新築祝い ①
Added 2022-01-08 04:00:00 +0000 UTC「ここかしら……詩音の新しい家。さすがお金持ちというか、立派な物ね」 美織は、明らかに自分の実家よりも大きな家に、深くため息をつく。 詩音と美織は幼なじみというやつである。小学生のころから、高校生を通り越し、大学生のいままでずっと、クラス替えすら離れずにやってきた。 きっちりとした美織に対し、おっとりでいい加減な詩音。 一般家庭の美織に対して、お金持ちの詩音。 常識的感性の美織に対して……とても常識で測れない詩音。 「昔は軽く比べられてたけど、いまとなっちゃあもう……ね」 笑えない。冗談抜きで笑えない。 何せ、いまの詩音は、世界から注目されている天才科学者に他ならないのだから。 真面目なくせに勉強は今一つの美織に対して、若くして天才と呼ばれる詩音。 彼女が自分の家を持ったことに、さしたる疑問は抱かなかった。 「さて、と」 覚悟を決める。新築に、詩音の一人暮らし。どんな暮らしをしているか、想像もつかない。 それでも、一番の幼なじみとして、わかっていることがある。 「ホームシックになるくらいなら、一人暮らしなんてしなければいいのに」 鍵すらかかっていない新築に心の底から恐怖しつつ、美織は遠慮なく上がりこんだ。 事の発端は、深夜に入った詩音からの着信である。 『美織ちゃん……夜中のトイレ怖いようっ……一人暮らし、寂しいようっ……彼氏もできないようっ……』 「うっさいっ! 深夜に電話をかけるなっ、いい加減トイレくらいひとりで行けるようになりなさい……あと彼氏なら私も欲しいわ!」 睡眠モードをグラグラにされ、美織は当然イライラがおさまらない。 「美織ちゃん……私の家、夜が怖いの……殺風景で何もなくて……」 おさまらないが、おろおろと言葉を紡ぐ幼なじみは、決して自分をからかっているわけではない。それも分かる。 「……だったら、せめてもう少し家具とか、ぬいぐるみとか買いなさい。女の子らしくなんて今更あんたに求めないけど、それでももう少し華やかに……」 「でも、そういうのわたしあんまり詳しくないし……あ、そうだ! 美織ちゃん、週末うちに遊びに来て! 私の家に何が足りないのか、美織ちゃんが決めて!」 「……行ってあげるけど、それまでに最低限のものは用意しておきなさい。自分で決めるってことを覚えないといつまでたっても成長しないでしょ」 ……世界が注目する科学者にこんなことを言えるのは、美織位のものであった。 「なるほど、やっぱり部屋の数も多いわね。一人で住むとは思えないくらい。家具は、ふんふんなるほど」 そして、唯一備え付けてあった冷蔵庫からエナジードリンクを勝手に取り出し、そのままごくごくと飲み干すと、 「詩音! 隠れたって無駄よ! 出てきなさい!」 部屋にあったのは冷蔵庫たった一つ。洗濯機すらない。いすやテーブルなどあろうはずもない。当然テレビ、ソファー、可愛らしい雑貨類などあろうはずもない。 これほどまでになにもない部屋。夜は怖くて当然だ。 立ち上がって声を張り上げると、上の方から物音がした。 「全く、あの子は……!」 間違いない。二階にいる。そう確信した美織は、迷うことなく二階への階段を上がっていく。 すると、様子を見ていたのか、螺旋階段の途中で、ちょっぴりおびえた様子の詩音と目があった。詩音はとっさに体の向きを変えて、猛スピードで部屋に戻ろうとする。 「あ、こら! 逃げるな!」 「ひっ、美織ちゃん……いや、ちょっと待って、家具なら部屋に……ちょっと待ってて!」 「待ちなさいっ! 机の一つも用意してないなんて、いくらなんでもおかしいでしょ!」 二階とは思えない広さの廊下で、女子の追いかけっこ。ちなみにだが、足の速さはほぼ互角。 しかし部屋を知っているからか、美織が気づいた時には、詩音の姿は見えなくなっていた。 当然、この程度のことであきらめる美織ではない。 「部屋に逃げ込んだか。逃がさないわよ」 そこか! とあたりをつけ、遠慮なく部屋に飛び込む。 「詩音! 観念しなさいっ……あれ?」 そして、困惑した。そこに詩音の姿はなく、 「勉強机?」 とってつけたかのように、小学生の使う勉強机が一つだけおいてあったのだ。 「……ふーん、なるほどね」 確かに美織はこういった。机の一つも用意してないなんて、と。 詩音はこういった。ちょっと待ってて、と。 そして、目の前にあるのは、なぜか小学生が使うような勉強机と椅子。 美織はゆっくりと、詩音の研究分野を思い出しつつ。 「えいっ」 ためらいなく、椅子に腰かけて、勉強机に突っ伏した。 美織はあまり勉強ができるタイプではなかった。詩音の相手をしてつかれた日は、授業中寝る日もあった。 それはそれとして、突っ伏した瞬間びくびくと震えだす机と椅子など、初めてである。 「確か……あんたの研究分野って、『遺伝子と人の構造』だったわよね……」 机についているライトを触ると、ビクンビクンと二度揺れた。 「いつか言ってたわね……人や物をデータ化してほかのものに置き換えるとか、研究がうまく行ったら私をケーキにして食べたいとか……」 随分猟奇的なことを言われたので、よく覚えている。 そして、二番目の引き出しにあったカギに、鍵穴を差し込んだ瞬間 「あああんっ」 机から、甲高い声が響いた。
Comments
ありがとうございます!
semiwing
2022-01-13 14:18:57 +0000 UTC