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あいつとシェアハウス 短編19

■Time Goes By


「ゆーせー、なんかやってや」


「あれ、ほら、おもれーやつ」


「……ったく、しょーがねぇなーっ」


 休み時間の、和気藹々とした空気の中。幼い猿は、暇を持て余したクラスメートにせっつかれるまま、教壇に上がって精一杯ふざけよる。


 この学校に来て、まだ数ヶ月。馬鹿をやるのはそんな得意でねえが、おいもガキんちょながら必死じゃった。転校先で友達を作るには、それぐらいしか方法がなかったんじゃから。


 じゃが、それが板に付いちまった頃。おいはすっかり周囲の雑なフリに辟易してた。あいつら、とりあえずおいに振っときゃいいと思いやがって。場を盛り上げるのがどんだけ大変か、分かっちゃねえんじゃ。


「おいおいおーい、おまんら何しちょるんじゃ」


 まぁ、そんでも。そういうんを蹴散らしてくれる奴が、一人いたんじゃけどな。




     ◆




 いつだったかの、ある日。まともな服を探そうと部屋を漁っとったら、埃の被った卒アルが出てきおった。何の気なしにパラパラと捲りゃ、とある顔が目に留まる。


 小中んときの記憶はあんまねえ。なんつーか、大して大事でもねーから、さっさと忘れちまったって言うべきなんじゃろか。


 んでも、縮んじまった記憶の中にだって、残ってる奴はおる。


「……橋谷、流星」


 あいつは、まぁそういう奴じゃった。野球部の、エースでキャプテン。ポジションはセンターで、構えても投げても走っても様になるような男。


 部活も同じ、クラスも同じ、種族だって同じじゃったのに、おいとはえらい違いじゃった。いるんよな、何やっても映えるような輩って。そのくせ、転校してきたばっかのおいに、真っ先に話し掛けてくるような。


 ほんで、そっから、結構仲良うなって。放課後も寄り道したりとか、うちでゲームしたりとか、よう遊んだ。卒業後にまた親が転勤になっちまって、急だったもんで連絡先も伝えられんで、そいつとはそれっきりじゃったけど。


 その流星と、こん前。街のほうに出はったとき、偶然再会したんじゃ。


「お、お、ちょ、遊星、遊星じゃねーか」


「おろ、お前……流星か?」


 ほぼ十年ぶりに会うたそいつは、背も伸びてめっさ垢抜けておった。やたら高価そうな服やらアクセやらを身につけとって、毛並も美容室でやってもらったんかってぐらい綺麗に刈り揃えられとって。ジャージにぼさぼさ頭のおいとは、いかにも対照的じゃった。


「うわなっつ、めっちゃ久々じゃんね」


「え……ああ、まぁ、そうじゃな」


「え、ちょ、今度ゆっくり話そうぜ。連絡先渡すからさ」


「お、おう」


 見るからにイケイケな見た目とオーラに呆気に取られるこっちを尻目に、向こうは慣れた様子で連絡先を交換してくる。表示されたメッセージアプリのアイコンには、白い背景に腕組みの流星本人が映っていて。


「じゃ俺、この後予定あっから。忙しなくてわりぃな」


「そんなめかしこみよって、さてはデートじゃろ」


「あ、やっぱバレっか。車でドライブしたあと、ホテルでディナーなんだわ、へへ」


 じゃあな、と軽快に手を振った流星は、呼び止める間も作らせんまま走り去っていく。人混みに紛れてても、体格の良くて精悍な背中は十分目立って、暗うなってく空ん下でも妙に輝いて見えよった。


「……えらい違いやなぁ、ほんま」


 け、と小さくぼやき、修理に出し終えていた靴の入った袋を後ろ手に提げて、猫背のままふらふらと帰った。道すがら、ポンと鳴った軽快な通知音に、少しだけ聞こえないフリをしながら。


