最近のシェーバーはすごい 前編
Added 2022-08-20 04:00:00 +0000 UTC「うわ……ミスった」 何をミスったかといえば、ホテルに髭剃りを忘れてきたことだ。地方への出張だから、キャリーバッグにつめたというのに、詰めが甘いのは俺のほうだった。 「家に帰るまでが出張なのになあ。でも、今更ホテルにとりに戻るのも……」 新幹線の時間はもうすぐだ、そもそも戻る気力もない。 「……仕方ない。帰ったら買いに行くか……いや、このあたりで買うってのもありだな」 そもそも三年ほど使い込んでるはずだから、買い替え時かもしれない。お気に入りの逸品がなくなったのは悔しいが、せっかくだ。掘り出し物を見つけよう。 そんなわけで俺は、近くの電気屋さんに向かうことになった。 「電化製品ヒューマンドラマ……? 聞いたことない店だな。なあ、本当に最新の髭剃りがあるのか?」 「ええ、お客様。当店は日本最新のシェーバーを取り扱う、電気シェーバーの専門店でございます」 「お、おお、そうか」 髭剃り、もとい電機シェーバーの専門店ときた。おあつらえ向きには違いない。 だが、そんなすごい店ならば、俺が知らないはずもないんだが…… そんな俺の心を知ってか知らずか、店員のかわいらしい女性はにっこりと笑って。 「知名度が低いのはまあ、当然でしょう」 「というと?」 何やら嫌な予感がビンビンと来ていたがしかし、俺は聞き返さずにはいられなかった。 実際その予感は当たっていたようで、 「……当店は、『変わった品』を取り扱っておりますので」 そして彼女の説明を聞いて、俺はこの店に来たことを後悔した。 「……冗談だろ?」 「わが社のモットーは、正直第一、にございます」 「そうか」 ならば何も言うまい。結構な無茶を言われた気がするが、何も言うべきではないのだ。 「だが、俺の聞き間違いかもしれないから、もう一度確認させてくれ」 「はい」 先ほどからまるで変わらない笑みが、ちょっぴりだけ不気味に映る。 「……ええと、じゃあ一つ目。ここにあるシェーバーは、元は人間だと」 「はい」 「曰く、お金が必要な人間を、同意のうえでシェーバーに物品化させて、商品として使っていると」 「おっしゃる通りにございます。あくまでも同意の上での、雇用関係です」 「いや、いくらなんでも金のない奴をモノ扱いってのは……いや、そもそもできるのか? そんなことが……」 倫理とかそういうこと以前に、人がモノになるという説明が意味不明なのだ。 店員の説明によると、この店はもともと研究施設だったらしい。それが説明になっているかはわからないが、その過程で人を素材にシェーバーを用意できるとのこと。 「もちろん彼らの安全は保障していますし、そこまで疑われるのであれば、試してみますか?」 「お、おう……」 ここでノーを突き付ける理由もない。そんなものがあるなら見せてもらおう。 怖さ半分、恐ろしさ半分ではあるが、ここまで来たら確認しなければなるまい。 「では、こちらですよ。お好きな商品を選んでくださいねー」 別室へと通されると、無駄に高級店のような雰囲気の部屋に通される。 そして大手の店をほうふつとさせる商品の陳列に、少しずつ目を通し始める。ふむふむ、確かにこれは今年出た最新モデル……おお、こっちは外国製の…… 「……すごいな、さすがにシェーバーの専門店ってだけのことはある。普通の商品ですら立派なものがあるじゃないか」 何ならここから適当に選ぶってのもありかなと、俺が考えていたところで、しかし店員さんはきょとんとして、 「普通の商品……? うちに普通の商品はありませんが」 「え?」 「先ほども説明しました通り、こちらの商品はすべて、人間のお客様に物品化していただいたものですので、普通に人間です。機能と姿こそ新製品そのものですが、意識はありますし、人間としての心も何一つ損なわれていません」 「はあ? いやいやいや……見たところ普通の商品だろ?」 元が人間とか言ってたが、これは明らかに普通の商品だろう、と。俺が突っ込みを入れるも、目の前の女は、やれやれと首を振るばかり。 「ええ。当店の商品は人間を物品化させますので。物品化させるということは、人としての面影を一切残さないということです。カラーリングこそ、せめてもの抵抗で残す方もいますが……あ、例えばあれとかですかね。黄色のワンピースの肩でしたが、最後まで自分は人間だと主張なさっていたので……」 そういって差し出してきたのは、黄色のシェーバーだった。確かに珍しい色かもしれない。 ただ、 「それでも、ただ色を付けただけのシェーバーだろ? これがどうして物品化商品になるんだ」 文句が止まらなくなってきた俺に対し、もはや対応につかれてきたのか、店員は何も言わず、 「ぽちっとな」 その瞬間だった。 「ウインウインウインウインウインウインウイン……」 (あんっ、あっ、やっ、やめてっ、あっ、ああっ、あああんっ……!) それは、確かに俺の耳にも、しっかりと聞こえた。 そう、 「……機械音の中に、確かに喘ぎ声が聞こえる」 「……でしょう?」 でしょうじゃないけど、ちょっぴり理解してしまった俺は、思わずつばを飲み込んだ。