■俺の性、君の性
いつになっても飲み会っていう文化には慣れない。酒が得意じゃないのもあるが、あのしっちゃかめっちゃかな空間が、どうにも毛並に沿わなくて。新入生歓迎会なんて大層な名目を付けたぐらいにして。その実みんな飲み倒したいだけっていう。
とはいえ、俺ももう大学四年生。過度に酒を回されないよう、ノリとテンションで誤魔化して、なんとか呑兵衛になるのは避けられたものの。独りふらふらになって帰る春先の夜道は、思いの外肌寒くて。
善ちゃんは「いいじゃん、たまには」とか、「遅くなってもいいぞ大智」とか言ってくれてたけど。二次会に行きそうな流れのところを、“明日ゼミがあるから”だとか下手な嘘ついて抜け出してきてしまった。
だってそもそも善ちゃん、俺が酒飲むと毎回不機嫌なんだもの。絶対俺が何か余計なことを口走ってるに決まってる。となると、あまり飲み過ぎて帰れば、善ちゃんにウザ絡みするのは火を見るより明らかで。
まぁ、自制が利くうちに帰ってこれたのは、多分正解だろう。鍵を探すべくポケットをまさぐりながら、家のドアノブにふと手を掛けると、なぜか扉が開いた。どうやら善ちゃん、鍵を掛け忘れたみたいだ。らしくないミスに、ちょっと尻尾が揺れる。
ドアの隙間から覗いた室内は、月明かりの薄闇の中だった。いつもなら善ちゃんは起きてる時間だったけど、今日は寝ちゃったっぽいな。うるさくないよう静かに靴を脱ぎ、足音を忍ばせ廊下を進む。
そのまま、電気の点いてないリビングを見て、俺も今日は寝ようかと踵を返した矢先。善ちゃんの部屋から物音がした気がした俺は、ゆっくりとドアの前まで歩み寄る。足元から灯りが漏れていないのを見るに、寝てるとは思うんだけど。
「…………」
妙な胸騒ぎに駆られた俺は、音を立てないようこっそり、ほんのわずかに扉を開けた。するとベッドの上辺り、端末の光が窓に反射しているのが分かって。てっきり寝転がって動画かなんかでも観てるのかと思ったところで、はたと気付く。
この、少し荒い息遣いは。静寂によく響く、布の擦れる音は。微かに臭う、例の匂いは。そして、一定間隔で聞こえる、喘ぐような嬌声は。
鈍感だの鈍チンだの言われる俺にだって、今善ちゃんが何をしているかぐらいは解る。
恐ろしく冷静になった脳みそが真っ先に俺に下した指令は、咄嗟に目を瞑ることだった。そして息を殺し、人生至上最もゆっくりとした動作で扉を閉め、これまた静かに自室に飛び込む。
「……ッ」
溜め込んでいた息を吐き出した反動で、心臓まで飛び出るかと思った。いやそりゃ、同じ屋根の下で暮らしておいて、これまで一度もこういう状況下にならなかったことのほうが不思議ではあるけれど。いくらなんだって、これは。
酔いどれ気分も、すっかり醒めてしまうほどの衝撃。相手が事態に気付いてないだけに、余計気まずさが募る。振り払うようにベッドに潜り込めば、返ってさっきの光景が脳裏に浮かび上がってきて。
「…………」
ベッドの上に胡坐を掻いて、思わず自分の下半身を見てしまう。正直昔から、そういうことはほとんどしてこなかった。週何回やってるだの、どうすれば気持ちいいだの、クラスメイトがヘラヘラ笑って話してたのをぼうっと聞いてたぐらいで。
年頃になれば興味が出てくる。
異性や同性の身体が気になってくる。
自分自身の身体も、気になってくる。
どっかで読んだ参考書には、軒並み感覚的な文言が並んでいた。俺もきっとそのうち、恐らくそのうち、多分そのうち……なんて思ってるうちに、今日まで来てしまって。
善ちゃんとも、そういう話をしたことはなかった。俺の中でなんとなくタブーに感じてるところがあって。向こうもそれを、それとなく察していて。親友の性的な一面なんて、別に知らなくてもいいって思ってたから。
――善ちゃんが、好きだ!
……でももう俺たち、親友って言葉で誤魔化していい関係じゃない。善ちゃんがああやって一人で発散してるのも、ホントなら俺が協力してあげなきゃいけないはずなのに。
「…………」
おもむろに自分の身体を触る。腕、二の腕、太腿、ふくらはぎ、足の裏、頬、耳、首、尻尾、背中、腹。そんで、その、アレ。一頻り撫で回したあとで、ぐらりとベッドに倒れ込む。
やっぱ善ちゃん、触りたいって思うんだろうか。俺が善ちゃんの手に触れたかったのと同じように、俺の全身を。あるいは、それ以上のことを。例えば、そう、さっきみたいな。
「…………」
再び下半身を見る。俺は確かに、善ちゃんのことが好きだ。だけど、そういう部分まで思考が辿り着いていたかと問われれば、素直には頷けなくて。
俺、いざ裸で向き合って、行為に及ぶことができるんだろうか。初めてのときは緊張して出来なかった、だとかなんとか、サークルの先輩は話してたけど。
考えてみると、ちょっと自信ない。きっと多分、照れ臭くなって、適当に場を濁し始める気がする。そもそも興奮するかどうかも分からないから、余計に不安だ。
「…………」
いつか、そういう瞬間になったとき。善ちゃんはどんな顔をするんだろうか。そして俺は、どんなことが出来るんだろうか。少し酔いの戻ってきた思考回路じゃ、あれこれ浮かべたところでまともな答えは出そうもなかった。
戒厳(水)
2020-05-10 00:38:28 +0000 UTC