SS 俺いも 2024長編12 GWイベント
瑠璃の誕生日から10日程が過ぎた。季節はGWに突入していた。
これまでの時間軸であればGWは高坂夫婦にとってはそう大きなイベントではなかった。
夫である京介はバイトに精を出す日々を過ごす。京介がバイトしている以上、瑠璃が行楽に出ることはほとんどない。精々妹たちへの家族サービスで千葉公園や動物公園に連れて行くぐらい。休みが長くても家事の量が減ることもなく、瑠璃にとっては大して意味のある連休ではなかった。
だが、今回の時間軸は違った。瑠璃はゲーム研究会の部長。一度部が潰れて再出発したので先輩後輩関係なく全員が新入部員。以前の時間軸では加入しなかった“本物の”新入部員も何人かいる。部員の結束力の強化並びに実績作りの為にGWを有効に使う必要があった。
「ルリルリが団体客のガイドさんになる日が来るとはなあ~♪」
「馬鹿なことを言ってないで誘導を手伝って頂戴。貴方は背が高いのだから人込みでも目立つでしょ」
5月初。瑠璃は夫京介、ゲーム研究会の部員たちと共に幕張メッセで開かれているゲーム系大型イベントに参加していた。
提案は沙織、下準備は京介が主に進めてきたが、このイベント参加の責任者は部長の瑠璃だった。総勢10人以上で遊びに行くことの代表。瑠璃にとっては気苦労の多い1日だった。引率を意識して女教師っぽい格好までしながら。
「ゲーム研究会の部員なのに、こんな陽キャみたいな遊び方をして良いのかしら?」
「オタクだからとて全員がインドア陰キャとは限りますまい。きりりん氏を思い浮かべればそれは明らかでござるよ」
会場内の企業ブースで待っていた社長令嬢モードの沙織が愚痴る瑠璃に苦笑してみせた。
最初の時間軸で瑠璃は所謂“痛いオタク”だった。見た目も言動も人を遠ざけるばかりだった。だが、ぼっちであり続けることも嫌で参加したのが沙織主催のオフ会だった。
瑠璃は家族にしろ、オタク友達にしろ、ゲーム研究会の仲間にしろ、信を置いた者と行動する時しか心が休まらない。ぎこちなくなる。それは最初の周以来現在まで続ている。だから今も落ち着かず、変な言動を取ってしまう。けれど、帰ろうとも解散とも言わないのは瑠璃なりに部長という役職をまっとうしようと頑張っているからだった。
「…………部長として何をしたら良いのか正直今もよく分からないわ」
弱気の吐露。会場まで連れて行けばどうにかなる。そんな思いで朝から頑張ってきたわけだが、入場してしまうと今度はその先で困った。
「特に何もしなくて良いと思うでござるよ」
沙織の返答は瑠璃にとって意外なものだった。彼女の顔を見入ってしまうぐらいに。
「今回のこのイベントは、参加者全員が心から楽しんでもらえるように主催者、参加企業側も全力を尽くしておりまする。瑠璃殿がわざわざみなの楽しいを律する必要はないでござるよ」
沙織は瑠璃に振り返るように目配せしてみせた。
アイコンタクトに従って瑠璃が振り返る。彼女の真後ろに部員たちの姿はなかった。けれど、各々が各ブースに散って新作ゲーム体験やその説明、グッズの購買などをしてイベントを楽しんでいた。
「みんな高校生でござるから。イベントの楽しみ方ぐらいは自分でみつけるでござるよ」
「…………そうね。幼い妹たちを引率しているのとは違うのだったわね」
瑠璃はクスッと笑ってみせた。
幹事役の経験が少ない彼女は、母親代わりポジションに自分を置こうとしていた。けれど、その必要がないこと、そうなってはいけないことを自分で確かめてみせた。
「瑠璃、沙織♪ ジュース買ってきたぞ。ちょっと休憩取ろうぜ♪」
京介が朗らかに笑いながら瑠璃たちのところに戻って来た。3人分の缶ジュースを持って。
「瑠璃殿には頼りになる旦那さまもいるでござる。今日の部活イベント、まずは瑠璃殿自身が楽しんでくだされ」
「…………そうするわ」
沙織の言う通りだと思った。幹事役に徹して、自分だけ気難しい表情を浮かべていたのでは、他の部員たちの楽しさを半減させてしまう。自分も楽しむのが今日の成すべきことなのだと考え方を改めた。
