■こたつと蜜柑
こたつ。暖房器具の一種。その魔力は凄まじく、一度入ったが最後、恐ろしく温い熱に食らいつかれ二度と出ることは叶わないという。
「……おい」
何も大袈裟に言っているわけじゃない。話を盛っているわけでもない。現に目の前にいるのだ。せっかくの休日の半分を、あろうことかこたつからほぼ一歩も出ずに過ごしているアホ犬が。
「いい加減出ろっつーの」
「やだ」
「やだ、じゃねえ。トイレ以外そこから一歩も出てねえだろ」
蜜柑の皮を剥きつつ、呆れがちに言ってやる。すっかり絆された表情。気だるそうに揺らぐ尻尾。机に顎を乗せた大智は、頬杖で蜜柑を摘まむ俺を見据え、口を尖らせる。
「善ちゃんだってそうじゃん」
「…………」
不満そうに開いたその口元に、食べようとしていた一粒を思わず抛り投げた。大智はそれを器用に口でキャッチすると、腕まで潜り込ませていた身体をようやく少し外に出し、再び口を開いて舌をひらひらと上下させた。
「……お前」
可愛い。が、なんかムカつく。食べ物で遊ぶのは正直忍びないが、こいつならどれだけ俺が大暴投を繰り広げようが、気味が悪いほどの反射神経と体捌きで拾ってくるに違いない。と、すれば。上手くやればこれは。
「…………」
ひょい、と無言でひとつ投げる。正面に飛んできたこれを、赤木選手は難なく捕球。続いてのひとつも、僅かに身体を左に寄せただけで捉えてしまった。得意気に綻ぶ頬が、返って憎たらしい。
だがまぁ、あいつは既に俺の術中に嵌まっている。山なり、直進、変化球。どう投げようと容易く蜜柑の粒に食らいつく黒犬。いいぞ、徐々に調子づいてきてるな。ニヤケ面を隠し切れない大智の顔目掛け、最後の一粒を……。
「あっ」
……俺の手をすっぽ抜けた蜜柑は、ひゅるひゅると縦回転をしながら大智の遥か頭上でコンマ数秒ほど滞空する。背伸びした程度じゃ到底届かない高さだ。というかそもそも、手でキャッチできるかすら怪しい距離。
「……ッ」
そっからの大智はすごかった。見るも鮮やかにこたつを飛び出すと、下半身のばねを利用して仰け反り、見事蜜柑粒の着地点に照準を合わせそれを口に収めた。ごくん、と喉ぼとけが動き、にへ、と笑む。
「どうよ善ちゃん、俺の運動神経は」
「どうでもいいけど、ようやくこたつから出たな」
「へっ……あ」
やられた、という表情を浮かべ、すごすごとこたつに戻ろうとする大智。だがしかし、そうは問屋が卸さない。出た以上はやってもらいたいことがある。
「大智、ストップ」
「ん?」
「出たついでに蜜柑取ってきて」
「えー。善ちゃん、そりゃないっしょ」
「お前にあげたので最後だったんだよ。責任持って取ってこい」
「えー……」
不貞腐れつつも大人しく台所へ向かう。やったぜ、作戦成功。俺としても、極力こたつから出たくはないもんな。台所、特に寒いし。
「てかさ、エアコン点けりゃいいじゃん」
「駄目だ。光熱費、結構やべえんだから」
「ちぇー」
台所から戻ってきた大智は身を震わせると、腕に抱えた蜜柑を机の上にごろごろと雑多に転がした。そうしてなぜか、蜜柑の皮を剥き始めた俺のほうを見る。
「んだよ、どした」
「…………」
すっと背後に回り込んだ大智は、何も言わぬまま俺を包み込むようにこたつに入り込んでくる。え、ちょ、待て。何してんだこいつ。
「はぁ……ぬくい」
「いやいやいや、おま、なんで覆い被さってくんだよ」
「普通にこたつ入るよりいいかなって」
「意味分かんねえから」
「いいじゃん、善ちゃんあったかいし」
「…………」
剥き終えた蜜柑を丸ごと半開きのアホ犬の口に押し込んで、俺は黙り込む。もうお前、頼むからちょっと黙ってろ。天然だか素だか知らんが、これ以上俺の心をくすぐってくんな。
足先の温もりと、背後から絡みついてくる温もりとの絶妙な温度差に尻尾を捩りながら、俺はまたひとつ蜜柑を手にするのだった。