 んで、そっから一週間経った、今日。おいはあいつに誘われ、着慣れない衣服に身を包み、街へと繰り出した。




     ◆




「おー、遊星。ここだ、ここ」


 街角の小洒落た喫茶店に入ると、窓際のテーブル席に座った流星が、人目も憚らずこっちに手を振ってきおった。おいに大声で呼ばれたときの猫助もこんな気分なんじゃろか、などと思いながら、くたびれた白のトレーナーに首を埋めそいつの向かいへ座る。


「うわー、マジで遊星じゃん。変わってねーなぁ全然」


 流星は昔と同じくらい快活に笑った。久しい友達との邂逅に、正直面食らっていたところはあるんじゃが、それを見て変な緊張も解ける。


「そっちもな。つってもお前、身なりは全然別人みてえじゃけど」


 先日見た服とはまた別の、これまた高そうな黒い服。ファッションなんざなんら分からんが、明らかにそこらの店に並んじゃいねー雰囲気のものだってぐらいは分かる。


「そうだろー。高かったんだぜ、これ」


 途端、あ、と声を上げた流星は、メニュー表をこっちに差し出して「お前もなんか頼めよ」と言いよる。お前も、ということは、こいつはもう何か頼んだ後なんじゃろか。こん店、明らかに上品そうな気配漂っとるし、ぶっちゃけ気が進まんのじゃが。


「……げぇ」


 恐々メニュー表を開いて、一目、思わず声が出る。予想以上にけったいな値段しよるんじゃが、こん店。ジュース飲むだけで牛丼二杯は食えるわ。流石にそんな無駄遣いはしようねえ。一頻り悩んだ後、「おいは水でええわ……」と小さく呟く。


「いいのか? ここ、かなり美味いんだぜ。ジュースも有機栽培された果物を、店で搾って出してくれるし」


「いやー……まぁ、そんな金ねぇし」


「奢るって」


「は」


「だから、奢るって。わざわざ来てくれたし、そのつもりでこの店来たし」


「お、おう……そうか」


「そーそー、遠慮すんなって」


 飄々と語る流星。まぁ、見た感じ結構金持ってるようじゃし、ジュース一杯ぐらいなら甘えてもいいじゃろか。そうは思ったものの、なんだかんだ日和ったおいは、なるたけ安めのものをなぜか照れ混じりに注文する。


「にしても、マジで卒業以来だな。気付いたらいなくなってたから、正直ビビったんだぜ俺」


「悪かったな。あんときはタイミングが悪うて……」


「まあ、元気そうでよかったわー。やっぱ相方としては、流石に気になってたしな」


「…………」


 “相方”と呼ばれ、なんじゃ不意を突かれたような気分になったが、反面嬉しさも込み上げてきた。順調に人生歩んでそうなこいつからすりゃ、大昔の他愛ない思い出じゃろうに。


「……よう覚えてんなー、お前」


「『スタンダード・スター』。忘れるわけねーじゃん」


 高らかに笑う流星を見て、おいは殊更面映ゆくなって額を掻く。ガキの頃考えた名前をこうやって臆面もなく出されっと、言葉にしづらい恥ずかしさがある。


 要するに、こいつとは同級生だった頃、お笑いコンビみてぇなものを組んでいた。つーか正確に言や、こいつに半ば強制的に組まされたんじゃが。


 確か、おいが無茶ぶりされて焦ってっところに、颯爽と登場してテキトーに合いの手を入れてきたのが最初じゃったか。これが思いの外クラスメートには好評で。後は乗せられるままコンビ名を考えたのが始まりじゃった。


 『スタンダード・スター』、通称『スタスタ』。どっちも名前に“星”が付きよるから、略したときの響きをこれにしようぜ、とかなんとか言うた覚えがなくもない。


「楽しかったよな、ホント。放課後にネタ考えたりして」


「ほとんど人気芸人のパクリみたいなもんじゃったがな」


「わはは。そんでも野球部じゃ鉄板だったろ」


「……そうじゃなぁ」


 氷の浮いたお冷を眺めながら、それなりに褪せちまった記憶をあちこち掘り返す。頻りに「懐かしいな」「あいつらも元気してっかな」なんて言葉を繰り返しよる流星を傍目に、おいのほうは若干気まずかった。


