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あいつとシェアハウス 短編49

■あいつとグランピング 短夜


 言っちまったなー……なんて。満点の星空を眺めながら一人、思う。


 いや、いずれはと言うか、いつかは言おうと思ってはいたんだけど。あんなすんなり言葉が出てきたことが我ながらビックリと言うか、なんと言うか。胸のつかえが消えたのを感じているのと同時に、軽率な自分の行動を少し悔やむ。


 ホント、告白ってムズい。男女でもリスキーなのに、男同士とか尚更。難易度爆高。どれだけ好意を持っていようと、相手を思いやっていようと、その瞬間だけは一方的な感情の押し付けになる。


 言わないと伝わらない。でも、言えば伝わってしまう。まさしくジレンマってやつ。平気そうに構えてはいるけれど、吐き出してしまった言葉の行く末を気にする自分がいる。現にあれから、先輩の顔を上手く見れない。


「…………」


 先輩は、俺を警戒するだろうか。夜風に浸る脳みそが、あまりにも上手に冷えるもんだから、俺はなんだか悲しくなってしまった。でも、だって、先輩が、あんな風に自分を貶めるから。想い人が自身を腐すのなんてそんなん、見てらんないでしょ普通。


 とはいえ、警戒されたらされたで仕方ない、だとか思ってる自分もいる。これまで似たような経験は何度となくしてきた。隠すことでもないか、とあっけらかんと構えていた俺にとっては、正直目の覚めるような思いも多かったが。自分の人生を反芻しながら、空を仰ぐ。


 俺がそうだと伝えた途端、そういうのはちょっと、みたいな顔をした奴。


 自分めっちゃ理解あるよ、みたいなことを言って、根掘り葉掘り聞いてきた奴。


 言うて女を知らんだけっしょ、みたいな風に下卑た持論を述べてきた奴。


 そりゃ皆隠すよなーって、漠然と思った。言うだけで、人生に意味もなくデバフを掛けられるようなもんだから。偏見がどうとか、配慮しろだとか声高に語るつもりはないけど。分かった途端突然無礼になる奴多いもん、マジで。


 なんつーか、別に俺がどうあろうとそっちにどうでもいいじゃんね。世界に甚大な影響があるわけでもなしに。加えてもない危害に怯えて被害者面されるのもつまんないし、やたらに面白がって悪評風評好き勝手語られるのもアホくさいし。


 だからって、己を隠す気にはあまりなれなかった。黙ってたら黙ってたで、結婚だの彼女だのセックスだのって学のなさそうな話題の猛威に晒されるだけだし。つーか高校んとき、実際同級生にやられたし。俺のこと好きだっていう女の子とくっつけさせようとかなんとか、ホントしょーもなくて傍迷惑な計画。悪者にならないように最大限の配慮で以って断るこっちの身にもなってほしいったら。


 しかもその子の親が、器械体操のコーチだったってんだから始末に負えない。彼女自体はもう諦めた様子だったのに、コーチまで乗り気になっちゃって。


 練習の度にその子と二人きりにさせようとか画策してくるから、面倒になって辞めてやった。彼女はとにかく申し訳なさそうだったが、別に誰かを糾弾したいわけでもなかった。単なる不幸な巡り合わせで、よくある青春の光景が野放図と化しただけの話。


 まぁでも、辞め際、コーチに「俺はコーチのほうが好みでしたよ」とか言うのは流石に止めておいた。安っぽい悪戯心で、話を余計にややこしくする必要もなかった。


 とはいえ、とにかく。俺はそのとき思った。恋愛どうこうとか、すごく面倒だって。


「…………」


 草原に寝転がって、風を全身に浴びる。背の高い草の先が頬を撫でて、微妙にこそばゆい。星々が視界のあちこちでちらちらと輝いて、なんだか俺の胸までざわついてくる。


 先輩方はもう皆、寝静まっただろうか。田折先輩と不破先輩は散々騒いでいたせいかぐっすりで、俺が抜け出してきてることも気付いてないだろう。赤木先輩は来る途中にイビキが聞こえたし、穂積先輩と柚子原先輩はテントの中でランプを前に何やら語らっていた。


