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枡久野恭(ますくのきょー)
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SS 俺いも 五更瑠璃 台風


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「昨今の台風は全然わくわくできない邪道なんだっ!」


 台風がもうすぐ関東まで影響を及ぼそうとしている8月末の高坂家のバスルーム。台風に関して熱弁を奮う夫に対して幼な妻は呆れた視線を送っていた。


「私は貴方と夫婦となって長い間一緒に過ごしてきたけれど。貴方に関してはまだまだ分からないことだらけであることを認めないわけにはいかないわね」


 瑠璃の眉間にはシワがよっていた。

 だが、京介は彼なりに想いの詰まった話をしていたのだった。


「男ってのは台風に異常なまでに興奮する生き物なんだよっ! 人智を越える圧倒的パワーっ! だんだん強くなっていく風っ! そして吹き荒れる嵐っ! 男なら憧れるんだ!」

「そう言えば、以前にもそんなことを言っていたわね。女の私には理解できないけど」




 京介は一層の熱を込めて語るが、瑠璃は話半分に聞いているだけだった。

 実際、高坂家の家事を一切預かっている者としては台風の到来に喜んでなどいられない。台風への備えは彼女1人でほとんど行わなければならない。食料品の買い溜め、非常用品の用意と点検。玄関前や庭の植木やその他荷物の移動、厳重な戸締りなどやることは多岐に渡る。台風の到来は面倒事が増えるだけだった。


「台風の脅威をだんだん強く感じていく瞬間が、少年漫画のバトルみたいで良いんだ」

「よく分からないわ」

「だが、昨今の台風はいきなり線状降水帯になってあり得ないほどの雨と風が一度に襲ってくる。生ぬるい風から段々と風が強くなって遂には雨が降り始めるという台風の由緒正しきお作法に則らない。男の昂りを満たせないんだ!」


 京介は目を固く瞑ってやるせなさを熱弁している。

 瑠璃にとって夫が感じている憤りは一部では理解でき、残りの大部分では同意できなかった。


「台風に限らず、去年、一昨年あたりから顕著になったゲリラ豪雨は家や庭へのダメージが非常に大きくて腹立たしいわ。いつ襲ってくるのか分からない分だけ備えるのが難しい。洗濯物が全滅どころか、窓を閉め忘れて雨が室内へ入り込もうものなら大掃除確定よ」


 男のロマンを語る京介に対して、瑠璃はあくまでも主婦目線だった。

 昨今の強すぎる雨は、ただでさえ忙しい瑠璃により一層やることを増やさせるだけだった。しかも水浸し被害なので対処への優先順位は一番になってしまう。スケジュールを大幅に狂わせて、それがまた瑠璃の頭痛の種だった。


「盛り上げる過程を大事にしないでいきなりクライマックスをぶつけてきてもだ。視聴者としてはやはり納得できないんだっ! バトルシーンの最後だけダイジェストで見せられても面白くないんだっ!」

「台風はエンターテインメインとではないわよ。けれど、いきなりクライマックスに対して異議ありなのは確かだわ」


 創作には思い入れが深い瑠璃は同意を述べながらふと思い出すことがあった。


「入浴を済ませたら、食料品の買い出しにスーパーに行って来ないと駄目だわ。パンやお米をもっと準備しておかないと」

「俺も一緒に行くぞ。まだ台風は来ないだろうが、瑠璃だけじゃ心配だからな」

「それは助かるわ。京介が来てくれるのなら飲料水も多く確保できるわね」


 瑠璃はほっこりと笑みを浮かべた。


「力仕事なら任せておけっ!」


 京介は大して筋肉質ではない身体でマッスルポーズを取ってみせた。

 彼には成人男性の一般的な力ぐらいしかない。けれど、小柄で力には自信がない瑠璃にとってみれば十分すぎる程の力持ちだった。

 何より、夫が自ら同行と荷物持ちを名乗り出てくれたが嬉しかった。


「貴方が積極的に手伝ってくれるのなら。台風の訪れもほんの少しだけ悪くないわね」




 瑠璃は台風の到来に夫婦の絆が強まったのを感じて少し嬉しくなったのだった。









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