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枡久野恭(ますくのきょー)
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SS 俺いも 五更瑠璃、五更日向 コミケ前


SS 俺いも 五更瑠璃、五更日向 コミケ前


 夏コミを数日後に控えた8月のある日の昼間。高坂瑠璃は実家である五更家を訪れていた。

 下の妹珠希を居間に寝かしつけ、現在は上の妹である日向と水風呂に浸かっていた。




「嫁入りして文明の利器に浸かり過ぎて軟弱になってしまった自分を痛感せざるを得ないわね」


 瑠璃は妹を誘って水風呂に浸かっている理由を述べた。姉の婉曲な言い回しが何を意味するのか分からない日向ではなかった。


「つまり、高坂家ではエアコンが付いているのが当たり前。その生活に慣れ過ぎてしまって、基本的にエアコン使わない五更の家の暑さに耐えられないと」


 瑠璃は特に返答しなかったが、反論もなかった。まさにその通りだった。

 JK人妻は夏休みに入っても家事に一日中追われる生活を送っている。とても忙しい。けれど、夏場のエアコン使用は積極推奨の家なので、室温という面に関しては快適に保たれ続けていた。

 そんな生活をサザエさん時空に巻き込まれていることもあって何年も続けてきた。その結果、16歳の肉体には変化がないものの、暑さにはすっかり弱い身体となってしまっていた。


「ルリ姉、以前は黒いゴスロリ服を外出の際には真夏でも着ていたじゃん。汗もあんまり掻かないでさ」


 妹の指摘に瑠璃は昔の自分を思い出してみた。





 ゴスロリは瑠璃にとってはただの服装というよりも自分の信条と覚悟の表れだった。

 多くの者は街中をゴスロリ姿で歩く瑠璃を奇異な目で見ていた。その視線に反骨心を抱き、中二病に染まっている自分を逆に肯定してみせた。

 元々暑さに強く、汗も掻き難い体質だった。だが、暑くてもゴスロリを脱ごうとは思わなかった。負けた気分になるから。何に負けるのかは自分でもハッキリ分からなかった。けれど、真夏でも長袖のゴスロリを貫くことがアイデンティティだと固く信じ込んでいた。少なくとも、京介たちと共に参加した夏コミで、桐乃に上着部分を脱がされるまでは。


「…………今の私が、黒猫装束を普段着として着るのは2つの意味でもう無理ね」

「2つの意味?」


 日向が聞き返したので瑠璃は頷いてみせた。


「人妻、高坂家の嫁となった以上、あの服装で出歩くことはもう出来ないわよ。ご近所さまやお義父さま、お義母さまの目と反応が怖いわ」

「夜の女王を気取っていた中二病患者が随分変わったもんだね。イヒヒ♪」


 日向は楽しそうに笑ってみせた。


「服装に関してだけは、ルリ姉はビッチさんに完全服従だしね」

「残念ながら、世間一般に受けの良い服を選ぶセンスは私にはまだ培われていないわ」


 瑠璃は大きなため息を吐き出してみせた。

 彼女の私服選びは、基本的に桐乃に拠っている。彼女が選んだものを買っている。

 桐乃がいない場合には、かつて桐乃が選んだものと同系統のものを選んでおり、瑠璃は自分独自のファッションセンスをあまり出さない様にしていた。

 かつては世間が敵だった。迎合する謂われなんてなかった。

 けれど、今彼女は社会の中に生きている。高坂家やご近所のコミュニティを非常に重視している。その中で円滑に生きて行く為に義妹の知恵を借りることを良しとしていた。それが高坂と苗字を変えた彼女の変化、或いは成長だった。


「それに、あの生地の厚いゴスロリ衣装を着て屋外を歩くことは今の私には困難よ」

「確かに。うちの暑さに耐えられなくて水風呂入っているぐらいだしね」

「仮にコスプレ衣装としてゴスロリを制作するなら……半袖にするとか保冷剤を中に詰められる様にするとか暑さ対策を最重要課題にするでしょうね」

「邪気眼ばっかり発していたルリ姉も人の子になったってことか……」

「何を生意気言ってるのよ」


 瑠璃は日向の頭を軽く小突いてみせた。

 ただ、日向の言葉が間違いだとは思わなかった。

 桐乃曰く重度の邪気眼中二病患者が愛を知って人の子になった。人と歩んで行く道を選んだ。それは間違いがないことだった。


「夏コミは、普通の服装で売り子に徹しようかと思っていたけれど。せっかくのお祭りだもの。何か、新作衣装でもお披露目しようかしらね」


 瑠璃は祭りに対する高揚感を新作衣装の制作に取り掛かることで昇華しようと思い立った。だが、その提案に対して妹は微妙な表情を浮かべていた。


「ビッチさんへの服従で隠れるようにはなっているけど……ルリ姉の服のセンスがアレなのは根本的には直ってないんだから。一人で頑張り過ぎない方が良いんじゃないかな?」


 日向の頭に思い浮かんだのは神猫装束を身に纏った姉の姿だった。




 姉のファッションセンスが根本的にどこかおかしいことは実妹である日向が一番よく分かっていた。姉の自由に任せればまた残念な衣装が出来るであろうことも。


「…………相談するわよ。夏コミの売り上げにも響くんだから」


 瑠璃は悔しそうな表情を浮かべたが、修正案を口にしてみせた。

 自分一人のセンスに頼って服を作っても、家族やご近所はおろか、オタク連中にも受けが悪いものができてしまう。そう直観してしまった。

 ならば、最善の結果を出せるように修正するのみだった。その修正を実際に口に出すことができるのが今の瑠璃の変化、或いは強さだった。


「ルリ姉がどんな衣装を作ってくるのか。楽しみにしてるよ♪」




「妹に上から目線で言われることではないわよ」




 大きなため息を吐いてから天井を見上げた。

 胸が高鳴っているのを感じた。

 祭りの刻は近付いていた。





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