なことを言いよった。
「ええから行くぞ、出遅れちゃ敵わんわ」
頷いた睦樹を連れ立って、おいも先行した奴らの後を追いかける。天気はピーカンじゃが、風と木陰のせいか不快な感じはせんかった。むしろ息を吸う度に気持ちが晴れるような気がして、これがマイナスイオンとやらの効果け、とか思うた。
「いやー、山を歩くって結構清々しいね。林間学校思い出すなぁ」
「ああ、転校のゴタゴタでおいが行けんかったやつな」
「そうだ、あのとき僕さー、すごいショックだったんだからね。遊星何も言わないから」
「しゃーないじゃろが、おいにとっても急な話じゃったし」
「にしたって、何か言ってくれてもよかったのに。前の日も遊んだよね、確か」
「あーあー、やいやい言いよって。おいかて恥ずかしかったんじゃ、分かれや」
「恥ずかしいって、何が」
「……別れの挨拶とか、泣いたり励ましたりとか、そういう……一連のアレじゃ、アレ」
「え、あ……そういうこと」
察したような口ぶりで、睦樹は少し笑いよる。余裕そうな糸目が相変わらず癪じゃ。子供んときからちっとも変わっとらん。温和そうに見えて意外と悪戯好きで、言いたいことは割と言う。だからこそ気兼ねしねーってのはあるんじゃが。
色々話しよる間に、第一のチェックポイントに着いた。視界の端から端まで広がる花壇と、その合間を縫って造られた迷路みてーな道。適当に見渡していると、説明書を持った中坊ぐらいのガキが目の前を横切っていく。
「すごい。黄色に赤に、青に白。綺麗に手入れされてるんだね」
「んで、宝はどこじゃろな……っと」
「もうちょい感慨とか持とうよー、遊星」
熊の文句を無視して、おいは説明書を開いた。先行しとった大智やら玲太やらは既に突破したらしく、見た限り姿がねえ。どうせガキ向けの企画、大したこともあるまい。
「えーと、なになに、『真昼に咲く花』だってさ」
「花……って、あっちこっち咲いとうが」
「十二時に咲く花を見つけろってことじゃないかな。花って開花時間とかあるらしいし」
「は、そんなん、花に詳しくねーと詰みじゃろが」
「そうかなあ。誰でも解けるように工夫ぐらいしてあると思うけど」
睦樹は涼しい顔で言ってのける。そういやこいつ、小坊んときから頭の回転はよかった。もしやとうにこん謎も解けちょって、知らん顔しよるだけかもしれんが。そう思うと途端に馬鹿馬鹿しく感じてきて、ついでに自分の足らん脳みそが情けなくなってくる。
「かー、やめじゃ、やめやめ。頭脳派でもねーおいには、敷居が高うて敵わんがじゃ」
「そうやってすーぐ諦める。少しは考えてみようよ」
「そうは言うが、なぁ。そうじゃ、アレ、手当たり次第花壇ば漁って」
「そんな脳筋みたいな……全く、自分から競争心煽っといて、それはどうなのさ」
「ぐ……」
つらつらとおいに説教をかましたボケ熊は、うんだのすんだの唸りながらあちこち見回し始めた。そら確かに、いの一番に諦めるんはダサいが。こういう場面で投げられる正論ほど喧しく思うもんはねえ。
「まずは色々調べてみようよ。こういうのって、観察が大事って聞くし」
「観察、ねえ」
渋々ながら、言われた通りぐるりと周囲を見回してみる。じゃが、さっき見たときと大して印象は変わらん。花壇があって、道が入り組んどって、花がそこらに咲いとって。まさか、なんじゃ、花眺めながら真昼まで待っとれってか。そんなアホらし。
テキトーに考えながら歩いていけば、一本立派に聳えた樹の辺りに辿り着く。ああでもないこうでもないと柄にもなく頭を働かせたせいか、足よりも脳みそのほうが疲れた。そこらのベンチに座り、ぼーっと付近を見渡していると、睦樹がこれ見よがしに「あ」と言う。
「この花壇、円状になってるね。ちょうどここが中央で」
「んー、ああ、まぁ、そうじゃな……」
「それにこの樹、背が高いからあっちのほうまで影が伸びてるよ」
開いた説明書を扇にして煽ぎつつ、それがなんじゃ、と口を尖らせる。やっぱこういうんは向いてねえな。若干不貞腐れながらふと説明書に目をやれば、山道の全体図が目に留まる。
「……ん」
円状の花壇の真ん中に生えた、デカい樹の図。さっきはよう見とらんかったが、改めて観察しよるとこいつ、まるで何かに似てるような。何気なく顔を上げれば、睦樹が左腕ん着けた腕時計を見据えて――。
「――時計、か」
それでようやっと、分かった。この花壇全体が、時計に見立てられとるんじゃ、と。理科の授業だかで習ったことがあるわ、花や日を使った時計がありよること。おいがそういう表情を浮かべたからか、睦樹の顔もやけに誇らしげになる。
「おい、睦樹、十二時の方角ったら」
「今九時頃のはずだから、えーと、樹の影から考えると……」
睦樹が指差した方向へ、一目散に駆ける。風に揺れる花々。鼻息を荒くして辿り着いた先には、まだ萎んだままの花があった。支柱に蔦を張って絡み付いた、白い花。プレートには『トケイソウ』とか書いちょる。
「あ、そこ、窪んだとこ」
睦樹に言われるがまま見よれば、明らかに場違いな見た目の宝箱が、花壇の端のほうに鎮座しとった。ひょいと箱を開けると、現れたのは宝石マークのスタンプ。
「おうおう、これはつまり、解けたっちゅーこっちゃな」
「流石じゃん、遊星。ね、やっぱりやってみるもんでしょ」
ニコニコしながらおいの背中を叩く睦樹。何が流石じゃボケ熊、お前が誘導しよるんを気付かんほどのアホじゃなか。おいは腹立ちの代わりに睦樹の背中を叩き返して、「さっさと次じゃ、次」と順路を急いだ。
だってそうせんと、こいつにバレちまうがじゃ。おいの口角が若干持ち上がっちょうこと。
しゃけ
2023-10-16 14:05:56 +0000 UTC