「よし……っと」
一息ついて、掃除機のスイッチを切る。稼働音が消えたとき、見た目小奇麗になったリビングは突然、水を打ったような静けさに見舞われた。息苦しさを拭えぬまま、掃除機を部屋の隅に片して、ソファにぼすんと腰を落とす。
開け放たれた窓からやってきた風が、カーテンの合間を潜り抜けて、また別の窓へと吹き去っていく。時折聞こえる車の走り抜ける音は、平日の昼間なせいもあってかあまりに疎らで、喧噪と言うには程遠かった。
やっぱこの部屋、思ったより広い……な。
そんな風に思うのだって、もう何度目だろうか。数日前のこととはいえ、幾度となく脳裏の端に過ぎる、思い詰めた善ちゃんの顔。とはいえ一番の問題は、飛び出していった猫の背中を、今回も追いかけられなかった自分にあるんだろうけど。
――一緒じゃなくたって俺ら、ずっと一番の親友だろ。
……うん、まぁ、分かってる。酷いことを言った。梓馬から言われなくたって、自分がどれだけ無責任かなんて、嫌というほど思い知ってる。
虫のいい話だった。色んなことを隠したまま、善ちゃんにも納得してもらって、出来るだけお互い傷付かずに済まそうなんて。
その報いなんだろうな、これは。だだっ広い空間を一人で持て余して。善ちゃんは帰って来なくて。送った連絡は、返ってくる気配もなくて。
でもむしろ、こうなることを望んでいた気もする。親友のままいられたとして、ずっと同じようにいられるかなんて保証はない。善ちゃんの記憶が戻ったら、その懸念は余計に膨れ上がるだろう。
そんでいつしか、それが破裂したとき。俺はとうとう善ちゃんに、どうしようもない自分の欠陥を伝えることになるんだろう。そしてそれは、俺たちの仲を、確実に、いっそ致命的に、引き裂いてしまうんだろう。
そうなってしまうぐらいなら……俺は。
俺の勘が正しければ、善ちゃんはあの狼のところにいる。でも、それでいいんだと思う。梓馬の胡散臭さは、現在進行形で神経を逆撫でし続けているけど。少なくとも善ちゃんを酷い目に遭わせたりなんかしないだろう。
だって、あいつは言った。宣戦布告だと。あの狼の狡猾さを以ってすれば、善ちゃんを籠絡することも訳なかったはずだ。だというのに、あいつはわざわざ俺の目の前に、律儀にも現れて。
筋は通す。その点については、信頼してもいいんじゃないかって。
おもむろに立ち上がって、窓を閉める。室内が無風になる。洗面所に向かって、顔を洗う。垂れる雫を腕で適当に拭きながら、鏡を見る。沈んだ顔が写る。憔悴しきって、締まりのない、腑抜けと言うに相応しい顔。
ぱちん、と頬を思い切り叩いた。しっかりしろ、ちゃんと決心したじゃねーか。誰も傷付けなくて済むよう、独りきりで生きていくって。勉強だって家事だって、いずれは仕事だってこなして、立派に生きてみせるって。
それが多分、俺に出来る……精一杯の生き方。
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