 明石先輩と宇田川先輩は、不思議と姿が見えなかったな。おもむろに起き上がり、テントのある方角を一見するが、ここはテントから少し離れた丘の上、様子を窺えるほどの距離ではなかった。暗がりの草原をぼうっと眺めるうち、勝手に気まずくなった俺は、目を伏せる。


「…………」


 明日から、どんな顔で羽柴先輩と会おうか。気にせず振る舞えばいいだけの話だけど、あの鋭い双眸がもし、俺のせいで歪むとしたら。そう考えると少し、申し訳ない気持ちにもなってくる。あの女子もこんな気分だったんだろうか。偶然抱いた気持ちが、誰かを傷つけてしまうかも、なんて。


 羽柴先輩を初めて見たのは、去年のことだった。大学の中庭で、人目も憚らず竹刀を振るその、凛々しい横顔と言ったら。ああだのこうだのと噂されながらも、堂々と己を保っているその、体躯の美しさと言ったら。


 一目惚れ、だった。のらりくらりと大学生活を送ろうとしていた俺にしてみれば、まさしく青天の霹靂と言えるような。人生においてビビッとくることって、ホントにあるんだなぁなんて思ったりして。


 だけどやっぱり、そこには障壁があった。いくら話題になっていたとはいえ、噂は噂。先輩が本当にそうであるかは不明だった。いっそマジだったらな、なんていう、あまりに自分に都合のいい妄想が一瞬脳裏を過ぎって、当時自己嫌悪に陥ったのを覚えている。


 だが俺の抱いた妄想は、異様な現実味を帯びて再び俺の前に降って湧いてきた。同性愛者向けマッチングアプリに突如現れた、先輩の近影。何の気なしに見ていただけだったのに、それが視界に入ったときはあまりの衝撃で端末をひっくり返したほどだった。


 ひょっとして、と思った。いやむしろ、天啓とさえ思った。好みの男が、自分と同じ同性愛者かもしれない。その衝動だけで、行動を起こすには十分すぎた。実際にはまぁ、早とちりに近い感じだったんだけど。


 それにしたって我ながら、とんでもないことをしている。一目惚れした相手の部活に潜り込んで、あまつさえ旅行にまで同行して。おまけに告白とかかましちゃって、もうドラマチックなんてレベルじゃないと思うんだよね。


「……しゃーないよなぁ」


「うおっ」


「えっ」


 突然背後から声がして、俺も思わずそちらを向く。すると木陰から現れたのは、明石先輩だった。驚いたような、安堵したような表情を浮かべ、溜め息をつきながらこちらへ寄ってくる。


「青嗣……か、びっくりさせんなよ」


「スンマセン、独り言が漏れてたっぽくて」


「こんなとこに誰もいると思わねえから、幽霊かと思ったわ……ったく」


 不機嫌な目をした先輩は、そう言いながら俺の隣へと腰を下ろした。見晴らしのいい、草木の香る丘。夜の静寂の中で、不意に呼吸が二人分になる。


「あー……何してたんだ、こんなところで」


「なんというかちょっと、物思いに耽ってた感じッスね、いわゆる」


「ふーん、物思い」


「非日常な雰囲気だからッスかねー、ちょっと色々考えちゃって」


「……分かるな、そういうの。俺も似たような経験あったし」


 猫の先輩は苦笑する。まるで含みのある声音が、夜風に溶けて木立の間を通りすぎていく。


「他の先輩方は、もう」


「多分皆、寝たんじゃねえかな。テント暗い上に、寝息も聞こえてたから」


「明石先輩は。てっきり俺、もう寝てるのかと」


「いや……全然。なんとなく寝つき悪くて、夜の散歩、的な」


「あ、なるほど。いいッスよね、夜の散策」


 俺の相槌に、先輩は「そうか」と鼻を鳴らした。仲がいいせいだろうか、どことなく赤木先輩と所作が似ている気もする。所在なさげに揺れる尻尾を視界の端に捉えていると、先輩の口がゆっくりと開く。


