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あいつとシェアハウス 短編8

■一路青年の迷走


 ある日の暮れ方。俺が向かったのは大学構内の、誰も来ないような休憩スペースだった。学内の最奥の棟、しかも四階建ての四階で、埃の被った資料が山積みになった部屋しかないような場所だ。目的でもなけりゃ来るはずもない。


 無論、俺には目的がある。正確には呼び出された。電車での一件以来、やたらとしおらしくなった羽柴センパイに。


「んで、用件って」


「…………」


 そういう経緯だったのだが。先ほどから黙りこくったままのセンパイは、ちらちらとこちらの様子を窺うばかりで、何一つ語ろうとはしなかった。流石の梓馬くんでも、この状況じゃ手も足も尻尾もエスパーも出ない。


「ほらほら、せんぱーい。どうしたんすかー」


「いや、その……だな」


 随分歯切れの悪い。いつも通りで罵声混じりにまくし立ててくれたほうが、いっそやりやすいってもんだ。これでは、こっちの調子までまるで狂っちまう。


「まぁ、梓馬くんも暇じゃないんで。だんまりなら帰りますけど」


「わ、わかった、わかったから待て」


 参ったとばかりに顔を覆う鷹。実に騒々しい。あれだけ忌み嫌っていたはずの俺を巻き込むんだから、相応の理由だといいが。


「恥を忍んで、その、頼むのだが……」




     ■




「雄を知りてーんなら早く言ってくれりゃいいのに」


「そ、そういう語弊のある表現はやめろ」


「センパイもウブっすねえ、ホント」


 やれやれと首を捻りつつ、自宅の鍵を開ける。続けざま鷹に顎で促すも、肩から足先まで強張らせた不格好な鷹は微動だにしない。


「大体なぜ、貴様の家なのだ。俺は別に……」


「なぜって、知りたいんだろ?」


「知りたいとは……確かに言ったが」


「教えてやるよ、男同士のなんたるか」


 不本意そうに顔を顰める鷹の背中に手を回し、室内にそのガタイを押し込んだ。剣道部主将にしては、俺ごときの力でもやけにすんなり従ったが。素直じゃねーんだから、全く。


「……意外と小奇麗なんだな」


 朴訥と感想を零すセンパイ。そのまま何をするでもなく突っ立っているので、背後で腕を組み見守っていると、やがてちらりとこちらを窺って、ようやく恐々床に座した。この生真面目さにも困ったもんだ。あの実直な猫ですら、もう少し厚かましかったというのに。


「それで。言われるがままここに来たが、一体何を」


「何をって、やだなあ。決まってるじゃないすか」


 おもむろにドアを閉め、怪訝そうな鷹に詰め寄る。その無垢でもあり無知でもある表情を歪ませてやろうと、存外柔らかな頬の羽毛に触れた。途端、狙い通りの顔がそこに浮かぶ。


「な……」


「男を知るには、一番手っ取り早いっしょ、センパイ」


 ひひ、とニヤついて、マズルを磨かれた嘴に近づけてやれば、見る見るうちに鷹は紅潮し当惑する。揶揄い半分ではあったが、この様子じゃそれなりに期待はしていたらしい。ところが、望み通り口先を寄せてやろうとすると、肩を押さえ止められる。


「ま、待て。そんなつもりで頼んだわけではない」


「じゃあどういうつもりだって言うんすかねえ」


「…………」


 俯いて黙るセンパイに、呆れがちに鼻を鳴らした。『男同士とはどういうものなのか知りたい』だなんて言い出すから、てっきりそういうことだと思ったんだが。


「俺はただ、己を知りたい……だけだ」


「己を?」


「何が好きか、何が嫌いか。何を想い、何を愁い、何に従い、どう生きるのか。ずっとひた隠しにしてきた自己と向き合わなければ、どこへも踏み出すことはできない」


「…………」


「朝の剣道場で、毎日瞑想に励んだ。だが、俺の中には、悩むだけの材料がなかった。自分を受け容れて生きていくための……知識も、経験も、何も」


「そんで、男同士がどういうものか知りたい、ってか。殊勝なこった」


 良く言や真摯、悪く言や愚直。羽柴家は確か、代々剣道家だったな。ものの見事に、骨の髄までそういうお家柄というわけか。とはいえ、これほど拗らせてるならむしろ、荒療治も辞さないというもの。


「だからその、こういう段飛ばしのような真似は……」


「ああそう。そんじゃ、失礼して」


 言い訳がましい口を塞いで、すんなり押し倒された鷹の上に馬乗りになる。あからさまに戸惑うセンパイが声を上げるより早く、開いた嘴先に指を立て釘を刺す。


「これだって、センパイの言う経験……そうだろ?」


「ぐ……」


「気持ちは尊重してやるが生憎、期待してる奴を手ぶらで返すのは主義に反するんでね」


 何か言いたげな鷹は、何も言わずただ眉を顰め、服を脱ぎ始めた俺を仰ぐ。やがて反抗するでもなく、手持無沙汰な両手で顔を覆いやがるから、思わず口角が上がった。


 ……ああほら、これだから素直じゃねーヤツは好きなんだ。

 

あいつとシェアハウス 短編8

Comments

ありがとうございます。 さすあず。

日永

ありがとうございます。 まさかですねえ……ホント。

日永

お疲れ様です!まさか羽柴センパイから誘うとは思ってなかったなぁ

どんどん粉

さすが梓馬くん

パゴダ


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