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新作(仮)ファンタジー小説 試し読み版2

 明くる日の昼下がり。澄み切った空の下で、小袋を抱えた娘は意気揚々とレンガの通りの中央を走っていた。上質な薬草が安く手に入っただとか、いつもはケチなケットシーが珍しく香辛料をサービスしてくれただとか、街角で吟遊詩人が耳馴染みの良い詩を披露していただとか、あるいは同じエルフ族の御婦人と洒落た会話を交わしただとか……そういった出来事も彼女の上機嫌に一役買っているには違いなかったが。彼女が喜び勇んで駆ける理由は別にあった。


 フォークロア。数ある行商ギルドの中でも、その名は特に有名であった。彼らは他の行商ギルドと異なり、伝承や伝説に基づいた商品を取り扱う。独自のルートで調査を進め、未開とされる地に足を踏み入れては、伝聞でしか語られて来なかった逸品を見つけ出す。


 加えて、普通ギルドと言えばどこかに拠点を構え、そこを起点として活動を行うのが主であるが、彼らは決まった拠点を持たなかった。常に新たな地を目指し、邁進し続ける。所属者は各々が可動式のテントを持ち歩き、危険な区域すらも難なく踏破しては、入手した物珍しい商品を各地で売り捌く。民俗学者を中心に、そうした活動に否定的な人々もいるが、彼らの特異性を評価する者は多い。


 ただその性質故か、同じ土地には二度と現れないというのが通説であった。リリーは母が病気で倒れる以前、共に彼らが開いた市場へと足を運んだことがある。都市の広場に色とりどりのテントが立ち並ぶ様子はいつ思い出しても圧巻で、並ぶ商品も上等な品ばかり。中でもドラゴンの巣がある谷で採れたという竜玉は美しいことこの上なく、その輝きは今もリリーの瞳に焼き付いていた。


 そんな寓話めいた集団が、再び都市の広場へやってくる。心が躍らないわけがなかった。それにフォークロアは、最も世界樹に近しいと噂されているギルド。ひょっとしたら何かしら有益な情報を拾えるかもしれない。


 期待を胸に、エルフの娘は足を逸らせる。広場へはもう少しだった。先にある角を越えて、パンの香りが漂う裏通りを過ぎた奥。小袋を持つ腕にも、自然と力が入る。


「なんか買わない?」

「ごめんなさい、私急いでるの」


 途中角にいたローブの物売りに声を掛けられるが、構わず一蹴する。彼女の歩く裏通りには、都市に無許可で商売を行ってる者も多い。しかもその大半が、粗悪品をばらまくような行商人紛い。そんな輩に構ってやる時間など、微塵もないのだ。おまけに妙なローブで覆われて、素性もろくに知れないとなれば、殊更信用度は低い。現に並んでる商品も、案の定ガラクタばかり。やれやれと肩を竦めながら、リリーが角を曲がったときだった。


「あっ」


 よそ見をしていたせいで、角の反対側から歩いてきた人とぶつかってしまう。反動で尻餅をつき小袋を落とす娘に、相手は紳士的に手を差し出した。


「すみませんお嬢さん。大丈夫ですか?」

「あ、は、はい」


 照れ臭いやら情けないやら。リリーはそれらを誤魔化すように笑いながら、手は受け取らずに自分で立ち上がる。服についた埃を払い顔を上げると、ぶつかった相手と目が合った。その瞬間、娘は思わず息を呑む。


 眉目秀麗。尖った耳は涼やかに青い空へ伸び、整えられた髪は光に当てられた水晶石のごとき眩さを放つ。まるで天から舞い降りたかのような風貌の男が、切れ長の目を優しく歪ませてリリーを見下ろしていた。


 ハイエルフ。エルフの上位種とされる、神秘をその身に体現した種族。その威光に、エルフの娘はごく自然と背筋を強張らせ、緊張した面持ちで男を見上げた。まさか、こんなところでお目にかかるなんて。話に聞いたことはあったが、実際に姿を見るのは初めてだった。


「そんなに畏まらなくてもいいんですよ。同じエルフなんですから」

「いや、でも……」

「確かに私はハイエルフに属してはおりますが、森を出て各地を旅している風来坊。言わば変わり者、というわけです。どうかお気になさらず」


 言われて、そういえばとリリーは首を傾げる。ハイエルフといえば普通、森の奥地で精霊とのみ心を交わし、俗世間との関わりを嫌うもの。こうして都市の街角を歩いているなど有り得ないことだった。怪訝そうに身構える娘に、男は明るげに言う。


