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あいつとシェアハウス 短編43

■あいつとグランピング 到着


 数時間に及ぶ長旅の疲労もそこそこに、俺たちは目的の地へと辿り着いた。キャンプ地を示す大きな看板。その脇の、小奇麗な木製のゲートを車のまま抜ければ、広々とした高原に出迎えられ俺たちは揃って感嘆の声を上げる。


 管理棟は場内手前にあり、受付などはそこで済ませるようだった。泰利と悟が代表で受付している間、棟内のソファにどっかと座った大智がおもむろにパンフレットを広げ始める。


「えーと、俺らが泊まる場所は……」


「ここじゃろ、テントの絵並んどるし」


 眠そうに欠伸をしながら遊星がそこを指差した。やけにスムーズに示してたが、予習でもしてきたんだろうか。その後ろから顔を出した睦樹がお茶を飲みながら言う。


「色々施設もあるんだってね。二泊三日だから一通り楽しめそう」


「あ、すっげー、近くにアスレチックとかあんじゃん、ほら」


 ね、と言いたげな表情で俺のほうを見てくる黒犬。まさか連れ回す気じゃねえだろうな、という眼で応じれば、大智は「あれ」という顔で尻尾の先を丸めた。やれやれと首をもたげていると、そこへ今回の旅行に電撃参加してきた謎の後輩狼――青嗣がはしゃいだ様子でやってくる。


「先輩方、あっちのほうすげーッスよ。野菜とかスパイスとかたくさん並んでて」


「あっちって、どっちじゃ」


「外のウッドデッキのほうだ」


 興奮気味の狼の背後から、険しい顔の鷹が現れる。相変わらずこの先輩は表情が掴めない。泰利によると「これがデフォ」ということらしいが……その後の「善人も大概っしょ」という台詞を思い出し、一人で勝手に腹が立ってきた。うるせえ、自覚はあるわ。


「どうやらマル……マ……なんとかいう市場があるらしい」


「マルシェっすよ、先輩」


「む……」


 嘴を噤んだ羽柴先輩は、どこか恥ずかしそうに青嗣から視線を逸らした。これだから横文字は苦手なのだ、というぼやきが小さく聞こえてくる。その一方、大智はマルシェとやらの情報をパンフから見つけ出し、隣で楽しそうに息を荒くしていた。


「すげーよ善ちゃん、ほらほら。カレーとかおやつも配ってるって」


「いって。分かった、分かったからおい、肩を叩くなっつーの」


「てか、受付終わったらみんなでちょっと見に行かないッスか。すぐそこだったんで」


「そうだね。道中で寄れるし、二人が来たらそっちに……」


 睦樹がそう言いかけたあたりで、泰利と悟が不敵な笑みを浮かべながらこっちへやってきた。泰利は手に持ったバインダーを俺たちのほうに突き出して、得意げになって笑う。


「つーわけで、無事受付完了したぜ、どうよ」


「どうよ、って言われてもな」


「んだよ善人、もっと泰利くんを褒め称えろよなー」


「いや、褒め称えろも何も、まだ受付終わっただけだろ」


「何言ってんだお前、あの旅館の悲劇を忘れたのか」


「旅館の悲劇……って、ああ」


「なんかあったんスか」


「いやーもう、ホント、それはそれは悲しい物語があってな……」


「なんじゃ、確認ガバって危うく宿泊がパーになりそうじゃったアレか」


 遊星にそっけなく言われ、途端に泰利は苦々しい顔つきになる。やっぱりそういうことか。あんとき失敗したから、無事に済んでテンションが上がってるっつーわけね。確かにあのときは、泰利も悟もこの世の終わりみたいな顔して凹んでたけど。ぶっちゃけ俺たちのほうはそんなに気にしてない。


「今回は念入りに確認したからな。何周しても泰利が安心しないせいで、俺まで寝不足」


「は、悟だって『予約完了』のメール、昨日寝る直前まで疑ってたじゃねーか」


「隣であんなに不安そうな顔されたら、俺まで気になるのは必然」


「おいおい、あくまで俺のせいかよー」


「……始まりおったな、痴話喧嘩」


 横で遊星が呆れがちに呟いたのを聞いて、なんだか俺のほうまで恥ずかしくなってきた。もしかして俺と大智のやり取りも、傍目に見ればこういう感じなんだろうか。能天気にも背伸びをする大智を一瞥し、なんだか溜め息が漏れる。