 実を言うとうろ覚えじゃ、野球部の連中も、クラスメートも、担任もコーチも。もうかなり前の話じゃから、とか。言うても半年ぐらいしか一緒におらんかったから、とか。あれこれ言い訳めいたもんはひっきりなしに浮かんできよるが。


「でもマジ、安心したわ。遊星が変わってなくて」


「何べん言うんじゃ、お前」


 合わせる愛想笑いと相槌の種類がそろそろ尽きそうじゃ、といったところで、体よく店員が飲み物を運んでくる。おいと同年代ぐらいの、垂れ耳で犬種族の女性店員。彼女は去り際に流星のほうをチラ見すると、小さく手を振ってみせた。それを見て、思わず口が開く。


「おい、なんじゃ今の」


「ん、ああ。同じ大学のサークル仲間なんだ。ここでバイトしてんのさ」


「ほーん、そうけ」


「俺の彼女と結構仲良くて。何人かで海外旅行したこともあったっけな」


「海外……」


「先輩に勧められてさー、価値観変わるぜとかなんとか。まぁ、見分は広がったかもな」


 香りのキツいコーヒーを得意げに飲み干し、流星は切れ長の細い眼を更に細くして笑った。おもむろに口に含んだ氷がやたら冷たい。窓の外から差し込んでくる光が全部、なんだかあいつのために注がれてるみたいじゃった。


「そんよか、流星」


「ん?」


「なんつーか、フツーじゃな、喋り方」


「ああ、これか。その先輩に言われたんだよな、ビジネスに邪魔だから直しとけって」


「ビジネス?」


「大学在学中に起業した先輩がいて、誘われたんだよ。お前も一枚噛まないか、って」


 なんじゃ妙な言い回しをしよる先輩じゃな、と思うも、ジュースを飲むフリをして閉口する。大学生活がきらきらぴかぴかしとる奴らの思考回路なんざ、分かるはずもない。


「まーなんか、今んとこは事務作業ばっかだけど。そのうち営業とかにも連れてってもらえるらしいからな。金払いもいいし、そのまま就職もアリかなー、なんて」


「そんなけったいな事業なんか」


「なんか訪問介護……とか言ってたな。詳しい話は後でしてくれるっぽいんだけど」


「…………」


「俺、おじいちゃんっ子だったし。じじばばの役に立てるんならいいかなって」


 ジュースを飲む速度が上がる。正直おいは爽やかな性格しとらんから、目の前で語られる社会貢献めいた話がどうにも疑わしくてかなわん。果たして訪問介護で、それも出来たばかりの会社で、一大学生が羽振りよく振る舞えるほどの金が手に入るとは思えんのじゃが。


「この服もさ、それなりの格好してねーとダメだって先輩が言うから」


「……そうけ」


 かといって、それをこいつに述べてどうする。久々に会っただけの元同級生の違和感なんかより、きらきらしとるじゃろう先輩のほうに傾倒するんは目に見えとる。


「あ、そうだ」


 勝手に気まずさを抱え視線を泳がせていると、流星が前のめりになって言う。


「遊星もやらねーか、この仕事」


「は、はあ?」


「やっぱ気が合う奴がいたほうが嬉しいしさ。先輩も他の人も最近は仕事振るときぐらいしか連絡くれねーし」


「……冗談じゃろ」


 不信感が堪らず声に出る。途端に萎んだ表情になった流星を見て、慌てて口角を上げる。


「いやな、おいみてーのがいてもしょうがねぇじゃろ。別に仕事できるわけじゃねーし」


「そんなこと言うなよ」


「変な訛りじゃし、田舎くせーし。普段着がジャージの童貞にゃ荷が重いっつーかよ」


「だから……そんなこと言うなって」


「……すまん」


 なぜかあまりにも流星がしょぼくれるから、思わずこっちが謝っちまった。数十秒ほど会話が途切れるも、頼みの綱だったジュースはもう底をついとった。結局味もろくに分からんまま飲み干しちまったな。


