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楓山金木犀
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くノ一鮮血化粧――其の一

 女の手は血で汚れていた。しかしそのことを疎ましくも厭わしくも思ったことはない。それが女の定め、彼女の宿命であり、生業なのだから。  彼女、霞の里、霧生一派のくノ一・お瑶は冷たくなった骸を前にして、自分は用意した桶の水で手を清めながら、ひと心地つきつつも、油断なく周囲に気を張っていた。桶の水はみるみる赤く染まっていく。白魚のような指先からは雫が垂れ、それを懐紙で拭った。  骸は咽喉を掻き切られ、血潮を当たりに撒き散らして息絶えていた。  ここは深夜の奥座敷、虫の音しか物音はない。行燈の光も仄かで、月明りの方が強いくらいである。畳も襖にも障子にも、血痕は点々と付着し、雅な室内と相俟って異様な地獄絵図であった。そんな中、お瑶は何ごともないかのように身を清めている。  お瑶も、また男であった骸も、一糸まとわぬ姿であった。  畳の上には布団が敷かれ、骸はその上に仰向けに横たわっている。目は閉じてあるが口元には唾液が一筋線を引き、だらしがない。筋肉質の身体だが、青白く見えるのは激しい流血の為ばかりではないだろう。  寝具は乱れていた。そして畳の上には、男ものの浴衣に、女ものの着物、帯、襦袢などが打ち捨てられるように置かれている。  風が庭の木々を揺らしていた。 (ふふ、随分派手にやってしまったわ。でもこれが注文なのだから仕方ないわね)  身体を拭いながら、お瑶は思った。  女は見事な肉体の持ち主であった。流れるような黒髪が、なだらかな肩や背に張り付いている。そして張りのある円い豊乳の先にはつんと乳首が勃っていた。腰は括れ、腹は引き締まり、尻は上向いている。腿から足までは長く、美しい。そんな裸身を、死者の前に惜しげもなく晒しているのだ。見る者が見たら、劣情を抑えきれず、情欲の虜となってしまうであろう。それは女とて同じことかも知れない。  しかし、お瑶がその裸身を晒しているのは、死者の前だからではない。この骸と成り果てた男が生きている時、つまり数刻前から、彼女はその魅惑の肉体を晒していたのだ。無論、骸が骸となる前、生者だった頃にである。  死んだ男の名は大蔵重進といい、ここ都の徴税役人の取りまとめの一人であった。その徴税の仕方が度を超えて苛烈であり、庶民もまた商人連中も困っているとのことで、誰かその上役が、闇の仕事を依頼したのだ。税吏の取りまとめといっても、下っ端である。死んだことでお上が揺らぐことはない。  霧生の里から依頼が伝えられたお瑶は、その担当として重進暗殺の刺客の仕事を任されたのである。  その任務はくノ一であるお瑶にとっては容易なものだった。  芸妓の姿を取ったお瑶は、重進の馴染みの店に潜入し、忽ち彼の気に入りとなった。酌をする際に、男に手を握られたり、肩を抱かれて引き寄せられたり、果ては着物の裾から手を入れられ、腿を撫でられるようになっていった。始めは恥じらいの仕草と共に、小さく拒んでいたが、次第に妖しい瞳で痴態を働く男を見つめ返し、その手を握り返すなど反応を変えていった。そうやって男の警戒心を解き、更には心理を摑むのだ。  それらもまたお瑶の目論見通りなのである。  重進はお瑶を床に誘おうとしたが、しかしそれだけにはお瑶は中々応じず、重進をやきもきさせた。 「儂の言うことが聞けんのかっ」  酔った勢いで重進はそう激高したこともあったが、しかしつれない仕草と妖艶な視線で、お瑶は男を丸め込んでしまう。