【ss 善人と梓馬~本編33話より】
Added 2018-09-29 17:16:30 +0000 UTC「なんでってお前、あれは流石に心配だろ」 そう言って俺は、仔犬の面倒を大智に一任すると、様子のおかしかった梓馬の後を追った。すぐ追いかけたはずなのに通路には姿がなかったから見失ったかと思ったが、通路の奥まった先にある観葉植物に紛れて蒼い顔をしているのを見つける。 「梓馬……」 「…………」 「う、うおっ」 近寄った途端、梓馬ががばっと俺に覆い被さってくる。一瞬突き飛ばしてやろうと腕に力を入れたが、俺を抱き寄せる腕が震えてることに気付いて、流石に止めてやることにする。 「…………」 「…………」 俺たちはしばらく無言だった。幸い人通りがないからいいものの、水着で抱き合ってるなんて人に知れたら相当マズい。それは分かってはいるけれど。 ――分かっちゃうんだよなー、俺。エスパーだから。 あの日俺を救い出した表情が、こんなにも曇りを帯びているのを見過ごすなんてできるはずもなくて。 俺は梓馬の背中のほうに手を回して、ゆっくり擦ってやった。これで落ち着いてくれるんなら、別に安いもんだ。俺がもらったものに比べたら、こんなの全然。 「……善人ちゃん」 「なんだよ」 「悪い」 「いいってそんな。らしくねえな」 抱き着く力が徐々に強くなってくる。正直少し息苦しい。というか、相手の息が若干激しい。妙な予感がして段々と懐疑的になってくる俺に、クソ狼は言い放つ。 「悪い……反応した」 「え、反応って……おま、まさか」 慌てて突き放そうとするが、時すでに遅く。俺の力じゃどう考えてもこいつのホールドから抜け出すのは困難だった。マズい、どう考えてもマズい。公共施設でこんな、下手しなくたって通報物じゃねえか。 「ちょ、梓馬、いい加減に……」 股間でも蹴り上げてやろうかと思った矢先、狼の力が緩んだ。解放された俺は、文句を言ってやろうと極力下側に目線を向けないよう梓馬の顔を見る。 しかし吐こうとした悪態は、喉に上がる前に胸元で萎んで消えてしまった。目の前の狼が、あまりにも儚げな表情で俺を見てきたから。 「…………」 「な、なんだよ……」 顔が近い。前に迫られたときほどではないにせよ、今の状況のほうがよっぽど心臓に悪かった。動悸が荒くて、少し痛い。 「ほーんと、いい奴だよなぁ……善人ちゃんなぁ」 「……褒めたってもうハグはしねえぞ」 「なんであんな……に惚れてんだか、ぶっちゃけよく分かんねーわ」 「え?」 か細い声で呟かれたせいで、上手く聞き取れなかった。聞き返そうにも、この調子の梓馬相手じゃ躊躇われる。 「……ありがとよ。もう大丈夫、お待ちかねのいつもの梓馬くんだから」 「別に待ってねえけど」 「そう照れんなって。そんなん言われたらまた落ち込んじゃう」 「それは勘弁して……」 「じゃあ励ましがてら、キスのひとつかふたつ」 「するかバーカ」 調子よく迫ってきた鼻先を押さえつけて、一蹴する。全く、少し心配してやったらこれだ。完全に損した気分だわ。 「元気になったんならもういいよな、じゃ」 出来るだけ素っ気なく言い放って、不満そうな梓馬を置いてその場を後にする。元気になった時点で俺の役目は終わりだ。こいつの妄言に付き合う気なんか、さらさらありやしないし。 そうして通路の中ほどまで行ったところで、ふと気になった。梓馬は何が原因で、あんなに取り乱したんだろうか。あのミサンガに一体何が。確かめようにも、振り返った先にあの狼の姿はもうなくて。 奔放で自由で、完全無欠。嵐のようなあいつにも、人に言えない致命的な欠陥ぐらいあるんだろう。それは多分暴くべきじゃないし、何より暴かれるべきじゃない。 「…………」 腹の辺り、押し付けられた熱の残り香に複雑な気分を抱きつつ、俺は再び歩き始めた。休憩スペースで、大智が待ってる。