■あいつとグランピング 出立
「やっほー、見えるかな」
「えー、すごいすごい。ここが道の駅なんだ」
「そうだよー。僕も寄ったのは初めてなんだけどね」
そう言って画面の向こうに手を振れば、向こうからも黄色い返事が返ってくる。海外から繋いでくれてる葵ちゃんと、別画面で機嫌良さそうに笑む秋香さん。まさかコンビニでたまに見かけてた女性と葵ちゃんが友人だったなんて、思いもしなかったけど。
「建物も綺麗だし、かなり盛況って感じじゃん。いいなー、あたしも行けばよかったかも」
「もー、アキさん。男子旅に女子が混ざるのは野暮だって、私たち遠慮したじゃないですか」
「分かってるって。行ったことないから、羨ましくてさー」
「あ、良かったら僕、ぐるっと映しますよ」
「えーちょっとちょっと、アオちゃんの彼氏、めっちゃ優しいじゃん」
「でしょ、でしょ。やっぱり私の最推しは最強なんですよねえ」
「あ、はは……なんか照れるね」
ベンチに座っていた僕はおもむろに立ち上がり、端末を持ってぐるりと周囲を映してみせる。山の中腹にある、景色の綺麗なサービスエリア。グランピング会場への行きがけにここへ立ち寄った僕たちは、旅行で浮足立った心のまま、思い思いの休憩時間を過ごしていた。
「あっちに散策用の広場もあるんだ。ここ目的で来ても良さそう」
「車はやっぱり睦樹くんの家のやつだね、今回のメンバーは九人だっけか」
「うん。なんか誘ってるうちに、結構な人数になっちゃったんだって」
「それで、その皆は」
「あ、えーと」
ここに着く前の車内での会話を思い出しつつ、僕は二人に順に説明する。大智と水地くんはトイレ。善人と悟は飲み物補給。泰利と遊星は小腹が空いたってフードを摘まみに行って、あとは確か……。
「何してるんスか、柚子原先輩」
背後からひょいと覗き込んできたのは、新顔の後輩、青嗣くん。集合場所で、皆の中にそこはかとなく漂っていた『誰だこいつ感』に物怖じせず自己紹介をし、すぐに僕たちの輪に溶け込んできた狼。
「おい青嗣、通話中にいきなり話しかけるのは失礼だろう」
「あっ、マジか。邪魔してすんません、先輩」
「ううん、大丈夫。気にしないでいいよ」
ペコペコしながら、羽柴さんと青嗣くんは建物の中へ入っていく。あまりよく知らないけれど、二人の間にはなんだか妙な空気感が流れている気がしていた。
「今の二人も旅行メンバーだっけか。ホント大所帯だなぁ」
「青春だねー」
「ところで、葵ちゃんのほうはどう」
「あ、そう、そう、それなんだけど」
近況が知りたくてそれとなく葵ちゃんに話を振ると、途端に彼女は目を輝かせて語り始めた。海外の街並みや風景の話、食事や文化の話、そして美術館の話。変なスイッチが入っちゃったらしく、もう何分も饒舌になった彼女を、アキさんが制する。
「アオちゃんストップ、ストーップ。土産話は帰国後にとっておきなって」
「あ、確かにそうですね。ごめんね睦樹くん、旅行の話そっちのけにしちゃって」
「いいんだよ、全然。むしろ楽しそうで何より」
「もうホントさ、私、あのとき睦樹くんに背中押してもらえてよかった」
満面の笑みで「ありがとね」と口にしてくれた彼女に、僕も笑顔を返す。正直なところで言えば、向こうでもし何かあったら、なんて不安が過ぎったりもしていたから、生き生きした表情が見れて嬉しかった。胸を撫で下ろしていると、僕の向かい側に誰かが座り込んだ。
「なーにニヤついとんじゃ、睦樹」
「ん、ちょっとね」
僕の返答が不満なのか、遊星は欠伸をしつつ手に持ったチップスに噛り付いた。かと思えば、無言で僕のほうにもチップスの袋を差し出してきたので、ニコニコしながら一枚受け取った。こういうところだよ、ホント。
