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あいつとシェアハウス 短編5

■嗅がれた男


「…………」


 拝啓、お母様。いえ、別にお母様でなくても構いません。天にいらっしゃるお父様でも、泰利くんでも悟くんでも、なんならあの浮浪狼でも構いません。とにかく誰か、俺の話を聞いてください。


 俺は今、同棲相手である黒犬の部屋におります。貸していた電子辞書を取りに来ただけです。決していかがわしい目的ではないです。断じて、ええ。


 兎にも角にも、机の上にそれはありました。ミッションは無事遂行されたわけです。大学の課題に辞書を使おうと思っていた俺は、安堵しました。あとは踵を返し、厳かに部屋を出る。たったそれだけのことだったはずなのです。


 問題は、部屋を出るときに起こりました。ドアに手を掛けた瞬間、背後で音がしたのです。振り返ってみると、どうやら机に置いてあった空き缶が、床に転げてしまったようです。俺はやれやれと首を振りそれを拾ったのですが、その際視界の端に何かが映りました。


 思えばこのとき、別に気にしなければ良かったのではないでしょうか。悔やんでも悔やみきれません。クッションの陰に隠すように押し込まれていたソレを手に取ったとき、俺は後悔への街道をひた走る羽目になってしまったのです。


 ソレは布のようでした。おまけに、黒犬のものとは違った臭いがツンと鼻をつきます。何やら見覚えのあるソレを、胸騒ぎのままに広げてみて、俺は驚愕しました。


「…………」


 パンツ。緑のラインが入った、ごく一般的なボクサーパンツ。いや待て、茶番をしてる場合じゃない。なぜこれがここにある。間違いなく洗濯機に突っ込んで、今日の昼間に大智が洗ったはずのブツが、どうしてこんなところに。


 押し込まれていた位置から考えて、奇跡的な偶然が積み重なってここに飛んできたなんてことは有り得ない。あいつの洗濯物に紛れ込んで運ばれたなんてこともない。


 要するにこのブツは、意図的に持ち出されている。


 しかもこの漂うスメルから察するに、確実に洗われたものではない。つまり俺が一度穿いたもので間違いない。そういえばこのパンツ、リビングに干してある洗濯物の中には無かった。こんな形で気付きたくはなかったが。


 とにかく、だ。問題はひとつ。“あいつがなぜか俺の使用済み下着を持ち出して、あろうことか部屋に隠していた”ということ。これを俺は、どう解釈すればいい。


 ……よりにもよって、あいつの行動だから困るのだ。俺の知る限り、あいつはこういうことをする輩ではない。俺が大智のを持ち出すならまだしも――いや、やらないが――あいつが俺のを持ち出すとは。


 一番妥当なのは、洗濯をミスったのがバレないよう、部屋に隠したという線。しかしその説も微妙だ。万が一俺に見つかったらどうするんだ。部屋に下着を隠してるなんて、変態呼ばわりされても文句は言えない所業だぞ。そのぐらいあいつも解ってるはずだ。


 ……もしや覚悟の上だったのか。とすると、マジでそういう目的で、俺のを。


「…………」


 あいつがそういうフェチなんだとしたら。そう考える自分がいる。


 いやでも、そんな馬鹿な。そう思ってる自分もいる。


 だって大智だぞ。未だに性欲の片鱗すら見せないような、恐ろしいまでの無邪気さを誇る奴だぞ。今更こんなところで、こんなそこそこ変態チックな性癖が暴かれるなんてこと有り得るのか。あの惚けたアホ面が、まさか。


「善ちゃ……あっ」


 パンツを手に立ち尽くしていると、トイレに入ってたはずの大智が、いつの間にか背後に立っていた。状況を把握するなり、大智はあからさまに「やっべ」という顔をした。どう考えてもクロだ。問題は、どういう意味でクロなのか。


「お前、これ」


「ご、ごめん。その……」


 しどろもどろになる大智は、妙にリアリティがあって。俺のざわつきを加速させる。


「まさか、嗅いだり……してないよな」


「えっ。あ、えーっと、何度か……」


 ……今こいつ、何度かって。少なくとも一回以上は嗅ぎましたって。そう白状したよな。よりにもよって、こいつに、俺の。


「……なんで嗅いだんだよ」


「いやだって、洗ったかどうか確かめたくて……」


「洗ったかどうか…………?」


「実はその、それだけ洗いそびれたから」


「…………」


「ぜ、善ちゃん……?」


 身体中恥ずかしさでいっぱいになる。いくら付き合ってるったって、キス以上のことは何もしてないってのに。よもや恥部の臭いを嗅がれるなんて。有り得ない、有り得ないっての。つーかなんだよその理由。まだ嗅ぎたかったとか言われたほうが良かったわ。


「このアホ……ッ」


 パンツをあいつの顔目掛けて投げつけ、堪らず自室に駆け込んだ。ああクソ、あのあほんだら。そんな意味不明な理屈で人のパンツを嗅ぐんじゃねえつーの。


 だけど一番腹立たしいのは、自分自身だった。あろうことか俺、あいつに嗅がれたのがそんなに嫌じゃない。むしろ匂われた事実が、腹の底を俄かにざわつかせていて。


 つーか、そもそもなんであいつのほうが嗅いでんだよ。俺だってくっだらない理由で大智のやつ嗅いだりしてやりたいってのに。これだから天然野郎はズルい。


「……はぁ」


 布団に潜り込んで溜め息をついた。恥ずかしさは今しばらく、消え去ってくれそうにない。

 

あいつとシェアハウス 短編5

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ウブーーーーーーー!!!(遠くの海で雄叫び上げている)

戒厳(水)


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