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あいつとシェアハウス 短編7

■まだらのしっぽ


 春も近くなった、三月のある日の朝。薄いカーテンから漏れ出す日光で、意識がぼんやりと覚醒していく。寝起きの身体はどうも気怠い。唸りながら上体を起こし、首を押さえながら肩を回したところで、傍らの寝息に耳をそば立てた。


「…………」


 なんとも無防備な寝顔。初め寝食を共にするうちは、思わず子供かと咎めてしまったぐらいには、落ち着きのなかったものだが。今では俺よりも寝つきの良い始末だ。それこそ、まるで子供だと形容したくなるほどに。


「…………」


 まだ視界がぼやけてる。淡い光の中で呆ければ、どこからか軽快な音が聞こえてきた。それが昨晩設定したアラームだと気付くのに、数秒。時計を見ると朝六時。どうしてこんな早い時間に鳴らそうと思ったのか。何の気なしに日付のほうを見て、合点がいく。


 ああそうだ、今日は午前中にゼミがある。だから早めに研究室に出向いて、発表資料の仕上げをしようと画策したのだった。無論、隣で未だ眠り続ける、この豹と。


「起きろ、泰利」


「ん……」


 肩を優しく揺さぶるも、豹はしなやかな体躯を更に湾曲させ、布団に潜り込んでしまった。寒いだろうに、壁際のほうに転げてまたふにゃふにゃと朧な寝息を立てる。


 やはり一人用の布団に、大の男二人では狭すぎたようだ。壁と俺の身体との間で窮屈そうに丸くなる豹を眺めながら、ふうと息をつく。


「起きろって、ほら」


「む……」


 今度は強めに揺さぶったが、一向に起きる気配がない。これではまるで、どこかの黒犬のようではないか。致し方なしと朝食の準備に立ち上がろうとしたところで、掛け布団からはみ出す斑色に気付く。


「……起きないのか」


「…………」


「起きないんだな」


 普段冷静ぶる俺でも、やはり人並には昂りを覚える。まして愛しい人と添い寝を遂げた明くる日、無警戒に膝に絡まってくる尻尾をして、誰がこの情欲を止められようか。


 答えは当然……否である。


「……ん」


 手始めに尻尾の毛先を摘まんだ。途端、僅かに微動する四肢。相変わらず弱いらしい。まぁ、俺がそういう風にしてしまったきらいは十二分にあるが。少しの達成感に微笑しつつ、そのまま尻尾を丁寧に握り込んで、するりと根元まで滑らせる。


「……ッ」


 今度の反応は大きかった。丸まってた体躯が微かに仰け反って、縋りつくようにこちらへ寝返りを打ってくる。荒い息遣い。だというのに、なお開かぬ瞼。


「まだ起きないのか」


「…………」


 応答はない。俺としても、この辺りで引き下がっておきたいのだが。歯止めが利かなくなれば、せっかくの計略が台無しになる危険性が高くなる。全身を巡る熱をどうにか堪え、豹の鼻先に顔を近づけ警告する。


「いい加減起きろ、泰……」


 ところがこれが、過ちだったらしい。言葉の途中で塞がれた口元が、紛れもないその証左だった。寝惚けたのか、あるいは。相手のマズルが緩やかに離れていく間では、その判断などつきそうもなかった。ただ理性という単語が、急速に錆びついていく。


 情動に任せ、掛け布団を剥いだ。そうして露わになった上下のスウェットの隙間、黄と茶と薄橙の毛並に指を這わせる。腹部、胸部、鎖骨、首筋と攻め上げれば、耐えかねたのか流石に泰利も目を覚まして。


「ふ……へ、さ、さと」


 困惑する口を、今度は俺のほうから塞いでやった。慌てふためく四肢を組み敷けば、ちょうど押し倒す形になる。しかしながら、このまま無理矢理というのはどうも気が咎める。一応の了承を得るべく、満ち足りぬ口先を徐に離し、寝起きの瞳を見た。


「…………」


「…………」


 返ってきたのは静寂だった。ただ朝の暁光に覆われながら、互いに見つめ合うだけ。ただ隠し切れぬ戸惑いに、頬を赤らめ落ち着きなく視線を動かすだけ。そこには否定も肯定もないが、明らかな期待があった。だから俺は、這わせていた手を泰利の――。




     ◆




「――お前ら、なんで今日遅刻したんだよ」


「あー……はは」


 ゼミ終了後。研究室に戻るなり、呆れがちに猫に問われ、豹はあからさまに苦笑する。相変わらずこの手の追及を誤魔化すのが苦手らしい。仕方ない、助け舟でも出してやろうか。


「言ってやれよ、泰利」


「え、いや、だって」


「俺の尻尾が悪さしました、って」


 途端に真っ赤になる豹の顔を見て、俺は再び悪戯を決意するのだった。

 

あいつとシェアハウス 短編7

Comments

ありがとうございます。 頑張ります。

日永

投稿お疲れ様です!次の短編も楽しみに待ってます!

どんどん粉


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