「なんじゃ、誰かと通話か」
「あ、うん。葵ちゃんと、アキさん」
「かー、こんなとこまで来て彼女とイチャつこうっつー魂胆け」
ぶつぶつ言いながら画面を覗き込んだ遊星は、一瞬目を丸くした。見ると、画面の向こうのアキさんも同じように驚いた顔で「あっ」と声を上げた。
「遊星じゃーん、久しぶり」
「は、ちょ、アキさんてアネさんのことなんけ」
「あっはは、その呼び方、なつかしー」
混乱の行き場がなくなったのか、遊星は僕の背中をどつく。顔を見るに、「どういうこっちゃ、なんで黙ってた」と。僕だって最近知ったんだから、僕は悪くない。
「旅行来てるって聞いたときは、ひょっとしたら顔も見れるかなって思ったけど。元気そうで良かった」
「アネさんも相変わらずじゃなー。昼間っからスルメって」
「え、あっ、違うのこれ、昨日の晩のが机の上にたまたま……」
「何今更恥じらってるんですか、アキさん。さっきからお酒の空き缶見えてますし」
「ちっがーう、違うんだって。これは昨日、編集のあいつが残してったやつで」
言い訳をあれこれ並べて、アキさんは画面の前から姿を消した。奥からバタバタと音が聞こえるあたり、慌てて片付けているのだろう。クスクスという笑いが場に流れる。やがて戻ってきたアキさんは、ふうと息をついてさも冷静そうに振る舞った。
「それにしても遊星、見ない間に男前度が上がったんじゃない」
「お、そうけ。最近筋トレきばっとうかんな、やっぱオーラが出よるか」
「何言ってんの、さっき後輩の狼くんに『あいつモテそう』って嫉妬丸出しだったのに」
「はー、おま、なんで水を差すがじゃ。これじゃから彼女持ちは」
「そうだよ睦樹くん、親友には優しくしないと」
「ほーれ、大事な彼女も言っとるぞ」
「う……」
「こらこら、遊星も。いい男はそんな振る舞いしないぞー」
「ぐ……」
二人揃って黙り込めば、画面越しに二人は笑う。それでなんとなくおかしくなって、僕と遊星も顔を見合わせて口角を上げた。人混み、熱気、澄んだ景色、夏の匂い。子供のはしゃぐ声に混じって、四人分の笑い声が空に溶ける。
「あ、やば、私そろそろ教授のとこに行かなきゃ」
「あたしも。いい加減仕事しないと、あの鹿になんか言われそうだし」
「ありがとね、睦樹くん。わざわざ時間作ってくれて」
「そんな。僕のほうこそ、ビデオ通話の提案ありがとう」
「なんじゃ残念、もう終いか」
遊星は口を尖らせて、またひとつチップスを咥えた。最後の一枚だったらしく、横でぐしゃりと袋を潰す音を聞いて、不意に物寂しさが頬を掠める。お開きの挨拶がなかなか思いつかないでいると、何か言いたそうだったアキさんが声を上げる。
「ところで……善人と大智、なんだけど」
「あいつらならさっき、券売機の前で騒いどったが。食いすぎだとか、予算オーバーとかなんとか、キレた猫助が大智の財布強奪しとったな」
「……そ。相変わらず元気そうで安心したわ、はは」
「なしたアネさん、あいつらと話したいんけ。したら呼んできちゃるが」
「いや、大丈夫。今度自分で会いに行くから」
微笑みながらそう言うと、またねと告げてアキさんは通話から落ちていった。それに続くように、葵ちゃんもこちらに手を振って通話を切る。暗くなった画面に映る熊と猿の耳先を、山風が颯爽と撫ぜていく。
「……さ、そろそろ出発しないと」
「そうじゃな。さっさと行かんと、奴らいつまでも休憩しそうじゃし」
立ち上がって、遊星と一緒に皆を探しにいく。暑い日差し、爽やかに抜ける風、緑の香りと木々のざわめき。僕たちの卒業旅行はまだ、始まったばかりだ。