■夏前アベック
「あっちー」
ランニング姿の大智は扇風機の前で寝っ転がりながら、頻りに暑さを口にする。まだ梅雨時期が終わったばかりだというのに。今の段階でこれじゃ先が思いやられる。夏真っ盛りにでもなったらどうするつもりなんだか。
「ねー、エアコンつけようよ善ちゃん、エアコン」
「まだ六月だぞ、何言ってんだ。扇風機で我慢しろ」
「しゃーねーじゃんかー、俺まだ夏毛になってねーしさー」
扇風機の風圧だけでは足りないらしく、大智はうちわを振り回し始める。おかげで部屋の中が汗臭い。正直やめてほしいんだが……色んな意味で。
「いいからほら、飯できたぞ」
どうにか平常心を保ち、テーブルに皿を二つ並べる。今日は大智が喧しいので冷やし中華にした。脇に氷入りの麦茶のグラスを置けば、見た目ぐらいは結構涼やかになる。
「やった、腹ぺこぺこ」
「……ったくお前、キッチン立ってる俺のほうが暑いんだぞ」
「代わりに買い出しは俺が行ったからいーじゃんか」
まぁそうだな、と返事をして、俺たちは椅子に座る。カーテンが扇風機の風で揺れ、外の太陽がちらちらと顔を出す。額に出た汗が、短くなった毛の間を通って輪郭を伝う。飛びつくように麦茶を飲み干す大智の飲みっぷりを見て、俺はちょっと笑った。
「ん、なんで笑ってんだよ善ちゃん」
「別にー」
適当にはぐらかして箸を持てば、大智も釣られるように箸を持った。いただきます、と二人分の声が部屋に響く。そのまま即座に、手際よく具材を混ぜた大智は、大口を開けて麺を啜る。
「うんめ、やっぱ善ちゃんの飯だな」
「へーへー」
もう歴代幾度目かのお褒めの言葉を頂戴し、俺も皿に手を付けた。細切りの卵ときゅうりを少々摘まみ、同じく麺を啜る。
「あれ、善ちゃん混ぜない派なん」
「ん、ああ。せっかく綺麗に盛り付けたしな」
「え、あ……ごめん……」
なぜか萎れて箸が進まなくなる大智。一瞬何の謝罪かと思ったが、すぐに手元で混ぜこぜにされた冷やし中華のせいだと気付いた。ああ、なんだこいつ、そんなことでそんな。気付いた途端おかしさが込み上げてきて、それを見た大智がまた困惑する。
「掻き混ぜたからって、今更そんなんで怒るわけねえだろ」
「そうだけどさあ」
「美味いんだろ」
「そりゃもちろん」
「なら良し」
さっさと言いくるめてまた麺を啜れば、目を丸めていた大智も段々と笑みを浮かべていく。就活に卒業論文、その他諸々で忙しない日常の中で、久々に二人でゆったり味わう休日の昼下がり。
それから十分もしないうちに、大智は飯を食べ終わる。相変わらず早食いで大食漢だな、ホント。俺の分よりかなり多めに盛り付けたはずなんだが。いつもながら感心する。
「ごっそさん」
「はいよ」
食べ終えた食器を下げた大智は、颯爽と扇風機の前へ舞い戻り、またそこを陣取る。さっきよりは大分涼しそうな横顔。それを見ながら俺は、冷たい麦茶を煽る。
「今日はなんかする、善ちゃん」
「いや、たまには家でゆっくりってのもいいだろ」
「確かに。最近色々とダルかったし」
「ここんとこ毎日早起きだったもんな、お前」
「それなー。面接朝早くにやるの、マジでやめてほしい」
「そうだな」
「そっちはどう、善ちゃん」
「まぁ、そこそこ」
「そっか」
無駄にデカい大智の背中を見つめ、ふと目を細める。俺たちはあまり就職関係の話をしていなかった。多分考えてしまうんだ、卒業後のことを。
一緒だった、ずっと。でも就職ともなれば、そうも言っていられない。場合によっては、あっちとこっちで離れ離れなんてこともあり得る。ようやく想い合えたってのに、運命の神様なんてのは悉く気まぐれらしい。勝手に引っ付けておきながら、全く。
泰利と悟みたいに、同じ企業に入るなんて妙技もあるにはあるものの。正直大智の働きぶりを間近で見るのは気が引けるし。それに、同僚同士で一緒に暮らしてるなんて知れたら、会社中の噂の的だし。そういうのは御免だ、もう。
「あっちー」
「暑いな、ホント」
「善ちゃんもこっち来て涼みなよ、ほらほら」
食器を片付け、言われた通り大智の側へ寄る。暑いなんて言うくせに、しれっと肩を寄せてくれるその行動が嬉しくて。俺はまた卒業後のことを考えてしまった。
黒澤 誠
2022-06-10 00:45:20 +0000 UTC戒厳(水)
2022-06-10 00:08:25 +0000 UTCウート
2022-06-09 22:17:20 +0000 UTC