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あいつとシェアハウス 短編3

■遅めの初詣


「そういや今年、まだ初詣行ってなくね」


 きっかけはそんな言葉だった。ソファで寝っ転がっていた大智が、壁掛けカレンダーを見上げおもむろに呟いて。そういやそうだな、と俺も何の気なしに同調して。


 そこからは早かった。明くる日の昼、まだ寝惚け眼の大智を引っ張ってバスに乗り込み、近場の比較的大きな神社を訪れる。流石に正月からしばらく経っているだけあってか、参拝客も疎らと言っていいぐらいの人数だった。


「すげー」


「すげーって、何が」


「いや、神社って普段来ないから……」


 白パーカーにジャンパー、厚手のカーゴパンツに身を包んだ黒犬は、いつものマフラーに顔を埋め、落ち着きなく周囲を見回している。風に煽られカラカラと揺れる絵馬。そこかしこに残る露店の跡。多数のおみくじの垂れ下がった結び処。


 言われてみれば確かに、正月後の神社は、いつもより殺風景な気もする。というか、正月でもなけりゃそう何度も足を運ぶ場所でもないから、そういう特異な瞬間の賑やかなイメージしかないってのが正しいか。


「そんで、何すんの」


「お前が言い出したんだろうが」


 まだ寝惚けてるらしいアホ犬に呆れつつ、少人数の列の後尾に倣う。よく澄んだ寒空の下、木にぶつかる小銭の音と、鳴り渡る鈴の音。開けた境内で、穏やかに流れる時間が妙に心地いい。


「いいよなぁ、静かで」


「ん」


「あのお祭り感も好きだけどさ、人混みだと疲れるし」


「……そうだな」


 どうしてこいつは、こうも同じタイミングで似たようなことを考えているのやら。嬉しいような、恥ずかしいような。頬を緩めてる合間に、順番が回ってくる。俺たちの後ろには誰も並んでいないようだった。


「なに願おっかな」


「今期は単位落としませんように、だろ」


「ひっでぇ。神頼みなんかしなくたって大丈夫だから」


「へえ」


 鼻で笑いながらポケットの中の五円玉を取り出し、大智の手元へ投げる。賽銭箱の周りには、入れ損ねられた小銭がちらほら見受けられた。こういうのって、入らなくてもお参りになんのかな。神様の形式とか、よく分からんけど。


「ちゃんと投げれんの、善ちゃん」


「馬鹿にしてんのかお前」


「だってこの前、蜜柑投げたとき……」


「いいから一緒に投げんぞ、ほら」


 俺の合図で、二人同時に賽銭箱へ小銭を抛る。ちゃりちゃりと小気味よい音を聞き届けたのち、大智と目を合わせた。眼前に垂れ下がった少し汚れた麻縄を握れば、上から大智の大きな手が覆い被さってくる。


「もっと上のほう握れよ」


「いいじゃん」


 へらへらと笑った大智は、そのまま勢いよく腕を揺らす。それに乗せ、ぐらりと鳴動する鈴。荘厳な音色が一頻り響いたところで、俺たちは拝殿に向かい柏手をついた。二礼二拍手一礼が作法らしいが、気付いたときにはもう両手を打ち付けてしまってたから仕方ない。


「…………」


「…………」


 薄目で隣を見る。真剣なのか、呆けてるのか、それとも。なんとも言えない表情で祈りを捧げる大智が妙におかしく思えて、寒さに強張りつつあった頬をふと解く。


 こいつとどこまでいけるだろう。こいつと、いつまでいれるだろう。いつかは途絶えてしまう生涯の中で、一体どれほどの時間を……共に。


「あの……大丈夫ですか」


「え、あっ」


「すんません」


 背後から話しかけられ、慌てて列から抜ける。思ったよりも長い時間、二人で願掛けに勤しんでいたらしい。後ろに老夫婦が並んでるのにも気付かなかった。にへ、と笑いながら踏み出す黒犬に合わせ、おみくじ売り場のほうへ向かう。


「めっちゃ祈っちゃったな」


「はは」


「どれ買う、おみくじ」


 着くなり、あれこれ物色し始める大智。俺も板で区切られた売り場を覗き込んで、少しばかり吟味してみる。恋みくじ、星みくじ、強運みくじ……あとなんか色々。ここまで来るともう、何でもありだな。おみくじ業界も競争が激しいようだ。


「善ちゃんこれどう、これ」


「ん」


 はしゃぐ大智が指差したのは、猫を模した紙でできた猫みくじ。開いたときに猫が何を咥えているかで運勢を占うものらしい。コンセプトは別に嫌いじゃないが……こちらを見る大智の視線がやけに鬱陶しかった。もしや揶揄ってんのか、こいつ。


「却下」


「えー、なんで」


「普通のでいいんだっつの、こういうのは」


 若干不満そうな大智を引っ張って、すぐ脇にあったオーソドックスなおみくじ売り場へ移動した。板に空いた穴に硬貨を投入し、傍の箱からひとつ取り出すというシンプルなもの。今度は後が詰まるといけないから、二人でさっさと引いてしまった。開くなり大智が喚く。


「お、よっしゃ」


 小さくガッツポーズをするアホ犬の横で、俺も包みを開いた。途端に目に入る、大吉の二文字。俺にしては珍しいな。毎年、末吉とか小吉とか、微妙な運気ばっかりなんだが。


「善ちゃん見て見て、ほら」


 他の項目を読む前に、大智が自分のおみくじを視界内に突っ込んでくる。こいつも大吉だったようだ。正直喜び方から簡単に察せるから、見るまでもないけれど。つーか邪魔。


「善ちゃんはどうだったよ」


「ああ、俺も大吉……」


「なに、どしたの」


「……あ、いや」


 怪訝そうな大智を、笑ってはぐらかす。そういや以前、変な夢を見たんだった。大智と瓜二つの黒犬が、自分を“大吉”と名乗ってはしゃぎ回っていたような、そんな突拍子もない夢を。


「えーと。災い自ずから去り……」


 隣でおみくじの文言を読み始める大智。俺も読んどくか、さっき遮られたし。待人、失物、旅立、商売。まぁ、大吉ならそう悪いことが書いてあるはずもなく。そもそもおみくじなんて験担ぎとかの類だし、そこまで信仰してはいないものの。


 話半分で目を通していくうち、やがて【恋愛】の項目に視線が差し掛かった。どうせ当たり障りないことでも書いてるんだろうと高を括っていた俺は、その文面を素面で読み下して――。


「善ちゃん」


「おわっ」


 不意に話しかけられ、歪んでいた背筋が張った。一足先におみくじを財布に仕舞った大智は、またも怪訝そうに俺を見据えてくる。


「なになに、なんかやべーことでも書いてたの」


「ち、違ぇよ。大したこと書いてねえから」


「えー、見して見して」


 ふざけんな、と一蹴して、おみくじを丁寧に折り畳んだ。顔を思い切り歪ませて、神社の出口のほうへ歩く。先ほどの文面を、無意識に脳裏で反芻しながら。



――恋愛 今の人が最上 迷うな。


 

あいつとシェアハウス 短編3

Comments

コメントありがとうございます。 そうですね、本編をいいところで終えてしまったので、その後の二人の様子もちまちま書いていきたいなとは思ってます。

日永

本編は終わってしまいましたがこういった形で善ちゃんと大智の日常的なイチャイチャが見れて嬉しいです。 本編では両想いになったところで終わってしまったので付き合い始めた後の二人の惚気たバカップルな感じのストーリーも期待してます(小声)

銀次郎


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