「……とにかく、おいには勿体ねー話じゃ」


「……悪い、変な話して」


 そりゃ断るよな、と小声で口添えして、流星はコーヒーについてきた掻き回し棒を触り始める。その癖も全然変わっとらんかった。落ち着かんくなると、手元の物を弄り出す癖。


「無理しとんか、流星」


「……そうじゃな」


 小声ながら聞こえる、懐かしい訛り。刹那、憑き物でも落ちたかのような目になって、流星は語り出す。


「わし、多分、ずっとキツかったんじゃ。みんなはイケちょるわしが好きじゃったし。じゃからわしも、そういう風になったろ思うて」


「…………」


「えらいカッケー先輩に目ェ掛けてもろて、すんげーようしてもらっちょったがよ、仕事始まってからなんじゃ変な感じしてて」


「流星……」


「気のせいじゃろって誤魔化しとううちに、後戻りできんくなってな。それに、わしがもろうてた金がヤバいもんじゃったら……とか思うと、笑えんくて」


 途端、チリンと鈴の音が鳴って、じじばば数人のグループが店内に入ってくる。それを見て、流星の顔は一層翳りを帯びていく。


「……死んだじっちゃんに顔向けできんがじゃ、こりゃ」


「…………」


 光のない、萎びた顔。あの流星がこんなんになっとることが無性に腹立たしくて、おいは机の下であいつの足を蹴り飛ばす。


「いって」


「はー、だっせぇ。だっせぇわ、ほんま」


「ゆ、遊星……?」


「こんな奴とコンビ組んでらったとか、顔から火ぃ出そうじゃわ」


「…………」


「おいにとって、流星はめちゃくちゃイケてるカッケェ男じゃったんに。知らん間に見てくればっかの虚勢っぱりになっちまって」


 さっきまでと打って変わり、今度は流星のほうが気まずそうに目線を落とす。窓からの光がいつの間にか細くなって、机の周りが影がちになる。


「……『スタスタ』は二つ星じゃろ。勝手に空から落ちてんじゃねぇ、あほんだら」


「……っ」


 一気に吐き捨てて、流星の口が動く前に立ち上がる。そんで、財布から札を取り出して「釣りは要らん」と机に叩きつけた。立ち去ろうとした背後から、あいつの気張った声が聞こえる。


「遊星……ッ」


「…………」


「また……会うてくれるじゃろか」


「……さあな。“外も中もカッケェ相方”になら、会うてやってもええかもな」


 返事は聞かず、そのまま店を出た。無数の人通りに紛れながら、我ながらクサい台詞を吐いたな、なんて、むず痒さに思わず背中を掻いた。




     ◆




「へえー、昔の友達と会ったんだ」


 そっから一週間後。事の顛末を聞いた睦樹の、興味のなさそうな返事を聞きながら、おいは大学の食堂で朝飯代わりのカップ麺を啜っていた。無論、ジャージで。


「にしても『スタスタ』かぁ。遊星も意外とはっちゃけてる時代あったんだねー」


「うっせ、やかましいわ」


 流石に話しすぎじゃったか、と八つ当たりにスープを飲み干していると、食堂で垂れ流しになっとるニュースに速報が入ったらしい。女子アナの真剣そうな声がテレビからしよる。


「詐欺グループ逮捕、だって」


 何の気なしにテロップを読んだ睦樹に釣られ、おいも画面のほうを見上げた。介護に託けて、老人宅から現金やら金品やらを盗んでいた奴らの元締めが、敢えなくお縄についた、と。加担させられていた大学生数人からも事情を聞いている……と。


「……やりおったな、あいつ」


「え?」


「いんや、こっちの話じゃ」


 空になったカップ麺に箸を突っ込んで、おいは満足げにメッセージアプリを開く。数日前、あいつのアイコンがただの☆の絵文字になっちょったが、そういう意味じゃったんか。


「なんかご機嫌だね、遊星」


「まあな」


 ひっひと笑って、端末をポケットに仕舞った。あいつのことじゃから、多分罪を償おうとするじゃろうが。次に連絡が来たときにゃ、約束を果たしてやらんとじゃな。


あいつとシェアハウス 短編19

Comments

最高です、、最高でした、、、ありがとうございます、、最高でした、、

戌咬音カンヌキ


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