それでも暴れて手がつけられなくなった時には、密かに急所秘孔を突き、一度失神させてしまうのだった。そうやって焦らせば焦らすほど、重進はお瑶の元へと通い詰めたのである。  そして今夜……。 「重進様、奥で床の用意が出来ておりまする」  したたか酔った男に、お瑶はそう囁いたのだった。  男は一瞬きょとんとしたような表情を赤ら顔に浮かべ、次第に酔った頭でもその意味することが分かったのか、いかにも好色そうな笑みを満面に広げると、 「うむ」  と、一見重々しく頷いて、半ばお瑶に支えられながら奥座敷へと来たのだった。  それが自身の最期になるとも知らず……。  重進が通された奥座敷には、既に床が延べられており、枕元に酒と煙管の用意もしてあった。  ぴたりと障子が閉じられ、座敷は男女二人だけの影が浮かぶ。  男の酒臭い息が荒い。 「おお、儂は待ちわびたぞ」  酔った男はふらつく足取りで芸妓であるお瑶の方へと向かってくる。 「まあ、お顔が真っ赤ですよ。座って落ち着かれてはいかがですか」  お瑶はそう言ったが、その腕は急に掴まれ、強引に引き寄せられた。 「きゃっ」 「ああ、お瑶よ……」  男の酒臭い息がお瑶の顔に掛かる。そしてその艶やかな朱唇が塞がれた。 「あぁン、はぁンン……」  獣のような男の接吻がお瑶の口を蹂躙する。  二人は立ったまま、女は男に抱きすくめられるようにして、顔を、そして身体を密着させた。  着物と着物が擦れる音が、女が身を捩る度に響く。 「ああ、お瑶。もう逃がしはせぬぞ」  重進は女を床の上に押し倒し、自分がまとっている浴衣を乱暴に脱ぎ去った。  税吏としても日々の鍛練は欠かしていないのか、逞しい肉体が露わになる。次いで男はするすると褌も脱ぎ取った。白い布の下から現れた陰茎もまた、大きく反りかえっている。 「まあ、ふふ……」  女は胸元と裾を寝具の上で肌蹴させて、白い脛を覗かせながら妖艶に微笑む。 「お瑶、今宵おぬしは、晴れて俺の女になるのだ」  酒精が入っているにも関わらず、男の陰茎は剛直に膨らんでいる。  それが遠慮なく床の上に寝そべった女に迫り、その上に覆い被さろうとする。 「ふふふ……」  女は艶然と微笑んだまま、男を抱き止め、下になる格好で重進を床の上に迎えた。  男の肉体は熱を持っている。その厚い胸板が、着物の上からもはっきりと形の感じられる女の乳房を潰した。しかし、弾力と張りのある双乳は完全に潰れることなく、男の胸部を押し返そうとする。 「おお、お瑶、お前の肌は何と心地よい……」  肌蹴た袂へと顔を埋めつつ、重進は陶然と呟く。  もぞもぞと、頭と身体を動かし、手を女の腿と首に這わせて、男はタガメのような格好を取る。 「ああンっ、重進様っ、首は、首はぁ……」  女の嬌声が上がる。それが男をますます欲情させ、男の指は女の首筋を擽るようになぞる。  豊満な胸元の、深い谷間から上る女の香りを男は一心に吸い込んだ。 「むふっ、むふううっ、お瑶は感じる度に良い匂いがするのう」  腿を這う一方の手は大胆さを増し、次第に脚の付け根の方へと上っていく。 「いや、いやぁんっ……」  脚を動かし、身体を捻ろうとするも、女は僅かにしか動けない。首筋、胸元、右太腿の三点を重進に固定されて、女は上気した甘い息を吐く。 「うっふっふっ……。お瑶、愛い奴め、沢山可愛がってやろうぞ」  好色な男のくぐもった声が言った。  男は上乳に鼻梁を触れたまま、両手で女の裾をぱっと広げた。 「あっ、何を――」  露わになった両腿を強引に開き、その真ん中に自分の身体を持ってくる。 「待ち望んだぞ、この瞬間を。今こそ、おぬしは儂の女になるのだ」  胸元から顔を離し、重進は陽物に手を添えると、その先端を女の着物の奥、長く白い両脚の付け根、禁断の女地へと狙いを定める。