■いつかのクリスマス
「それじゃ留守番、お願いねー」
「はいはい」
「ケーキは冷蔵庫の中にあるからね。あと玄関にはちゃんと鍵を掛けて、もし雨が降ったら雨戸を閉めて、それから」
「あー、もう、分かった、分かったっつーの」
随分とめかしこんだ母親二人を半ば強引に押し出し、大智は呆れがちに戸口を施錠する。まぁ無理もない、家を出るまでの十数分で、既に何度も同じ話を繰り返されているのだ。大智じゃなくたってうんざりする。
十二月二十四日。世間的にはクリスマスイブなんて称されるこの日、俺は赤木家にお邪魔していた。原因は一週間ほど前、俺たちが高校二年目の冬休みに突入した頃、互いの母宛てに届いた一通のメッセージ。
「……昔の友達とクリスマスパーティーだってんなら、早く行きゃいいのに」
リビングに戻るなり肩を落とす大智を横目に、机の上のクッキーをひとつ摘まむ。いつものことながら生憎、同情はしても共感はしてやれそうにない。うちなんか一言、「よろしく」と言われた程度だし。
「んで、どうするよ」
「つってもまだ五時だもんな」
大智はクッキーを二、三枚掴むと、それを一気に頬張りながら窓のほうを見た。外は薄墨を塗りたくったような寒空。冬にもなればやはり、陽が落ちるのも早いようだ。鼻から息を吐きつつ、ソファから立ち上がって分厚いカーテンを閉める。
「夕飯には早いしなぁ」
そう言いつつも、大智はクッキーを絶えず摘まみ続けている。相変わらず胃の容量がデカい奴だ。この様子じゃ、早かろうがなんだろうが、出したら出したで食えるだろうに。
「かと言って今からケーキってのも」
「……お前は食うことしか考えてねえのか」
「だって冬ってお腹空くじゃん」
だってと言われても何も分からんが、どうやらこいつ、今は食べ物のこと以外頭にないらしい。こうして喋ってる合間にも、山盛りだったクッキーがゴリゴリと減っていく。ついさっきスナック菓子を一袋空けていたと思うんだが、どんだけ食うんだ。
「とりあえずゲームでもするか、暇だし」
何の気なしに提案したところで、先日己がしでかした所業を思い出す。珍しく大智が自分で買ってきたゲームをやろうというから、まぁ付き合ってやるかぐらいの気持ちで乗じたのだが、つい楽しくなってボコボコにしてしまったのだ。
「えー、善ちゃんつえーからなー」
そう言いつつも、その大きな手はコントローラーに伸びる。忘れているのか、それとも気にしていないのか。あまりに態度が素直すぎて、微妙に判断がつかない。
「ほい、善ちゃん」
「あ、いや……」
とぼけた顔でもうひとつのコントローラーを差し出され、俺の気は殊更引けてくる。ホントに覚えてないのかこいつは。ボコしちまったあの日、能天気な大智にしては珍しく尻尾の先までしょんぼりしてたってのに。
「あれ、やんないの」
「……やっぱ他のことしようぜ」
「え、どしたん」
「いやほら、せっかくクリスマスなんだし……」
言い訳しておいてなんだが、「クリスマスだし」ってなんだ。我ながら下手な話の逸らし方とは思うも、大智のほうは思いの外響いたようだった。
「確かにそっか、クリスマスだしなぁ」
何が「そっか」なんだろうか。俺から言い出しておいてアレだが、そこまで納得されるとこっちが恥ずかしくなってくる。
「だな、やっぱクリスマスっぽいことすっか」
「いやお前、なんだよ、クリスマスっぽいことって」
「えーと……ケーキ食ったり、肉食ったり、ジュース飲んだり」
「食って飲んでばっかじゃねえか。んなのいつものことだろ」
「じゃあ善ちゃんはクリスマスに何したいのさ」
「えっ」
急に投げ返された問いで、俺の頬は歪む。よくよく考えたら、確かにクリスマスには飲み食いをしてるイメージしかない。突っ込んでおいてなんだが、俺のほうも特段思いつくようなものはなかった。
「あー、その、えっと……」
返答に困りつつ、視線はあいつの無防備な手へと落ちる。だって他にクリスマスって言えば、そういうことしか考えつかない。まぁ、叶うはずもないような、願うだけしょうもないようなものだけど。
「何すんだろな……クリスマス」
「なんか改めて考えっと、あれこれやるイメージないよなー」
耳を左右に傾けながら思案していたらしき大智は、しばらくして突然「お、そうだ」とソファから立ち上がり、廊下のほうへ消えていった。かと思えば、見覚えのある大きめの箱を持って、満面の笑みで戻ってくる。
「うわお前、まさかそれ……」
大智は返事の代わりに「へへ」と鼻を鳴らすと、弛みで緩んだ箱の蓋を思い切り開いた。そこに入っていたのは案の定――。
◆
「――善ちゃん?」
夜の駅前。これ見よがしに視界の端にちらつくイルミネーションの中、広場に飾られた大きなツリーを見上げる俺に、傍らの黒犬が呼びかける。
「どしたん。寒いから早く帰ろうって言ってたのに」
「あ、いや……なんか、昔のこと思い出して」
「昔のことって」
「高二のクリスマスんとき、母さんたちがパーティでいなかったことあったろ」
「……あー、あれか。俺がツリー持ってきて、飾りつけしようとか言ったやつ」
言いながら大智も隣に来て、同じようにツリーを眺めた。そのてっぺん、寒空の薄闇によく映える星のオブジェを見た途端、大智が更に続ける。
「そうだそうだ、あんとき確か、星を乗せようとした善ちゃんがツリーごと倒れかけて」
「んなことまで思い出さなくていいっつの」
「えー。でもあれ、結構面白かったっつーか」
せっかくの感傷が、隣のアホのせいで見事に台無しだ。大体あれは、どうにか乗せた瞬間に大智が場所移動させようとして変に引っ張ったから悪いんじゃねえか。
「へへ」
「笑ってんじゃねえ」
「いや、だって、はは」
大智の背を尻尾で思い切り叩けば、あのときと同じ笑いが聞こえてくる。あわやすっ転びそうだった俺を庇い、結局一緒に床へ倒れ込んで、クリスマス飾りに二人でまみれたあのときと。
「…………」
あれから数年経った今でも、こいつと毎日を過ごせているなんて、な。あの頃からすればホント、思いもよらないような話だ。変わらない日々、変わらない笑い声、変わらない立ち位置。だけど少しは、変わっていくものもあって。
「大智」
「んー」
ぼんやりと開いたままの大智の掌を、思い切り掴む。そうしてぐいと引っ張れば、惚けた顔がこちらを向いたので。俺はちょっと笑って口を開く。
「……帰んぞ」
その瞬間、あのデカい手が俺の手を握り返した。手袋越しでも伝わるほどの熱だった。