SS 俺いも 2024長編15 出発前夜
アメリカにスポーツ留学した娘から3か月以上も全く連絡がない。音信不通、消息不明状態に最初に耐えられなくなったのは京介の父、大介だった。そして、一見厳格でありながら娘に対して非常に心配性である父の性格を京介は見抜いていた。
京介は父に代わって渡米する事態を想定して愛する妻である瑠璃にパスポートを取得させておいた。瑠璃自身は何の為の取得だか説明を受けていなかった。
そして京介の提案を義理の両親の前で聞かされて大層驚かされたのだった。
『ああっ、俺と瑠璃で桐乃の様子を見てくる。だからオヤジは大人しく職場に行ってくれ』
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出発を明日に控えた水曜日の夜。瑠璃は海外行きというこれまでの周回でも、人生の全てでもなかった展開に焦りを隠せないでいた。
「明日は空港。そして飛行機に乗って大移動だというのに。京介は随分と落ち着いているのね」
瑠璃は身体を洗う手がいつも以上に念入りというしつこくなっていることに気付いていた。落ち着かない。認めるしかなかった。
一方で夫である京介は普段と変わらないように瑠璃には見えていた。
「まあ、海外旅行自体は行ったことがあるからな。アメリカ本土まで飛ぶ長距離移動は初めてだが、何とかなるだろう」
「経済格差が産んだ余裕の差ね……」
五更家は経済的にはお世辞にも豊かとは言えなかった。家族での国内旅行でも近場がほとんど。アメリカに到着する前の段階で不安がいっぱいだった。
「俺たちにとって今回の渡米は両親がプレゼントしてくれたお使い有りの新婚旅行だと思えば良いだろ。ゆっくり観光する時間は取れないかもだけどな」
京介は楽し気に笑っている。その様子を見て、今は誰も覚えていない最初の周を思い出した。京介は根拠はなくても自信を持ち合わせていた。そして、実際に大きな問題を幾度も解決してみせたのだった。そんな京介に瑠璃はどんどん惹かれていった。そのことを思い出した。
「そのお使いが大変なんでしょ……」
桐乃はあやせや加奈子には時々生存報告を入れているものの、高坂家には連絡を寄越さない。その意味を考えると、義父が望んでいる桐乃を連れ帰るという展開は困難が予想された。
「ちなみにだ。瑠璃が知っている過去の時間軸で、俺はアメリカから桐乃を連れ戻すことに成功したのか?」
余裕の京介からは逆に質問が帰ってきた。
「成功したわ」
昔を思い出しながら瑠璃は大きく頷いてみせた。
「そうかそうか。俺は優秀だったんだな」
京介はどや顔を浮かべている。
「ただし、桐乃がアメリカに行った展開は私が知る全ての周回の中でたった1度きり。それも、桐乃はあやせたちにも全く連絡を取らず、精神的にはどうしようもない程に追い詰められていたという点で今回とは異なっていたわ。私が渡米という展開もなかった」
瑠璃は、自分と京介が夫婦になる前の最初の1周目であることを伝えなかった。
夫婦でない状態の昔の話をすることが気乗りしなかった。京介をアメリカに送り出す際に頬にキスして自分の想いをハッキリと認識したことを話すのが恥ずかしかった。
「なるほど。桐乃を連れ戻す為の難易度は上がっているというわけか」
京介は大して困っている様には見えなかった。それが瑠璃には不思議だった。
「言葉も通じない異国で、帰国するつもりがあるのかないのか分からない義妹と相対さないといけないというのに。貴方は随分と余裕だわね」
「まあ、実際に余裕はあるさ」
京介は再び大きく頷いてみせた。
「どうして?」
「桐乃がアメリカに残りたいと本気で思っているのなら連れて帰らなくて良いと思っているからだ」
「えっ?」
瑠璃にとっては予想外の返答だった。
「オヤジは桐乃と連絡が全く取れないことに心を痛めている。毎日千葉のこの家で顔を合わせないと耐えらないというわけじゃない。おふくろに至っては、連絡がないのは元気な証だと思っている節さえある。今回の渡米は、桐乃を連れ帰ることがマストじゃない。アイツの無事を確かめることが最優先目標なんだ」
「無事を確かめた上で、桐乃本人に帰国するつもりがないのなら本人の好きにさせると」
「アイツは今、留学中なんだからな。無理に連れて帰ることが正しいとはならないのさ」
「…………貴方って凄く深いところまで考えていたのね」
惚れ直したわ。瑠璃は言葉を飲み込んだ。別に言葉にする必要はないと思った。
「惚れ直したか?」
「貴方ならそう言うと思ったわ♪ ええ、惚れ直したわ♡」
瑠璃は笑ってみせた。
彼女がアメリカに行くに当たっての不安材料が一つなくなった。
なら、もう一つの不安材料も軽減しておきたかった。
「京介、今夜はいっぱいいっぱい抱いて頂戴」
「瑠璃からのえっちなお誘いとは珍しいな」
「飛行機に乗るのが不安で仕方ないの。貴方の愛で打ち消して頂戴」
瑠璃は渡米に当たっての最大の不安を吐露した。
実のところ、彼女は今まで生きてきた中で飛行機に乗ったことがなかった。
飛行機が落ちることはないと幾ら説明されても、脳のどこかが拒否をする。不安を覚える。恐怖を感じてしまう。未知の体験への恐怖は抜けなかった。しかも今回の場合には1時間ほどのフライトで済む国内旅行とは違う。アメリカ西海岸までは成田から直通でも10時間ほど掛かる。飛行機内で一泊する様なもの。瑠璃にとっては不安でしかなかった。
「今夜いっぱいセックスしておけば……明日は疲れてしまって飛行機の中では眠れるかもしれないからな」
「あまり聡い面を見せるものではないわよ。恥ずかしいわ……」
瑠璃は照れ顔を浮かべてみせた。
その夜、瑠璃は京介に何度も愛して貰った。
疲れ切るまでセックスする。それは、アメリカ行きに備える為に彼女にとっては最も必要なことなのだった。