「お前らってなんかさ、マジ兄弟みたいじゃね」 春先の、高校前の並木道。アスファルトを擦るつむじ風が、路傍に散った桜を巻き込んで、空へ舞い上げていく。その瞬間、視界がぼうっとする。眩しすぎる世界の中、俺は友人らとまだ覚えたての通学路を歩いていて。 「兄弟ってか……ホモ?」 「言えてる」 「えっ」 「仲良すぎてやべーもんな」 「そんなんじゃないって」 顔も思い出せないような奴らが好き勝手騒いでいる。俺と善ちゃんの関係はずっと揶揄されてきたけど、高校に上がってからは本当に酷かった。幼馴染の親友。俺が思うよりもそれは、好奇の目に晒されることが多いようで。 「でも今日も見舞いに行くんだろ」 「いくら仲良いって言ってもな」 「やっぱ付き合ってんじゃね」 「やべー」 「だからー、そんなんじゃねーって」 げらげらとくだらない笑いが耳元を撫で回していく。こんなのもう慣れっこだから、適当に取り繕って同じように笑う。それでいい、愉快も不愉快もない。みんなこんなことで大騒ぎできるなんて、ちょっと羨ましいって思うぐらいで。 だって俺、付き合うとかよく分かんないし。俺と善ちゃんの関係をそう野次るんなら、それでも構わないとは思うけれど。反面、男同士で付き合うなんて奇妙な感じもしていて。 「じゃ、また明日な」 T字路に差し掛かるなり、そそくさと別れを告げ、足早に家路を急いだ。話題の不機嫌な猫は今、俺の隣にはいない。入学式が済んで早々、熱を出して家で寝込んでいたから。 駆け足で家に着いても、向かうのは自分の家じゃなかった。ポケットから鍵の束を取り出すと、隣の家へと急ぎ、扉を開け荷物も置かず二階へ駆け上がる。 「善……」 開け放たれた窓。吹き込む風がカーテンを膨らませ、春の香りを室内に運んでいる。件の猫は自室のベッドで寝ていた。窓から差す淡い茜色を避けるように、部屋の薄暗いほうへ身体を向けて。 「…………」 俺は首筋を掻きながらショルダーバッグをそこら辺に下ろし、静かにベッドの脇に胡坐を掻いて座った。昨日も一昨日も善ちゃんは起きてたから、今日はちょっと拍子抜けだ。 「……ん」 小さく声がして、同時に善ちゃんが寝返りを打った。いつもの不機嫌さもない、安らかな顔。その小さな鼻先を光が掠め、枕元の埃に反射してちらちらと輝く。 「…………」 今度は無言で身じろいだ。そしてがさがさと掛け布団が動いたかと思うと、ベッドの脇からふらりと腕が出てきた。なんとなく起きてるのかと思ったが、そういう風でもないらしい。 「…………」 夕焼けの中で静かに息づく掌を眺めるうちに、心にふっと興味が芽生えた。童心というか、好奇心というか。特に何も考えず、五本のうちのひとつの指を取って優しく摘まむ。 ふに、という効果音でも鳴りそうな弾力が返ってきたのに気を良くして、満足げに手を離そうとした。そのとき。 「…………」 善ちゃんの手が俺の手を握っている。汗で少し湿った柔らかな掌が、思うよりもがっしりと俺の掌に入り込んでいる。顔は見えない。意図してなのか偶然なのか、よく分からないがとにかく、俺の手は善ちゃんに握られていた。 「……へ」 困惑しつつも俺は鼻を鳴らし、その感触に応じる。別に嫌じゃない。握った手の中で互いの毛並がさらさらと混じっていくのが、妙に心地よくて。 「…………」 風。カーテン。木の香り。湿気。仄かな汗。薄暗がり。埃。咳。光り立つベッドの淵。茜色。微かに揺れる毛並。淡くなる視界。眩い夕暮れの中、確かに胸に在る安らぎ。 手は握ったまま身体をベッドのほうへ寄せ、端のほうに突っ伏した。なんだかすごく眠い。脳裏がぼんやりと薄らいでいくみたい……な――。 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 先行公開はここまでとなります。 全編については後日の投稿をお待ちください。