***
瑠璃は格闘系、シューティング系の新作ゲームの体験で非凡な才能を見せ付けた。未知のゲームであっても卓越した反射神経と指さばきで準備されたステージを次々にクリアしていった。部員たちは瑠璃のゲームセンスに脱帽して褒め称えた。
そんな瑠璃にとってこのイベントに団体で参加したことにはもう一つ理由があった。それが、槇島グループが協賛している企業が作った新作ゲームの格闘大会に参加することだった。
そのゲームはまだ発売されておらず、体験版も出ていない。僅かにPVで幾つかのキャラ紹介の動画が出ている程度。文字通り、誰もプレイしていない未体験ゲーム。そのゲームで格闘大会を行うので研究も対策も何もなかった。各キャラがどんな技を持っているのか。どうコマンド入力するのかも知らされない、事前情報がほぼない中での戦い。誰が勝つかは全く予想が付かない。というわけではなかった。
「よし、ゲーム研究会のみんなは全員違うキャラを使うんだ。自分の使ったキャラでどんな技が出せたか覚えておいて試合後に情報を提供してくれ。相手キャラの技もな」
ゲーム研究会はこの格闘大会にチームで優勝することを掲げていた。すなわち、情報を収集し、交換し合うことで他の参加者よりも有利になる。考えたのは京介だった。もっとも、これはある種の建前だった。
『……瑠璃なら自分の使うキャラを解析していくだけで優勝できるんだろうが。部活ってことで、みんなで優勝したって感じにする方が良いだろうな』
『…………私はちゃんとみんなからの情報を活用するわよ』
事前の話し合いで瑠璃は京介の話に乗った。ただし、部員たちの協力を無碍にはしない修正付きで。
発売前で不確定要素が多すぎる為に有力ゲーマーたちが誰も参加していないこともあってゲーム研究会の面々は破竹の快進撃を続けた。
そして迎えた決勝戦。順当に勝ち上がってきた瑠璃の相手は──
「フッハッハッハ。この中村悠一イケメンボイスキャラを操って頂点に君臨するのはこの俺だっ!」
夫京介だった。京介は部員たちがもたらした情報を最大限に活用して自キャラと敵キャラの特徴と弱点を把握して戦いに活かした。その結果、強敵がいなかったこともあって、並みのゲームプレイヤーでしかない京介が決勝まで勝ち上がってきたのだった。
「優勝する為に参加したこの大会だけど……決勝の相手が京介では、誰もこの大会自体を評価することはないわね」
瑠璃は短くため息を吐き出した。
学校には報告できる戦果とはなっても、格ゲー界ではこの勝利は何の意味も持たない。もっと大きな大会に出場する為のチケット代わりにはならない。
当ては一つ外れたが、ともかくこの大会を優勝することにした。
「フッハッハッハッハ。瑠璃よっ! 俺の華麗な操作術の前に跪けっ!」
「…………貴方って本当にノリが良いわよね」
京介がその場のノリだけで無茶をして散々に振り回された最初の時間軸のことを思い出しながら瑠璃は夫との戦いに臨んだ。
『You Win! Perfect!!』
ゲーム音声が瑠璃の勝利を告げた。
2ラウンドとも瑠璃の圧勝。ノーダメージでの完全勝利だった。
しかも瑠璃はコマンド入力技の類は一切使わず、基本のキックとパンチのみで動態反射を駆使して勝ってしまった。
『まっ、負けた……』
膝を折って落ち込む京介だったが、部員たちはこの分かり切った結果に誰も驚かなかった。だが、ゲーム研究会で優勝するという目標を達成できたことに充足感を覚えていた。
そして瑠璃は大会の表彰式で思いもよらぬ人物と出会うことになったのだった。
「優勝、おめでとうございます♪」
キャンペーンガールの仕事で優勝トロフィーを手渡してきたのは新垣あやせだった。
「何で準優勝しているのがお兄さんなんですか? トロフィー、渡したくないんですけど?」
「アッハッハッハ。あやせたんは相変わらずツンデレが過ぎるなあ♪」
「ツンデレではなく本気で毛嫌いしているんですっ!」
あやせは瑠璃のことを既知の仲として認識できていなかった。京介にのみ絡んでいた。
「…………本当にこの時間軸は予想外のことが次から次へと起こるわね」
瑠璃は厄介事がまた増えたこと、桐乃のスポーツ留学の件が解決からまた遠のいたのを感じずにはいられなかった。
了