くノ一鮮血化粧――其の三
Added 2020-02-22 02:47:31 +0000 UTC☆ そして、今夜――。 幸次郎の隠れていていた襖の向こうで、お瑶は芸妓の格好をし、的である大蔵重進に近づくと、巧みに床へと誘い、その性の妙技を以て、忽ち失神させてしまった。 その様子を襖の陰から見ていた幸次郎は、当然というべきか、激しく欲情していた。しかしこんな場所で処理することは出来ない。また、いつ何かあるのか分からない為、ここで待機していなければならず、おいそれと厠へ行くこともなかなかった。 目の前で繰り広げられる媚戯に、幸次郎は只々己の欲情と葛藤に耐えなければならない。 「さあ、お膳立ては整えたわ。後は貴男の仕事よ」 重進がお瑶の技に籠絡されて、ようやくそう呼ばれた。 目の前には憎き仇敵である税吏が気を失って無防備に眠り込んでいる。 そしてその傍らには凄艶な笑みを浮かべる、全裸の魅惑的な女がいた。 ごくり、と幸次郎の咽喉が鳴る。 「さあ、後は貴男の仕事よ。これで重進をやってしまいなさい」 どこから取り出したのか、お瑶の手には抜き身の匕首があった。それを幸次郎へと差し出す。 震える手で、幸次郎は匕首を受け取った。 「手が震えているわね。それで急所を突くことが出来るのかしら」 傍から見ても分かる程、幸次郎の手は震えており、それが匕首の先端にまで伝わっている。これでは、心臓はおろか喉笛を掻き切ることさえ容易ではない。 それも仕方のないことであろう、幸次郎に人殺しの経験などないのだ。 「少し、落ち着いた方がいいわ。大丈夫、何かあっても重進は目覚めないから」 意味ありげにお瑶は微笑むと、幸次郎の手から匕首を取り上げ、その魅惑的な柔肌を密着させてきた。 顔が近い。お瑶の甘い息が幸次郎の鼻孔を擽る。 「ほら、深呼吸をして落ち着きなさい。さあ、吸って、吐いて、吸って……」 呼吸をする度に、お瑶の甘い吐息が感じられた。人殺しに挑む恐怖が少しずつ薄らいでいくようだ。 「そうよ。ふふ、最初から上手く出来るなんて思っていないわ。でも、貴男は重進が憎いわよね。許嫁を嬲りものにされたんですもの」 「あ、ああ……」 「だから、その憎しみを喰らわせてやればいいのよ。あの匕首で。確実に殺すかなんて問題じゃないわ。止めは任せなさい。どう、出来るわよね……」 蠱惑的な声が、幸次郎の耳に響く。 それでも震えが止まらない幸次郎の身体をお瑶は強く抱き締める。 その頭部を引き寄せ、幸次郎の顔面を自身の豊満な胸元へと埋めた。 「……むうう」 「さあ、深呼吸を続けなさい。わたしの匂いをいっぱいに吸い込むの。そうすれば落ち着くわ」 「……すぅ、……はぁ、……すぅ、……はぁ」 「ねえ、いいかしら。貴男は仇を討つ為にここに来たのよ。なので最初の一刺しは貴男に譲ってあげるの。いいわね。貴男の匕首でそこの男を殺しなさい。それに――」 お瑶の瞳が妖しく光る。 「それに、貴男があの男に匕首を突き立てることが出来たら、ふふ、その時は貴男の腰の剣を、わたしに突き立てさせてあげてもいいわ」 胸の中で、幸次郎はびくりと震える。 「さあ、分かったのならこの匕首を手にし、許嫁の仇を取りなさい。相手は無防備なのよ」 幸次郎を解放し、お瑶は再び彼の手に匕首を握らせる。 そして背後から彼に密着し、耳元で囁いた。 「さあ、早く殺して。そしたら、桃源郷が待っているわ。憎しみや怒りや絶望は、許嫁の思い出と共に、今度はその男にぶつけなさい。