■あいつとグランピング 汗雫
「おい、ちょ、待って待って待って」
反対側の足場で、泰利が騒ぎおる。そん隣のほうじゃ、待機しおるスタッフが苦笑いでその様子を見とった。縄っこを渡り伝うアスレチック。落下防止のハーネスもつけちょるし、大した高さでも距離でもあるまいに、泰利がごっつ嫌がるんは予想外じゃ。
「やすとしー、どしたー」
おいの隣、デカい声で大智が言う。昼飯の食いすぎでさっきまで倒れてたとは思えんほどはしゃいでいるこやつは、元気そうに手を振って向こうに催促をしよる。横の猫助はいつもの呆れ顔。おいも大智に合わせてビビりの豹を煽る。
「そーじゃそーじゃ、猫助も平気じゃったぞ」
「おいこら」
「んなこと言ったってさあ……」
あれこれと喚きながら泰利は、垂れ下がった縄っこに足を掛けたり引っ込めたりを繰り返しとった。アスレチックの道中、木の壁を登ったり網を潜ったり雲梯を越えたりはノリノリでやっとったんじゃが、ここに来て急に日和ったんは正直おもろい。
「泰利、高いところ苦手だっけか」
「高いところってか、グラグラすんのが苦手ってのは前に聞いたような」
猫助と大智が不思議そうに話す。その奥、道なりの先のほうでは、若干へっぴり腰になって縄っこを恐々渡る鷹の先輩と、それを応援する睦樹と後輩――玲太言うたが、露骨にモテそうでいけ好かん陽キャじゃ――の姿が見えた。
「恐がってる泰利もいいな」
「そんなこと言ってる場合じゃねーって。だってほら、ほら、思ったより高いってだから」
「……なにをイチャついとんねん」
泰利と悟の背後、さっさとしろやと言いたげな水地が顔を出す。別の順路では自分らより遥かにちっこい子が、高台を駆けるように移動しとった。やれやれと猫助が首を振る。
「行こうぜ。なんだかんだ盛り上がってるし、悟も水地もいるし大丈夫だろ」
「そうじゃなぁ。にしても泰利がこういうの苦手なんは、ちょい意外じゃわ」
「確かに。別に安全なのになー」
大智はハーネスのベルトを握って言った。おいもへらへらと笑って、ひょいひょいと縄っこを渡り継ぐ。先を行ってた三人はハーネスつけるゾーンを越えたのか、もうその先の丸太橋の向こうのほうに小さくなっていた。後ろではイチャつく声がする。
「善ちゃん行けそう」
「急かすなっつの。これ結構体幹必要っつーか……うおっ」
「あっ……ぶねー」
縄っこに足を取られたんか、バランスを崩したらしい猫助の身体を、大智がすっと手を伸ばして支えた。おいのほうまでその揺れが伝わってくる。前から思っとったがこいつら、なんじゃカレカノみたいじゃなホンマ……。
「け、イチャつきよってからに」
「え、これってイチャついてる判定なの」
「ほれ、見てみ」
無自覚な大智のために、おいは別のアトラクションを楽しむカップルを示しちゃる。ちょうど彼女側の足が縺れたのを、彼氏側が手早くカバーしよった。大智の目が丸くなる。
「あれ、確かに……」
「……別になんでもいいだろ。いいから早く進めっつの」
妙に恥ずかしそうな猫助は、そう言って大智の背をどついた。大智のデカい図体がこっちさ迫ってきおったもんで、おいもさっさと先を急ぐ。数分もしないうちにゾーンを抜けたが、猫助が鈍臭いせいか二人は微妙にもたついていた。
「あ、遊星。流石、早いね」
スタッフに器具を外してもらってとると、丸太ゾーンを一通り回ってきた睦樹が寄ってきた。「まあなー」と得意げに笑えば、睦樹の陰から後輩狼が顔を覗かせた。
「見てたッスよ、不破先輩。すっげー体幹いいッスね」
「そうけ。大したことなかっとうが」
「いやでも、結構ムズかったッスよこのアスレ。俺もあんなスラスラ進めなかったですし」
「…………」
