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楓山金木犀
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くノ一城崩し・序

 そこは宵闇よりも尚暗い、常闇の領域であった。  鬱蒼とした木々に覆われ、岩棚に隠れたそこは昼ですら陽の光は届かず、夜にもなれば視界は全て闇に塞がれてしまう。類まれな視力、梟の目の術を駆使すると言われる忍びの衆ですら、そこで夜目は利かない。  一人の男がその常闇の領域に足を踏み入れた。  風が闇の中を僅かに吹き抜ける。  ひゅうと、空気が鋭利に裂けた。  男はクナイを手にし、腕を振るう。  金属がぶつかり合う音がし、クナイに弾かれた手裏剣が、岩肌にあたって地に落ちた。  男にとっては、気配だけで充分である。しかし、その気配も、先程までは感じられなかった。 「お前か」  男の声が殷々と闇に響き、吸い込まれる。  暫く返答はなかった。  再び、ここには男しか存在しないかのような静寂、として闇……。 「姿を見せよ」  男が再度呼び掛ける。  風が答えた。  闇は静寂を保っている。  しかし――。 「……臆せずによく来たわね」  突如、男の背後で声がした。  咄嗟に男は振り返る。  闇から浮かび上がるように、そこには一人の女が立っていた。  闇に墨を刷いたような長い髪、白く仄かに光っているような玉のような肌。瞳の虹彩まで、この明りのない世界にあって、まるで女自身が発しているかのようにありありと男の目に映る。  鼻の筋の通った、意志の強そうな女だった。無論、美しさは紛うことない。 「お前が、霧生の……」  男は問い掛ける。女は不敵に嗤った。その朱唇がつり上がる。すると俄に男の下腹部が疼き始める。これは、劣情の火が点ったようだ。内心で男は慌てた。 「ふふ、期待、しているのかしら」  見透かすように女は言った。 「忍びの一派、古烏羅の若き手練れ梟丸、貴男がここに来ただけでそれは古烏羅を裏切ったことになる。ここは別の忍びの流派である霧生の秘地、常闇の蔵。本来霧生の里の者であっても、妄りに出入りしてはならぬ禁断の地。そこに貴男がいることの意味をよくよく分かっているわね」  諭すように、訥々と女は言う。 「ふん、既に明らかなこと。約定に従って、俺はここに来た」  男、古烏羅の梟丸はきっと女を見つめて言った。 「約定、ね……。確かに貴男はわたし達の送った約定に従ってここに一人で来たわ。でも、それは同時に古烏羅を裏切ったことになるのよ。里の許しを得ず、他流派と交わるのは忍びの掟に反するわ。事実上抜け忍となった貴男が、更に裏切りを重ねないと言えるかしら」  探るように、女は梟丸を見た。 「お前達と益が一致したのだ。それに裏切りは人の世の常、出し抜かれた方が迂闊だっただけのこと」  こともなげに梟丸は返す。  闇に風が渡っていく。  ふと、火の匂いが男の鼻孔に届いた。灯りに使う獣脂の匂いも。 「そうね。わたし達の目的を達するには、古烏羅の火器の技が必要なのよ。それに、烏賀城を落すことも、貴男とは益が合うわね」  すると女は踵を返し、闇に溶け込むように歩き出した。その後を梟丸は従う。  火の匂いが強くなってくる。  闇の中をしばらく歩くと、突然、そこには戸が存在した。  女が戸を開けると、中の光が僅かに洩れる。  だが、その光は周囲の闇を、この常闇を更に濃く深くするだけだ。 「入って」  女に促されるまま、梟丸は不意に出現した戸の中へと入った。  そこは、三和土になっていて、一段高くなった所には囲炉裏が設えてあった。囲炉裏には赤々と火が燃えている。まるで里の民家のようだが、人の気配はない。  囲炉裏の前には膳が置かれ、との上には杯と徳利が用意されていた。 「上がってちょうだい」  草鞋を脱ぎ、女の差し出した布で脚を拭うと、梟丸は囲炉裏の側に立つ。 「ここは蔵の見張り小屋。この秘地に入るものがいないかを見張る場所よ。今はわたし達しかいないわ」  女は膳の前に座るよう梟丸を促し、自分もその右手に腰を下ろした。  着物の上からでも、その妖美な身体の形がくっきりと分かる。 「約定と言ったわね。でも、本当の約定はこれから交わされるのよ」  男の顔を見つめながら、女は言う。その瞳に捉われたかのように、梟丸は頷いた。 「お酒は、後でいいかしらね」  すると女は帯を解き、着物を脱ぎ始めた。嫋やかな型に腕、そして膨らんで成熟した果実のようなたわわな白い乳房が露わになる。双乳の先端には桜色の蕾が載っている。白い肌は、囲炉裏の火を受けて、妖しく揺らめいた。  男の身体中で流血が速まる。そしてそれは腰の一点に集中していった。 「男と女の契りを以て、われらの約定は完全に結ばれるわ」  女の朱唇が上がった。  橙の火が女の肌を黄昏色に浮かび上がらせる。  むっとした芳香が辺りに満ちていった。 「さあ、交わしましょう、男女の契りを。全てはそれから……」 (ふふ、期待しているのかしら)  先程の女の言葉が梟丸の中で甦る。  そう、彼は期待していた。この女を一目見た時から、本能の底からその身体を抱きたいと無意識に思っていた。そして今ではその欲望は明らかだった。しかも、それは正に遂げられようとしているのだ。  自信の陽物がどんどん膨らんでいくのが感じられる。  辛い、地獄のような忍びとしての訓練を積んで、自身の肉体的欲望は制御出来るようになった筈なのに、この女の前では何の役にも立たないようだ。彼はそのことに警戒の念を強くしていたが、それでも己の欲望と、それによる肉体の訴えを退けることは困難であった。  梟丸の心は乱れていた。この女は明らかに霧生のくノ一だ。それに特に男に対してくノ一の身体はそれ自体が武器になる。性的な術で絡め取られ、油断している間に骨抜きにされて、寝首を掻かれることにもなりなねない。そうした危惧を抱くだけの理性を、彼はまだ持ち合わせていた。 「ねえ、これからわたし達は、夫婦よりも深い仲になるのよ。その為の契りを……」  女の声が男の耳朶を擽り、その手が衣の上から男の股間に添えられる。 「ふふ、逞しいのね、貴男の大筒……」  梟丸は突然、女を抱きすくめる。  柔らかで弾力のなる乳房が、厚い胸板に反発した。 「もう戻れんぞ」  熱い息と共に、男は女に囁いた。 「ふふ、望むところ」  女の瞳が妖しく光る。  囲炉裏の火が爆ぜた。  そのまま板張りの床に縺れるようにして二人は倒れ込むと、壁に映った二つの影は、一つに溶け合わさっていく。  艶めかしい女の吐息が、次第に上がっていく……。


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