「ああ、申し遅れました。私、フォークロアのギルド長を務めております、ドラセナ・セルディオと申します」

「えっ?」


 殊勝にも辞儀をする男に、リリーは目を丸くした。この人が、あのフォークロアの。ギルド長の話を耳にしたことがないと思ったら、よもやハイエルフだったとは。


「……やはり、私は物珍しいですか」

「えっ、あっ」

「こちらには久しぶりに来ましたから、少し散策でもしようかと思い広場を抜けてきたのですが……やはりこの身体は目立ってしまうようで。やむなく裏通りを」

「…………」


 娘はじろじろと見てしまったことを後悔した。申し訳なさそうに話す男に、もっぱらこちらのほうが申し訳なくなってくる。ハイエルフと言えば、やたらとプライドが高い種族で、謙虚さなど持ち合わせていない。そう聞いていただけに、目の前の男の慎ましさが、リリーには衝撃的であった。この男が変わり者というのは、どうやら本当のことらしい。


「それで、お嬢さんは」

「私は……えっと、郊外で酒場をやってるリリーと言います」

「なんと、酒場を。素敵なお仕事をなされているのですね」


 リリーは歪みそうな口元をどうにか堪えた。流石行商人、世辞が上手い。面映ゆそうに髪を掻き上げる彼女の耳に、葉飾りが揺れる。それを見た男は不思議そうに尋ねた。


「その耳飾りは?」

「あ、これは……」


 リリーの耳に揺れる葉飾りは、物心ついた頃に母から贈られたものだった。エルフはこうした自然物に特殊な加工を施して、肌身離さず身に着けていることが多い。確かにハイエルフのほうも、例に漏れず頭に葉で作られた装飾品を備えている。お守りや魔除けの類らしいが、エルフの生活環境の多様化が進んだ今では、いわば慣習や風習に近いカルチュアであった。つまるところ、森と共に生きていた時代の文化の名残である。


 母からの贈り物である旨を説明すると、男は納得したように頷いた。素晴らしいお母様なのですね、と言われた娘の口角は、いよいよ分かりやすく持ち上がってしまう。喜んでいたのも束の間、母の置かれた状況を思い出して、リリーは声を上げた。


「あ、あのっ」

「どうしました?」

「母は……病気なんです。色んな方法を試したんですが、一向に良くなる気配がなくて」

「なるほど……お母様が……」

「だから私、どうしても……その」


 そこまで口にしたあとで、リリーは言い澱む。いくら丁寧で腰が低いとはいえ、目の前にいるのはフォークロアのギルド長だ。初対面の小娘相手に、貴重な世界樹の情報をそう易々と明け渡してくれるはずもない。だが、この千載一遇の機会を逃せば、彼と話すことなど二度と叶わないだろう。心境の板挟みに遭うリリーに、男は静かに語り掛ける。


「世界樹……ですよね」

「…………」

「情報を求め、私たちの元を尋ねてくる方は数多くいらっしゃいます。病を治すため、伝説を現実のものにし名声を得るため、売り払い莫大な富を築くため、生態を突き止め研究するため……その理由は様々でした」


 男は苦々しい表情を浮かべた。リリーも同じく苦い顔をして、無言で男の話を聞く。その沈んだ雰囲気にはぐらかされ、先ほどのローブの行商人が聞き耳を立てていることには誰も気付かなかった。


「しかしながら、私たちにも私たちなりの矜持というものがあります。仮にもフォークロアを名乗っておきながら、世界最大級の伝承とも言われる世界樹を逃すわけには参りません」

「…………」

「“情報は世界を制する”。酒場を経営するお嬢さんなら、努々お解りでしょう……?」


 男の放つ並々ならぬ気迫に気圧され、リリーは目を伏せる。やはりそう簡単に教えてもらえるはずもなかった。無理もない、貴重な情報をむざむざ流すなど、情報戦で他を出し抜く必要のある行商人にはご法度。可哀想な娘に同情したところで、本当に可哀想な娘がいるかどうかなど分かりやしないのだ。明け渡すメリットは皆無に等しい。


 努々お解りでしょう。その台詞は、「同じように情報を扱う者ならば、私が協力できない理由もご理解いただけますね」、という意味に他ならなかった。悲しいことに、賢明なエルフの娘は、それをよく理解してしまっている。だから、こう言うしかなかったのだ。


「そう……ですね」

「大丈夫です。私どもも総力を挙げて世界樹の捜索に勤しんでおりますから。お母様の具合が悪くなる前に、必ず見つけ出してみせますよ」

「あ、ありがとうござい――」


――パァン。頭を下げかけたリリーの後方で、突如発砲音と共にドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。驚いて恐る恐る振り向けば、裏通りを荒々しく駆け回る守衛の群れ。