「体重移動というか、身体の使い方が上手いんスかねー。羨ましいッスわ、俺」
「ほ……ほーん、そうか」
この後輩、やけに褒めてきよる。正直ファーストインプレッションからモテオーラ全開だったせいかめちゃくちゃ鼻についちょう奴と思うたが、なんじゃ話が分かる奴じゃな。
「遊星、昔から体幹良かったよね。ほらあるじゃん、あの、運動会で、背中走るやつ」
「あー、あれッスか。みんなで並んで、一人が背中を駆けてくあの」
「そうそう。小学校のとき、うちのクラスは遊星が走ったんだけど、もう圧勝でさ」
「あーあー、そんなんもあったなぁ」
「運動会のあと遊星、すぐ転校しちゃったけど。うちの学校でしばらく語り草だったなあ、忍者かなんかの末裔じゃないかって噂まで出てたし」
「なんじゃそら」
苦笑するフリをしつつも、内心ほくそ笑んでしまう。なんなら顔にも多分出とる。内容は意外じゃが、褒められるんは気分がええ。腕を組んで鼻高々に構えておると、後ろから大智と猫助、水地も合流してきた。なぜか下のルートを通って、泰利と悟もやってくる。
「おう、なんじゃ、遅いぞお前ら」
「仕方ない。結局泰利、途中で降りたからな」
「だって、後ろ詰まってたし……でもああいう不安定な足場無理だし……」
「こっちも面倒やったわ。ようやく進めた思うたら、こいつらイチャついとって邪魔やし」
「別にイチャついてねえわ。単に俺が上手く進めなかっただけで」
「えー、でもさー」
「…………」
猫助にどつかれ、大智は口を閉じる。ひょっとしてこいつら、わざとやってるんと違うけ。水地の溜め息がこっちまで聞こえてくる。
「あれ、そういや先輩は」
「ああ、先輩なら休憩してくるって真ん中の噴水のところに行っちゃったッスよ」
「ちょうど皆揃ったし、一旦合流しよっか」
「ええんちゃう。わいも休憩してえわ」
「マジか。俺はまだやりたりないんだけどな」
「俺ももうちょい汗掻きたいっすね。風も気持ちいいし」
「二手に分かれるか、それなら。夕飯前にアスレチック入口集合でいいだろ」
悟の話に対し、全員が賛成した。休憩組は各々噴水広場のほうに向かって、残ったのはおいと大智、泰利と玲太だけじゃった。まぁ、割かし予想通りの面子じゃ。「んで、どうすっか」と言いかけたところで、泰利が「なあなあ」と口火を切る。
「ここさ、あるらしいんだよね……ローラー滑り台」
「えっ。ローラーって、あの」
「そう、あの。しかもマジ、結構長めのやつ」
「マジすか。そんなん聞いたらもう、気分アガるッスね」
「じゃが、なんでさっき言わなかったがか。皆で行ってもええのに」
「それがさ、そこまで結構登るから……」
そう言って泰利は人気の薄い順路を指差した。アスレチックの一部を経由して、しかもそこそこ急な坂を上って旗の下まで辿り着くルート。それですぐ、理由を察した。
「猫助も水地も嫌がりそうじゃな、あれ」
「羽柴先輩も多分行かないタイプッスね」
「楽しそうなのになぁ」
「いやでも、今はあいつらいねーから……行かね?」
「んなら、誰が一番に旗んとこまで行けるか、競争じゃな」
「お、臨むところッスよ」
「じゃ、あそこの時計が四時になったらスタートで」
ノリで提案すれば、泰利も大智も玲太も顔つきが変わる。思ったより皆乗り気らしいが、おいとしても負ける勝負はせん。それぞれ汗を拭いながら、テキトーに構えを取る。木立の間を吹き抜ける風が、煽るように背中を押しとった。おいは時計の針を凝視する――。
「――ッ」
誰より先に走り出す。緑と土くれの匂いん中を、軽快に駆けていく。相変わらず彼女はおらんが、こういうんも青春じゃな、なんて思っちまった。
黒澤 誠
2023-06-26 01:56:30 +0000 UTC