NokiMo
hinaga
hinaga

fanbox


あいつとシェアハウス 短編18

■明石善人の朝


「…………」


 あの運命の夜から早数ヶ月。大智と一緒に寝るようになってから、俺にはひとつ、気付いたことがある。


「…………」


 早朝。ベッドの中で寝起きの頭を懸命にフル稼働させながら、必死に素数を数え続ける。ベタベタのベタだが、結局こういう単純なものが一番効くのだ。要するに、それをしなきゃないぐらいに俺の余裕は現在進行形で奪われているのだが。


「…………」


 下腹部、へそのちょうどすぐ下、鼠径部に沿うように。そこに、明らかに他人の温もりがある。大きくてゴツい、雄々しさに満ちた少し汗ばんだ手が、俺のパンツの中でもぞもぞと寝惚けたように蠢いている。


「…………」


 つまり、だ。大智には抱き癖のほかに、下着に手を突っ込んで寝る癖があったらしい。普段は自己完結できているのだが、たまにこういう事故が起きる。どうやら寝てる間に手を入れているようなのだ。自分のじゃなく、俺のほうに。


「…………」


 寸でのところで、ブツへの接触こそ避けられてはいるが。流石に朝起きてモノのすぐ近くに大智の指先があると心臓に悪い。下手に身動きを取ろうものなら、ぶつかる。接触事故を起こす。ついでに理性も飛ぶ。


「…………」


 まぁ別に、本来ならそうなってもいいんだろうが。俺たち付き合ってるわけだし。好き同士で添い寝とか実質合意だと思うし。いつかはそういうこともするんだろうし。つーかそう思ってるからこそ、焦りながらも大智の腕から抜け出そうとしないんだし。


「…………」


 なんなら正直、いっそ触ってきてくれりゃあなとすら思う。


 だって俺からは、手を出しづらい。こいつがどう思ってるのかよく分からない上に、ぶっちゃけ俺たちの関係性はそこらのカップルとなんか違う。なんならこれまでとそんな変わってねえんじゃ、とか思わなくもない。


 ……それに、向こうから触ってきてもらいたいっていう欲もある。仮に俺のほうからアプローチをかけたとして、こいつは十中八九拒否しないだろう。そんで、喜んで俺の欲求に応じるだろう。“善ちゃんが望むならいいよ”、と誇らしげな顔で。


「…………」


 汗ばんだ手を掴んで退け、寝不足で重たい身体を器用に捩り、大智の緩い拘束から抜け出す。カーテンの裾野から漏れる朝日が、ベッドの上で壁に寄りかかる俺の背中をじんわりと温める。


「…………」


 視界に映る、健やかな寝顔。鼻先をくすぐる、あいつの匂い。退けたばかりなのに、いつの間にか握ってしまう大きな手。止まない火照りと、燻ぶったままの熱。


「…………」


 何かに期待するかのように、あいつの指を撫でる。柔く握り返してくる寝惚けた手が、俺の掌で微かに動く。まるで、さっきまでと同じような手つきで。


「…………」


 ああ、幸せだ、幸せ。疑いようもないぐらい優しくて、甘酸っぱい。そのはずなんだ、ああ、そのはず……うん。


「…………」


 贅沢な悩みだ、ホント。こんなにも恵まれてるってのに、より深く大きなものを望もうだなんて。


「…………」


 黒い身体が寝返りを打つ。一瞬手が離れ、でもすぐに舞い戻ってくる。二人で寝るには狭いベッドの上で、俺たちは器用に身を寄せ合いながら、この穏やかな時間を貪る。


「……いいよな」


 寝息が僅かに鎮まった瞬間、思わず口から声が零れた。寝不足のぼやけた脳裏は、浮かんだ言葉をそのまま垂れ流す。


「俺、もう少し待っててもいいよな」


「…………」


 当然と言えば当然だが、こいつは答えない。代わりに小さないびきを上げながら、また寝返りを打って、俺の手を握り直してくる。


「…………」


 でも、ただそれだけが、やっぱり俺にはどうにも嬉しくて。


「……なるべく早く頼むぜ、大智」


 返事は相変わらずなかったが、ぼさぼさの尻尾が微かに揺れた気がした。


あいつとシェアハウス 短編18

Related Creators