着物の裾でその先は外からは見えないが、その奥には淫蜜を滴らせた媚花弁が控えている。そして男の象徴を待ち望んでいるのだ。 「ああ、重進さま……」  潤んだ瞳で男を見上げ、女はしおらしくその名を呼んだ。 「ふっふっ、おぬしも早う欲しいのであろう。今、この腰の刀で突き抜いてやるぞ」  ギラギラと目を光らせ、鼻息も荒く口角から唾を飛ばしながら、重進は遂に腰を前に突き出した――。 「うぐうぅっ」  くぐもった声が重進の咽喉から洩れる。  ずずっ、ずずっ、と男根まで陰茎が、女の媚花弁を搔き分けて、そのぬるみに溢れた快美の通路へと侵入していく。  窮屈な通路を覆う膣襞が怒張した陽物全体を容赦なく扱き上げるのが、男にも感じられた。 「お、おぬしの中は、な、何と……」  重進の息は既に絶え絶えだった。それでも本能は快楽を求めて、腰を前に進める。 「ああっ、あふっ、じゅ、重進、さまっっ」  俄に女の瞳が妖しく光る。と同時に、そのしなやか両脚が男の胴に絡み付いた。 「あぐっ、あぐっ、あぐあああああぁぁぁっっ――」  断末魔のような悲鳴が座敷に響き渡った。その反動なのか、仄かな灯火が揺れ、障子に映った男女の影を揺らめかせる。  悲鳴を上げたのは、重進の方だった。  そして、そんな男の様子を見るお瑶は不敵に嗤っているのだ。 「捕らえたわ、愚かな牡。快楽の深淵に堕ちるがいいわ――」  ――媚術・快潮淫沈。  女の不思議な声が響き渡る同時に、男の身体が激しく痙攣する。  どくどくどくっ……。  ごぼごぼごぼっ……。  重進が予期しなかった激烈な快美感がその身を焼き尽くすように襲うと、男の意志とは無関係にその陰茎はまるで爆発したかのように精を噴出させたのである。  ゆらりと重進は仰向けに沈み込んだ。  お瑶が腰を上げると、ぬるりと重進の陰茎が抜け落ちる。それはどろりとした男の白濁に塗れていて、牡の臭いがお瑶の鼻についた。重進は既に若いとはいえず、また酒太りの体型であり、そうした男は精も薄くなっていくものであるという。しかし、お瑶の前にはどんな男であっても、濃い命の素を捧げることになるのだ。 「ふふ、太り肉(じし)の狸親爺も、所詮は男。思った以上に濃くて大量の子胤を吐き出してくれたわね」  懐紙で女陰から滴る白濁を拭き取りながら、お瑶は少し青褪めて失神している重進を見下ろす。  肥満体系の男は呼吸音すらなく、だらしなく弛緩した中年の身体は、醜く何処か滑稽である。  お瑶はさっと肌の上から赤い襦袢を羽織った。  濡れたような黒髪が流れるように舞う。  そして、隣に続く襖を見やる。 「さあ、お膳立ては整えたわ。後は貴男の仕事よ」  すると、ゆっくりと襖が開いた。  現れたのは、年若い男だ。 「この男が、貴男の許嫁を犯して、そのまま売り払ったのでしょう。今なら無防備、ここなら人影もないし注意さえすれば逃げても分からないわ。貴男がここに来ることを知っている者もいないのでしょう」  青白い顔で、男は頷いた。 「商家の二男坊がよく復讐なんて決断したわね。その度胸だけは買って上げるわ」  若い男の名は槍家幸次郎。小さいが老舗の商家の二男である。店は既に兄が継いでおり、自分は結婚して所帯を持つ予定だった。  しかしその夢は脆くも崩れ去った。  目の前で失神している太った男、大蔵重進は税吏の身分を利用して実家の店に不当な徴税を行い、そればかりか、幸次郎の許嫁を攫って、犯し、売り払ってしまったのだ。  幸次郎は絶望し、何度自死しようとしたかしれない。  そうした絶望の渦中にあった幸次郎の前に現れたのが、くノ一・お瑶だった。


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