「おい! 待て、貴様ら!」


 どうやら市街を逃げ回る何者かを追うべく、守衛が動員されているらしい。今し方すぐ脇を走っていった守衛の中に見知った顔を見つけたリリーは、咄嗟に追いかけてその太い腕を引き留める。


「なっ……リリー、いたのか」

「なんだか物騒だけど、何の騒ぎなのジェフ」

「あ、ああ。フォークロアの開いた市場に便乗して物を売っていた行商人がいたんだが……」

「やれやれ、不届き者とはどこにでもいるものですね」

「リリー、こちらの方は……?」

「あー、えと、この人はフォークロアの」

「セルディオさん!」


 娘が紹介するよりも早く、辺りに男の名が響いた。大声を上げたクーシーは、息を切らしつつ男の元へと駆け寄ってくる。


「どうしました。急ぎの用件ならば、ルーンをこちらに寄越せと申してあるはずですが」

「いやその、俺は字が下手でして……じゃなくて、大変なんですよ!」

「落ち着きなさい。騒いでも事態は好転しませんよ」


 冷静にクーシーを諫めつつ、男は軽快に宙へと指を踊らせた。すると、見る間に空中へと文字が浮かび上がってくる。これはルーンと呼ばれるもので、任意の物質に魔力を堆積させることで文字や文様を記す魔法の一つである。心得や才のある者でなければ扱えない技術のため、リリーも実際に見るのは初めてだった。


 ルーンは魔法発動に用いるだけではなく、伝聞や言伝といった役割も果たせる。娘が目ざとく綴られた文字を読み取るよりも早く男は筆記を終え、瞬時にルーンを彼方へと飛ばした。飛ばされたルーンはいつの間にか霧散してしまい、誰の目にも見えなくなる。高等技術だ。以前酒場で飲んだくれていたウィッチが、酩酊口調でそう語っていたのを覚えている。


「皆様、お騒がせして申し訳ありません。事情はともあれ、当ギルドで起きた不始末は当ギルドで片づけます」


 淡々と告げたかと思うと、男は再びルーンを記し始める。今度は文字ではなく文様らしい。しなやかな指先が描くのは、常人にはおよそ理解の及ばない複雑怪奇な魔方陣。それが空気中にすっと広がったかと思えば、レンガが崩れるかのように空間が開いていき、やがて人ひとりが通れそうなほどの大きな円状の裂け目が宙に現れる。


 神秘とは、時に悍ましい。リリーとジェフは、信じ難いものでも見るかのような眼で男とその裂け目を見つめる。


「そちらの方」

「は、はい」

「お見かけしたところ、守衛長のようですね。守衛の皆様はどうか引き揚げさせてください。都市民を護るための力を、このような不祥事に巻き込むわけにはいきませんから」

「……承知した」

「ありがとうございます。皆様の実力を軽んじているわけではありませんが、そういうことですので。それでは、失礼致します」


 ハイエルフは律儀に頭を垂れながら、裂け目へと呑まれていった。男を孕んだ裂け目は刹那、跡形もなく消え去る。同じように、この騒ぎで辺りは見事に閑散としてしまっていた。あのローブの行商人の姿も見えない。


 リリーはただただ顔を顰めるしかなかった。どうやらあの男、変わり者どころか本当に只者ではない。流石にフォークロアのギルド長を務めるだけある。


「あー! セルディオさん、また一人で空間転移しちゃって……!」


 残されたクーシーが俄かに喚き出す。彼は先ほどの魔法が使えないらしく、何やらぶつくさ言いながら自分の足で元来た道を戻っていった。その背を見送ったのち、リリーとジェフは同時に溜め息を吐くと、互いに顔を見合わせる。


「あれが魔法なのね……初めて見たわ私」

「ルーンなら都市長が用いているのを何度か見たことがあるが……あんな大規模なものは俺も初めてだ」

「私にも使えないかな。便利そうだし」

「君は酒樽を抱えてるほうが似合ってると思うぞ」

「それ、褒めてるの」

「俺はその……褒めたつもりだったんだが」


 相変わらず不器用なオークに、リリーは肩を落とした。先ほどのハイエルフの丁寧な世辞とは大違いである。とはいえ、ジェフのそういうところをリリーは気に入っているため、正直なところあまり悪い気はしていなかった。


「それで、結局何があったってのよ」

「ああ、それがな……」




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 今回はここまでとなります。

 続:https://www.pixiv.net/fanbox/creator/2501462/post/979348

 

 サムネ画像は前回に引き続き、「きまぐれアフター」様よりフリーのものをお借りしました。

 リンク: https://k-after.at.webry.info/

 

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