鍵穴小噺 後編
Added 2022-12-31 05:30:00 +0000 UTC扉を感じさせたところで、俺は非常に複雑な気分である。もっとも中身は女なので……いや、よくよく考えれば実の姉だ。いかんいかん。実の姉を前に複雑な気分になるな。 姉というか、今に至ってしまえば人ですらない。ただの玄関にある扉だ。 (はああんっ……響ぃ……) 「……どうして、お前はいつもこんな風に……っ」 落ち着け。冷静になれ。俺はただ、姉の憑依を何とかして治すだけだ。何もやましいことはない。 しかし、いざ鍵穴をカチャカチャといじってみると、そんな平常心はガラス細工のようにはかなく砕け散る。 「それっ、えいっ」 たったこれだけで、ぎゃんぎゃんと声がまき散らされるのだ。 (いやああ! 中でかき回さないでえっ、おかしくなるっ、全部が、気持ちいい、気持ちいいからあっ、あああっ!) 「静かにしてて!」 思わず怒鳴ってしまう。でも仕方ないだろう。俺の気持ちをわかってくれ。 (っ、んっ、んんっ、んん-っ!) 「……わかった。声我慢しないでいいから」 いかんいかん。まるで喘ぎ声を我慢させてるみたいで、余計に謎の背徳感が目立つ。 「ったく、どうして俺がこんな気まずい思いをしないといけないんだ」 (ああんっ、響っ、ひびきぃっ……) 「名前を何度も呼ぶなよ、ああもう……」 気づけば自然と鍵穴を、抜いたり刺したり、ぬいたりさしたり。 その都度の反応を確かめるように、自然と手が動いてしまっている。 憑依を解こうとしているのか、はたまた。 「くそっ、ちょっぴり楽しいじゃねえか……」 (……ふぇえっ⁈ ああんっ、そこちゅくちゅくしないでぇっ、ああんっ、あんっ、あああっ!) あれだけ普段偉そうな姉が、俺の手で変な声を上げているとなると、正直少しだけ征服欲が掻き立てられる。 やるべきことはわかり切っているというのに、本当に、こういう仕事は人の心をかき回す。 「……まあいいや、一回鍵開けるぞ」 (んひゃあああっ、そ、そんな級に回して、強引に、無理やり、やめてぇ……) と、ここで俺は違和感に気づいた。 「……ありゃ? 開かないな。この鍵も古いし。どっちか壊れてるのかな」 だったら話は早い。俺は扉を強引に右へ寄せる。 「せいっ」 (ひぎいっ⁈ やめ、ひびきっ、それだめっ、ぴぎいっ!) 悲鳴を上げる姉貴だが、仕方がないのだ。こうでもしないと治るものも治らない。 玄関のかぎが弱ったときは、一度扉をがた方させるか、手前の扉を右に寄せて、 (ひっぱらないでっ、だめえっ、あっ、はあっ、んああああっ、やめえええっ! 入って狂ううっ!) そして、再度鍵穴を差し込んで、回すのだ。 ガチャリと音がして。 (んあああああああっ! もう、ダメええっ……) ふっ、と、今までのがたつきが嘘だったかのように、玄関は静まり返った。 「姉貴……起きてるかー?」 はあっ、あっ……っ……こっち見ないで……はあっ」 姉貴の部屋に行ってみると、あいつは布団を頭までかぶっていて、表情がわからなくなっていた。まったく。 「……元気になってよかったよ。それじゃあ。飯ができたら呼ぶから」 「……わかった。んっ……んっ」 小さい返事。弱弱しいのは結構なんだが、時々漏れる吐息が生々しい。 どう考えても余韻に浸っておられる。別にエッチなことはしてないだろう。俺たち。 だが、こうなられてはどうしようもない。俺は素直に部屋を出ようとして。 「……あの、さ」 「……ん?」 「ありがと……また何かあったら、頼むよ」 「それは困るな」 またあほな暴走されるのは、困る。間違いない。 だが、まあ。 「……実際あれ、よかった?」 「……よかった」 二人してそういうことを期待しているのなら、あながち間違いとも言えないのかもしれない。