その後は、全てを忘れさせてあげるわ……」 匕首を握り、幸次郎はゆらりと重進の方へと歩み出す。 そして、逆手に持った匕首を大きく振りかざした。 「さあ、やるのよ――」 その言葉を合図に、幸次郎は悲鳴のような声を上げて匕首を振り下ろした。 それも一度ならず、二度、三度、四度……何度も何度も。 肉を裂き、骨に刃が辺り、臓腑を潰す音がする。血飛沫が幸次郎へと跳ね返って付着していった。 「あああっ、あああっ」 重進は呻き声一つ上げず、幸次郎の無軌道な暴力によって単なる肉塊と化していった。 その様子をお瑶は佇んだまま妖美な笑みを浮かべて眺めている。 憎き仇を滅多刺しにしながら、幸次郎は射精しているのだった。 「はあ、はあ、はあ……」 「もういいわね。よくやったわ」 お瑶の一言で、幸次郎は動きを止める。 彼は返り血に染まり、着物も、顔も、血痕が付着している。 そしてその前にある大蔵重進だったものは、辛うじて人の形を留めているものの、正面は匕首の無数の傷によって悲惨に変貌していた。 「出来るじゃない。さあ、気分はどうかしら。憎い仇を討った気分は」 幸次郎の手から柄まで血に汚れた匕首を取りながら、お瑶は訊いた。 糸の切れた人形のように、その瞬間幸次郎はくたり、とその場にしゃがみこんでしまう。 部屋には、血と、精の臭いが立ち込めていた。 「わ、私が、人殺しを……」 「ええ、そうよ。貴男が殺したの。それは貴男が望んだことだから。貴男はその望みを果たしたのよ。その血塗れの手が何よりの証拠」 「ひぃ……」 血に染まった自らの掌を見て、幸次郎は小さく悲鳴を上げる。 その視線は宙を彷徨い、目の前の妖美な天女の前で止まった。 「わ、私は、この手で、人を……」 「そう、人を殺した。仇を討つ為にね」 「ううわああ……」 お瑶は蹲る幸次郎を見下ろす。 「……素人にしては、まあよくやった方ね」 そしてその顔を無理矢理挙げさせると、 「さあ、約束よ。貴男を桃源郷に連れていってあげるわ」 そう言って、幸次郎の顎にも返り血が付着しているのも構わず、口付けをする。 濃厚な接吻。舌を絡ませ合い、唾液を交換し、互いの口腔を犯す。 その間、お瑶は慣れた手つきで血の付いた幸次郎の着物を剥ぎ取っていった。 「はぁン、ンン、ちゅちゅ……れろっ」 一方的にされるがままだった幸次郎も、お瑶に抱き付き、その口を貪る。 傍らにある血塗れの肉塊、その横で繰り広げられようとしている男女の媚態。 「ふふふ、あいつを刺しながら精を放つなんて、一体何を考えていたのかしら」 口を離して、お瑶が嗤う。 幸次郎はお瑶の豊乳に吸い付いた。白い豊満な胸にも血の跡が付く。 そう、重進に匕首を突き立てる度、幸次郎はまるで自分の陰茎を、女の膣に挿し入れるような錯覚を味わっていたのだ。その膣は素晴らしく、幸次郎が入れる度に、心地良くそれを刺激し、吐精を促す。 気が尽いたらそうした幻想の快感を求め、幸次郎は重進を滅多刺しにしていたのだった。 「ふふふ、桃源郷は天女の住まう場所。生身の人間である貴男が耐えられるかしら」 お瑶は艶美に微笑むと、幸次郎を仰向けにする。 既に幸次郎の陰茎は、反り返らんばかりに屹立していた。 お瑶はそれを握り、女陰の口へと宛がう。 「さあ、行くわよ。この世ならぬ快楽の園へ――」 妖しく光る瞳で幸次郎を見ながら、お瑶はそのままゆっくりと腰を落とし、自らの中に幸次郎のものを迎え入れていった。 血の臭いに混じって、淫靡な香りが立ち上る。 (続)