「その、旅行はどうだ。楽しめてればいいんだが」


「え、そりゃモチロン、めっちゃ楽しんでるッスよ」


「そう、か。いやほら、一人だけ後輩ってことで参加してるから」


「もうホント、全然。むしろ気遣ってもらえてありがたいッス」


 なるだけ明るく答えると、先輩は安堵した様子で息をついた。言われてみれば確かに、後輩一人だけ先輩方の旅行に弾丸参加なんて、普通はやらないもんな。そりゃ心配もされる。


「正直言うと、羽柴先輩が後輩を連れてくるって聞いたときは……驚いたっつーか」


「そうなんスか」


「泰利の話じゃあの先輩、あんま他人と関わらん感じらしいから」


「確かに。結構不愛想ッスからねー、うちの部長。しかも口下手で変に生真面目」


「はは……そらまた随分な評価だな」


「でも先輩、意外とノリいいんスよ。サウナ対決だって、無理やり付き合わせたのに」


「それで結局、優勝してたっけか。遊星も泰利もがずっと悔しがっててうるさかったわ」


「なーんか素直じゃないんスよね、部長。ホントはもっと優しいと思うんスけど」


 俺がそう言うと、不機嫌そうな猫目が瞬時に丸みを帯びた。まぁ、逆の立場だったとしても、部長のそういう評価を聞いたら俺も似たような表情になると思う。なんだか妙なことを口走ってしまったように思えて、俺の舌はもつれながら回った。


「あー、その、なんスかねー。実は色々思いやってるのに、不器用というか」


 言葉を探り探り喋りながら、月明かりに照らされた鷹の背を思い出す。距離間の掴み方に悩んでいるからこそ、ああやって、敢えて独りで。仲良くなりたいと口にすれば、それだけで済むだろうことが、あの隆々とした背中にはどれほど難しいのか。多分、俺には。


「そう……か」


 先輩はふっと呟くと、そのままの声のトーンで言った。


「きっと青嗣の目には、俺たちの知らない羽柴先輩が映ってるのかもな」


「…………」


 今度は思わず、俺のほうが目を見開いてしまった。先輩の発した言葉の意味は、多分――部活で繋がりがあるとかそういう――他愛のないものだろうけど。それでも妙に俺の中で、優しく響いてしまったから。辺りに満ちる生温くも柔らかい非日常感が、俺に口を開かせる。


「……俺、先輩のこと好きッス」


「えっ」


「他の先輩方もみんな、みーんな、大好きッス」


「え、あ、ああ、そういう……」


「だから俺……この旅行で、先輩方のこともっと知っていきたいって、思ったッス」


「…………」


 先輩は少しの間口を噤んだあと、小さく「そうか」と答えた。風が吹く。丘を駆け上がり、空へと吹き上がる。俺が無言でその行方を見上げれば、隣の明石先輩もおもむろに首を持ち上げた。静まり返った原っぱ。そこへ草の根を掻き分けて、足音がひとつ紛れ込んでくる。


「こないなとこで何しとん、自分ら」


「あ、宇田川先輩」


「お前も寝れないのか、水地」


「アホ抜かせ。トイレに起きたらお前のベッドがもぬけの殻やったから……」


「なんだ、柄にもなく心配してくれたのか」


「……きっしょ、調子乗んなやボケ猫。明日も早いんやろ、さっさと戻んぞ」


 ぶつくさ言いつつ、白黒の兎は高原の闇に溶けていく。先んじて行ってしまった宇田川先輩の背中を、明石先輩と二人苦笑いで追いかけながら俺は、新たな決意をそっと胸に抱え込んでいた。


 部長――羽柴先輩のことを、もっと知ろう、って。


あいつとシェアハウス 短編49

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