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あいつとシェアハウス 短編31

■一路青年の当惑


 青嗣玲太という狼は、名前の涼やかさとは裏腹に、真夏に我が物顔で咲き誇る満面の太陽のような奴だった。部活動終了後の部室の中、青嗣を中心に盛り上がる部員らの輪を横目に、自分のロッカーを開けながら溜め息をつく。


 唐突に入部を希望したあの日から一ヶ月で、我が部の雰囲気はまさしく一変した。早朝練習にだってちらほら部員が参加するようになった上、普段の部活動ですらこうして和気藹々とした空気感が漂うようになっていた。


「はえー、竹刀って結構重いんスね」


 入部を告げた翌日、試しにと渡した竹刀を器用に振りながらそう言った彼の笑みを思い出す。初めの内はその覇気のなさに心配こそ覚えたが、その後開いた模擬試合でそれなりに戦える部員相手に奴が一本を取った瞬間、杞憂という言葉の意味を思い知った。


 生意気な初心者を討ってやろう、少し稽古をつけてやろう、などと、これまで大半の部員らが彼を打倒しようと躍起になっていたが、その悉くが見事な下剋上に遭った。その体捌きには舌を巻くほかなく、俺ですら剣道一家としての血が疼くほどだった。


 加えて彼は、人当たりがとびきり良かった。話術に長け、話題も豊富で、陰気なことは言わず態度にも出さず、ただひたすら善性で出来上がっているような。世間一般で言われる“陽キャ”という生物であることは、俗物に疎い俺でも分かった。


 一ヶ月もすると、彼は部活の要となる存在にまでのし上がっていた。部員らと等しく仲が良く、普段厭味ったらしい奴らですら彼を悪く言うことはない。本当に稀有な奴が来たものだ、と、汗を拭きながら一人思う。


 横の輪は、飲み会やらカラオケやらの話で花盛りだった。以前の俺であれば、こうした浮ついた空気を締めていたのだろうが。今ではこうした状況のほうが部の空気としては健全であると俺は知っている。


 そして俺自身は、こうした空気に紛れることがあまり得意ではないことも。

とはいえそれを察されているのか、あるいは単に煙たがられているのか。そういった娯楽系の話に、俺が誘われることはない。気を遣われているというのは、どこか気楽でもあり不甲斐なくもあった。


 着替える前にトイレへ向かい、戻ってくると室内は閑散としていた。先ほどの歓談の勢いのまま、すぐに帰ってしまったらしい。以前なら着替えも片付けもだらだらとしていたものだったが、随分と変わるものだな。


 半ば呆れながら着替え始めようとしたところで、背後に気配を感じた。咄嗟に振り返り、脇に置いてあった竹刀を無意識に掴んだ途端、その影は申し訳なさそうに出てきた。


「すんません、部長。襲おうとか、そういうのは思ってないんで、その」


「……青嗣か、驚かすな」


 ひとまず竹刀を置き直し、何か言いたげな狼に向き直った。あいつとも宗谷とも違う視線が、俺のほうへ向けられる。


「いいのか。先ほどの様子からするに、どこかへ行く風だったようだが」


「ああ、いいんスよそっちは。俺にはこっちのが大事だったんで、へへ」


「こっち、とは。なんだ、俺に用でもあるのか」


「まあ、そッスね。話したいことがあったんで、ずっと」


 ずっと、という言い方に引っ掛かりを覚えるが、その違和感は上手く言葉になりそうもなかった。怪訝を露わにする俺に対し、おもむろに端末を取り出した青嗣は、とある画面を表示させこちらに突きつける。


「……ッ」


 思わず声を上げそうになった。忘れもしない、先日白虎の先輩から見せられた、例のなりすましアカウント。予想外の代物の登場で、俺は己でもはっきり知覚できるほど狼狽する。


「偶然見つけたんスけどこれ、部長ッスか」


「い……いや、違う。それは俺ではない」


 どうにか冷静さを振り絞り、返答する。青嗣は多少なりとも悩む素振りを見せたが、すぐさま納得した様子で端末を仕舞った。


「じゃあやっぱ、なりすましってことッスよねぇ。すんません、変なこと訊いて」


 そう言って、ただ笑顔を浮かべる狼。あの画面を見せてきたということは、青嗣も例のアプリを知っているということに他ならない。ほぼ確信に近い疑問は、静かに口から転げ出る。


「……ゲイ、なのか、青嗣」


 己が出した言葉が、己の頼りない背中にのしかかっていく。“ゲイ”という単語はどうしてこうも、物々しい響きに感じられるのか。言い出した己とは裏腹に、目の前の狼は面映ゆそうな表情になって言う。


「そうッスよ、へへ」


「…………」


「隠してないんスけど、いざ話してみるとやっぱちょっと照れ臭いッスね、なんか」


 どうにもあっけらかんとした態度に、俺としても押し黙るしかなかった。あの狼にしても、青嗣にしても、なんなのだ、本当に。まるでこれでは、息が詰まるほどの悩みを抱えて歩いていた己のほうが阿呆のようではないか。


「そんで、部長はどうなんスか。ちょっと前までそういう噂流れてたんで、訊くのアレかもしんないッスけど」


「え……いや、俺は……」


「あーまぁ、そうッスよねぇ。すんませんホント、変な話ばっかりして」


 部長もいつか飲みに行きましょー、とだけ言い残し、青嗣は部室を出ていった。再びがらんとしてしまった室内に、咄嗟に嘘をついてしまった己の浅はかさだけが宙ぶらりんとしていた。


あいつとシェアハウス 短編31

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