「それより二人とも、そのバインダーは」


「ん、ああ、そうそう、これな、これ」


 睦樹が問いかけると、豹も馬も我に返ってこちらに向き直る。中身はどうやら、宿泊に際しての注意事項だとか、大まかなスケジュールだとかを記した案内資料だった。口頭で内容を軽くせつめいしながら、二人はそれを俺たちに配る。


「……で、今説明したけど、各自でも読んどいてくれよな」


「ま、変なことしなけりゃ概ね大丈夫だとは思う」


「とにかく、フツーに楽しめばいいんスよね。楽しむの得意ッスよ、俺」


「使えるテント、三ブースだったっけか。ちょうど三人ずつで別れればいいのかな」


「その辺は行ってからでええじゃろ。おいは腹減った」


 遊星がそう言うと、なぜか大智の腹が鳴る。道中のサービスエリアでたらふく食ってたくせに、なんでもう腹減ってんだこいつは。


「だったら、昼からバーベキューなんてどうッスか。マルシェにも寄りますし」


「お、いーねー後輩君。その提案採用」


 やたらテンションの高い泰利。まぁ、こんだけ綺麗な景色で、これから非日常の体験に飛び込むって考えたら、そりゃ多少浮かれもするか。窓の向こうの青空と、木々の揺らめく様子を見て、俺の気分も徐々に上がってくる。


「あれ、そういや水地は」


 俺と同じく、物珍しそうにあちこち見回していた大智がそう言ったので、その場の全員が首を回した。そういえばいねえな、あの兎。管理棟まではついてきてたはずなんだが。怪訝な空気の中、鷹が思い出したように口を開く。


「彼は確か、宇田川……だったか。ここに来てすぐ、トイレに向かったように思うが」


「え、マジすかそれ。もしかして具合悪いとか」


「すまん、そこまでは……」


 周囲に心配ムードが流れ始めたあたりで、俺はふと思い出した。そういえばあいつ、修学旅行のバスん中でも青い顔してたな。世話の焼ける、と息をつく。


「酔ったんだろ、多分。あいつ弱かったからな、乗り物系」


「あー……マジか。大丈夫かな水地、様子見に行っとくか」


「いや、ぞろぞろ行くとあいつ嫌がると思うわ。俺が行くから、お前ら先に市場見てこいよ」


「あ、俺も」


「いいって」


 ついて来そうだった大智を制して、俺はトイレのほうへと歩を進めた。黙ってるっつーことは、あいつなりに気を遣ってるんだろう。全員で待っててやったらそれこそ、すごい顔で過ごされるのも目に見えてる。


 トイレの前まで来てからちらりと振り返れば、皆は外に出ていったようだった。それを確認してから再びトイレのほうを見やれば、ちょうどトイレの扉が開いて、中から白黒模様の兎が出てくる。そして俺と目が合うなり凄まじく不快そうに耳を垂らしたので、俺は先手を打って声を上げる。


「お前なぁ、調子悪いんならせめて言えよ」


「……なんや自分、わざわざ待っとったんか、気色わる」


「心配しに来てやったんだっつーの。一人でグロッキーになられても困るだろ」


「別に構わんでええやんか。つーか、様子見なら何も、自分やなくても」


「何言ってんだお前。俺が誘ったんだから、気にすんだろ普通」


 俺がそう言うと、水地は面食らったのか口を噤み、こちらをただじっと睨みつけた。余計なお世話だ、と言いたいのだろうが、意外にも水地は肩の力を落とし目を逸らす。


「ホンマ調子狂う奴……宗谷が色々言うわけやわ」


「なんか言ったか」


「言っとらんわ、なんも」


「はぁ。んで、体調は」


 それには答えず、水地は俺の脇を通り過ぎて外へ出て行ってしまった。俺まだ、皆がどこに行ったか言ってねえんだけど。夏の日差しが窓辺に零した、床の陽だまりの中を歩きながら、俺はやれやれと尻尾をうねらせた。


あいつとシェアハウス 短編43

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