目薬(憑依薬) 前編
Added 2024-12-28 05:30:00 +0000 UTC「ああもう、これだからヒー君は!」 「す、すまん……」 とあるマンションの一室で、向かい合う一組の男女。 しかし、その様子は仲睦まじいわけでもなく、むしろ、混沌とした雰囲気さえ醸し出していて。 となるとこれが何なのかといわれれば、非常に簡単な話……説教の雰囲気であった。 まず、男のほうは、黒髪の高身長で、顔も整っており、どこからどう見てもそれなりにもてるであろう外見だった。 だが、どういうわけか正座のまま額を床にこすり合わせている。どこからどう見ても土下座だ。 そして、そんな彼が恐る恐る顔を見上げる先には……一人の金髪の白人系美女が、怒りの形相でにらみつけていて。 彼女はびくびくと震える男……博に、はあっ、とため息をついて。 「……ねえ」 「……はい」 短い問いに、短い返事が返ってくる。 女のほうは、再びため息をついて。 「……『僕』さ、君とルームシェアを始めて結構経ったよね。掃除はしないし何もかもいい加減な君だけど、それでもお使いは行ってきてくれるから、いいかなって思ってたところはあったんだよ」 「はい……」 土下座の男は顔をあげない。 その様子に、『美女』はますますイラついたように。 「でもさ!」 「ひっ!」 びくりと、固まったように動かなくなる男に。 「どうして目薬を差して寝ただけで、こんな事態になってるのかなあ……起きたら違う場所にいて、『僕』はこんな女の人の姿になってるのかなあ⁈」 「……ごめん」 そんな美女……否、もともとは大学の同級生で満という名の大学生……正真正銘の男で、日本人であるはずの彼に。 「いやほら、お前って中身は女々しいし、女の子の中身に入ってくれたら、いろいろできていいかなって思って……ああ、悪かった! 悪かったから警察への連絡は待ってくれ!」 慣れた手つきでスマホを操作しようとする美人に、博は土下座をしながら必死に懇願したのだった。 そもそもだ。この場所について、博は何かを知っているわけではない。 昨晩、いつものマンションで満に憑依薬を摂取させ、どうなるかなと興味津々で眠りについたら、翌朝よくわからないところのよくわからない誰かさんから、 「ひ、ヒー君! 僕、僕だよっ、満! い、今から言う住所に早く来て!」 と、想定通りの連絡が来たから、笑い転げたところだ。 まあ案の定、下手人であることはすぐにばれて、こうして初めて上がり込んだ女の人の家で、お説教を受けることになったのだが…… 「……いやまて。よくよく考えればおかしい」 「なにがさ」 そこまでいって、土下座の姿勢をしている博は、とある違和感を覚えた。 「あの薬を盛ったのは確かに俺だ。憑依薬を目薬と偽って渡したのは俺だし、一連の計画もなんの偶然もなく、俺がたくらんだ話だ。そこは認めよう」 「そこまで認めたなら完全にギルティじゃないか」 その美人極まりない姿で、ほおを膨らませる満。 しかし、博は鼻の下を伸ばしながらも、顔をぶんぶんと振ると。 「確かに俺が目薬とすり替えて渡したのは憑依薬だ。あれを摂取して眠りについたやつは、まず間違いなく幽体離脱する」 「……いまさらだけど、友人になんてものを飲ませてるのさ」 開いた口が塞がらない要する野満に、だが、と。 「だが! あの薬で誰に憑依するかまでは俺の指定範囲外だ! それならどうしてお前は、近くの適当な女子高生なんかじゃなく、わざわざ数キロ離れたマンションの外人風美女になっている!」 「っ!」 その、あまりにもおかしい違和感に、指をさして。 「ああ。確かに自分が幽体離脱するなんて思いもしなかっただろうし、おそらくお前は昨日、それを夢だと勘違いしたはずだ。思うがままに気のままに、空の旅を楽しんだのかもしれない」 「……そ、そうだよ。僕はてっきりあれを夢だと……」 自分の機能のことを思い出しながら、決して嘘ではない言葉を吐こうとする満は、しかし、どこか顔を赤くしていて。 「ふふ、ごまかしても無駄だ。お前、あれがどういうものか、途中からうすうす気づいたんだろう? それでわざわざお前の好みを見つけて、憑依してみたんじゃないのか?」 「そ、それは……」 いい淀む様子の満をよそに、立ち上がった博は周囲を見渡して。 「大きな姿見と、散乱されたのはたくさんの衣装……ま、男なら好みの美人になれるなら、かわいい女の体になれるなら、なってみたいと思うよなあ? 鏡の前でいろんな服着て、何ならいやらしいことまでしたんだろう? おマンコいじって、いやらしくオナニーを」 「そ、そこまではしてない! せいぜい胸を触ってみたくらい……あっ」 「ふふ、語るに落ちたな」 ほくそ笑む博。 ……客観的に見れば、間違いなく悪いのは博のほうである。 満と同じ立場になれば混乱するだろうし、これを夢だと思ったかもしれない。それを、胸を少しさわって着せ替え人形で済ませるあたりは、割と誠実なほうだったろう。 だが、 「……実際お前、さっきから顔赤いぞ? 女の体が男に近づいて、発情してんじゃねえのか?」 「そ、そんなことあるわけないだろ! ぼ、僕は男だぞ!」 ちょっぴり恥ずかしそうにそっぽを向く白人美女の姿は、ちょっぴりいやらしかったのもまた、事実である。